第9話 悪魔のいなくなったこの夜に

 

 一日が経った。

 早朝ギルドハウスに呼び出され扉を開くと、パーティーのリーダーであるビティがいつもの椅子に腰掛けていて、いつものようにふんぞり返っている。


「お前、今日からクビだから」


 いつものように見下しながらの第一声がそれだった。


「…………………なっ、なんでそんな、いきなぁ゛!?」


 意義を唱えた瞬間、飛んでくる雷撃。

 激痛に悲鳴をあげる俺は惨めに床の上を転げまわる。


 ビティは俺の無様を笑い罵り、ゴミがクズが役立たずと叫び、人格否定を繰り返しながら、さっさと出てけ無能がと、俺を蹴飛ばし転がして、ギルドハウスの外へと追い出した。


 ドアを閉めた瞬間、部屋中にどっと笑いが起こる。

 パーティの仲間たちと俺を嘲るビティ、彼女らのこれ以上ないくらいキラキラした笑顔に、隣の席に座る俺は小さく心中でガッツポーズを作る。


「よーし今回のは中々ウケがよかったな……!やっぱ芋虫みたいに這いずって逃げるのがいいな……!視覚的な惨めさはポイント高い……!」


 いじめ幻覚もだいぶこなれてきて、俺は思わず胸を張る。

 何しろこれで通算二二三回目のパーティ追放。

 糞女を満足させる幻覚のクオリティにもキレが出てくるというものである。


 確かな達成感を覚えつつ、俺はギルドハウスを飛び出して、街の中心へ一歩踏み出した。


 街の様子は平穏そのものといった様子である。

 昨日の騒動──特にビティの殺人未遂の記憶は街からきれいさっぱり消しておいた。ビティとチャックの入れ替わりに順応してもらうため、街の人間三万人の記憶は二四時間三六五日常に制御下に置いてある。魔力の消耗はもったいないが、新たに改変を付け足すことにそこまで手間はかからない。


 彼らにとって昨日という日は『街まで魔物が侵入したにも関わらず、ビティ様が早々に撃退し、怪我人一人で収まった日』であるのだ。

 そこらじゅうに蔓延するのんびりした空気はそのせいだ。


 主婦の方々が世間話を交している様子を横目に、俺は街で一番大きな病院に足を運ぶ。

 今回の騒動唯一の犠牲者、怪鳥に脚を齧られた成人男性のお見舞いが目的である。


 彼の傷は元には戻らなかった。

 回復魔法を使える人間が他にいない以上、街で一番の名医は俺ということになるのだが、あいにく欠損部位を一〇〇%快復されられるほどの有能さは持ち合わせていない。

 形だけは取り繕えたものの、ほとんど動かせない脚が生えただけだ。自分のミスで彼を二度と自由に歩けない身体にしてしまったことに、俺は軽く罪悪感を覚えたりする。


 そんなわけで、恐る恐る病室の扉を開くと、彼は同年代くらいの女とイチャイチャ乳繰り合っていた。


 話を伺ってみると、女は彼の最近の恋人で、男は現在ミュージシャン志望。今のところ収入がゼロなので彼女にヒモとして飼われているらしい。

 このたびはありがとうございました、ライブすることになったら招待させてください、今のところ全くデビューの目処立ってませんがと、満面の笑みで治療のお礼を言われた。

 『魔物が毎日攻めこんできてるこのご時勢にミュージシャン志望とかこいつ正気か……!?』とか思ったりするが、まあ、元気なようで何よりである。


 病院を出て、記憶の改変漏れがないか、ビティの殺人未遂を覚えているやつがいないか、慎重に確認しながら街を歩く。

 一五分に一度は亀に近づく魔物がいないか確認し、他人に任せられないSランクがいれば迎撃に出る。

 今日は珍しく平和な日で、強めの魔物が一匹も出ないで、軽傷者の治療だけして時間を過ごした。


 そうしているうちに日が暮れる。


「こんばんは、ダアスさん!私とパーティーを組んでください!」


 とんでもない美少女に声をかけられたかと思ったら、その人は我が妹チャックであった。

 彼女は俺にパーティを組んでほしいそうで、なんとお菓子を食べさせてくれるというのだ。俺は彼女に誘われるままに家についていく。


 妹達と出会って早八年。

 昼夜でくるくる入れ替わる人格問題について色々と考え、色々と試してみた結果、この生活サイクルがベターという形で落ち着いた。


 ビティは日常的に他者をいじめていないと精神を病むカス女。

 いじめ先を俺に限定させることで倫理問題をカバーし、追放を宣言させ俺を笑いものにさせることでゴミ女の精神安定を図っている。

 必要な労力の割に満足度が高いという点で、追放系はコスパがいいのである。


 チャックは非常に高い倫理観を備えた大天使。

 おこがましい言い方になってしまうけれど、彼女は落ちぶれた俺を助けることに幸福を覚えてくれて、だから追放される度に一緒にパーティを組んでもらっている。


 彼女らの人格が切り替わるたびに引っ込んだ方の記憶を消去し、出てきた方の記憶を修復する。

 時間が経つほどイレギュラーが多くなり、裏の人格を自覚する可能性が高くなるため、一、二週間で全人口三万人の記憶のリセットを行い、再び追放から全行程をやり直す。

 このループを繰り返すことで、俺の二人の妹達は何の障害もなく、平和に平穏に日々の生活を送っているのだ。


 嘘である。


 現に一昨日チャックとビティは死にかけた。俺がビティの雷撃を防げなかったせいだ。

 妹達の命の危機は三年ぶり六度目だ、この生活は平和でも平穏でもありはしない。


 ビティの性格は極悪だが、彼女がよく言ってくる『無能』という誹りだけが、俺には否定しきれなかったりする。

 誰より魔法の才能を持って産まれたのに、妹達を何度も傷つけてしまう俺の無能を、責められているような気分になるのだ。


「ダアスさん、どうかしましたか?お口に合いませんか?」

「………………あ、あぁ、めちゃくちゃ美味しいです」


 ぼーっと考え込んでいると、チャックがこちらを覗き込んでいたのに気づき、慌ててふた口目をいただく。

 いつもどおりに連れ込まれたチャックの家の中、いつもどおりのおやつの時間。

 いつもどおりに美味しそうなガトーショコラを頬張っているのに、いつもより味が薄い気がした。


「…………………ダアスさん?」


 もちゃもちゃ咀嚼を繰り返していると、対面に座るチャックが怪訝な目で見つめてくる。

 返事を返すことはできない。


 彼女は椅子から立ち上がり、俺の側へと近づいてきた。


 彼女は何を思ったか、俺の傍に立ったかと思うと頭をそっと撫でてきた。


「……………………???俺の頭髪に資産価値はありませんよ?」

「いえ、もしかしてダアスさん疲れてるのかなぁと思って」


 壊れものに触れているような、優しい優しい手つきだった。


「大丈夫ですよ、大丈夫です」

「ダアスさんがとっても頑張っていること、私はちゃんと知っていますから」


 愛する妹に微笑みかけられて、俺は思わず吐き気を催した。


 なにせ長年守ってやっている妹から幼児扱いだ、屈辱と言う他ない。全部忘れているくせに『知っている』という傲慢な言い方は好感が持てない。

 自分より長く生きていない子供から憐れみの視線を向けられて、気分が良くなる人間がいるわけがないのだ。


 なんて話もまた嘘である。


 俺はふつうに恥ずかしくなって目をそらす。

 なんて言っていいのかわからなくて、軽いお礼だけを口にして、誤魔化すように三口目を口に含む。


 チャックはずっと微笑んでいる。


 気恥ずかしくて心地よい沈黙が、夜にゆったり流れていく。

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偽りの幻想術士〜元パーティーメンバーさんたちの最強スキルは俺が無意識に作ってた幻覚だったみたいです〜 @childlen

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