第8話 公開処刑が始まった
八つ裂きにされる本来の刑とは違うのだが、私はその場で殺される運びになった。
炎で炙られ電流を流され冷気が大きな凍傷を産む。髪を掴んで引っ張られそのまま顔を殴られる。
彼らの顔には例外なく恐怖が張り付いていた。錯乱のあまり叫ぶ者もいた。きっと無抵抗の罪人を取り押さえるという行為に慣れていないのだろう。
私が雷撃を放てばその瞬間一人は殺される。かといって衛兵という立場からして無抵抗の人間を勝手に殺すこともできない。
法に則った処分を強いられ、命が危機に晒されているのだから、彼らが恐怖のあまり乱暴な手段をとってしまうのはしかたないことだ。
私はダアスさんを刺し殺した。死んでも償えるわけがない。
経験したはずのない記憶の中、私はダアスさんを刺し殺した。
記憶の中の私はビティと呼ばれていた。衛兵もさっき私をビティと呼んでいた。
記憶の中の私はパーティメンバーを引き連れダアスさんを嬲り、痛めつけることを心の底から楽しんでいた。
きっと忘れているだけで、私にとってそれは日常のことだったのだろう。
何が起こっているのかわからないけれど、私はこれまでたくさんたくさん、ダアスさんを傷つけ遊んできたのだ。
殺されるべきだと思った。
これまでたくさんダアスさんを傷つけていたのだから、最低同じくらいの苦痛を味わって、最後には惨たらしく死ぬべきだと思った。
私が早く死ねばそれだけダアスさんの救命に動く人数が多くなる。私はできるだけ早く死ぬべきだ。
自身の脳に電流を流そうと必死に雷撃を試みるが、止まらない衛兵達の暴力が魔法を扱うだけの集中を奪う。
自死すらまともに行えない自分が恥ずかしくて、死ね、死ね、死ねと涙が出てきて、それでもやっぱり魔力は霧散する。
殴られ蹴られ踏みつけられ罵られ何度も殴られ、自らの死を精一杯に祈っていると、ゆっくりと意識が薄れていく。
ようやく死ねる。真っ暗だ。
嘘である。
何が嘘かというと一人称が嘘である。
かわいいかわいいチャックが上記のような殊勝な思考を巡らせていたことは紛れもない事実であるが、俺は立派な彼女の記憶を読んでいただけのダアスである。
「う゛あ゛あ゛っ死ぬかと思った!」
回復した俺が体を起こした瞬間、部屋にいた衛兵達全員の意識が消失し、ばたばたとその場で一斉に倒れる。チャックを殴っていた奴らも同じくだ。
こいつらを眠らせること自体は簡単極まりないのだが、糞女ビティによる一五八ヶ所の刺し傷が不味かった。
チャックが呼んでくれた衛兵から応急処置を施されるまでは、俺は自身の延命に全神経を注がねば即死する状態で、それが今に至るまで対応が遅れてしまった理由である。
慌ててチャックに近づいて様子を窺ってみると、ひどい怪我を負って気を失っているが死んではいない。このまま放置すれば死ぬだろうがその程度だ。
ほっと胸を撫で下ろし、治療を開始すべく深呼吸を一つ。小さな光の球が目の前に浮く。
回復魔法はかなり難しいので、気合をいれてとりかからないといけないのである。
重大な体機能の修繕、出血箇所の修繕、打撲、骨折、内出血の修繕といった順に治療を施していくと、あっという間に時間が過ぎてゆく。なにしろ元の容姿がいいので同クオリティまで治すのが難しい。
ああでもないこうでもないと、うんうん唸って過ごすこと六時間、チャックが薄く目を開く。
「あっ、おはよう。ちょっと待て動かないでくれよ頼むから。ミクロン単位の作業だから」
ぼんやりと動き出そうとするチャックを全力で制する。
彼女は寝起きで数秒状況がわからなかったようだが、すぐに眠る前のことを思い出したのだろう、即座に自身に『雷撃』を打ち込んで自殺を図る。
が、『雷撃』の使い方を忘れているため不発に終わる。
死ねなかったチャックが「…………なんで」と呆然とつぶやいていた。
「なんでって聞かれると俺のせい。俺の魔法が幻覚ってのは嘘で、本当は記憶を弄くり回す魔法なんだ。今はチャックに雷撃の使い方を忘れてもらってる」
チャックは俺の解説に、か細い吐息を漏らしていた。
怪我で弱っていることもあるが明らかに困惑している。
無理もない。彼女の立場からすると今の状況は心底理解不能だろう。
「えーっと、ほらさ、チャックも薄々気づいてるみたいだけど、チャックの身体は実は日中は糞女が使ってるんだよ。一つの体に二人が入ってて、そいつは誰かを虐めてることに生きがいを感じちゃうカス女だから、仕方なく俺を虐めさせてんの」
「チャックはそういうの気にしちゃうだろ?忘れてもらってるけど今日以外にも自殺未遂は何度もあったし、だから二人の記憶を弄ってうまく辻褄を合わせてる。この八年間ずっと」
状況を簡潔に説明するとそんな感じだ。
つまるところ、全部が全部嘘なのだ。
俺が幻想術師というのは嘘である。
ビティが見下しやすいように魔法の性能を偽っているが、本当の魔法は『記憶の改竄』で、別に相手に触れなくても使えるし、幻を見せる際は視覚情報の記憶をリアルタイムで編集して誤魔化している。
思考の記憶をミリ秒単位で全て奪い続ければ、人は何一つ考えられず、今の衛兵のように眠りに落ちる。
使える魔法も記憶操作だけではない。『雷撃』から『炎撃』まで基本的なものは最低限押さえているし、この街で回復魔法を使えるのは俺だけだ。
一人では魔物を狩れないというのも嘘である。
チャックはとても優しい子で、それでいて寂しがりだから、そこにつけ込むための虚言である。一人じゃやっていけない俺を助けることに、彼女は幸福を覚えてくれている。
チャックとの初対面も三日前ではない。顔を合わさなかった日は一日もない。
自慢ではないが、己に宿った魔法を乱用し、人間という人間を騙し、経歴性格容姿に至る人としての全てを何から何まで偽ったベストオブ虚言癖こそが俺なのである。
ゆえに、何度も何度も嘘をつき続けてきた俺は、嘘がバレた経験も豊富であり、全てを知ったチャックがどういう反応をするかも知っている。
彼女はとても優しいから、まだ傷も治りきっていないのに、『ダアスさんに迷惑をかけるくらいなら消えてしまおう』と、そういうふうに考えるのだ。
「………………お願いですダアスさん……死なせてくださ」
「やだね!俺はお姉ちゃんなんだから、いい子な妹もクズな妹も、どっちも幸せにしてやるんだ!」
そうこうするうちに日が登る。
すっと朝日が窓から差し込んできて、その瞬間からチャックの意識が薄らいでいく。
ものの十秒も経たないうちに、ビティがすぅと目を覚ます。
「…………っ……あ゛?」
「や、おはようビティ」
寝起き早々訝しげなツラを見せる糞女に挨拶。
チャックがビティの記憶を覚えていたように、俺が意図的に操作を加えない限り妹達の記憶は共有される。
つまるところ、こいつは先刻の俺の発言を覚えているのだ。
馬鹿正直にぺらぺら事情を話したのは、まさしくそこに狙いがある。
「まず謝罪だな。聞いてのとおり、俺は今までお前のこと騙し続けてたんだよ、ほんとうにごめん!」
「…………で、相談なんだけどさ。実は街に近づく魔物は八割方俺が討伐してるんだけど、最近魔物が強くなってきたりで忙しくて、色々と手が回らなくなってきてさ、ビティに協力してほしいことができたんだ」
「俺のことをいじめてほしい」
「正確には社会的な方面でいじめてほしい。もっというと肉体的な方面のいじめを自主的に控えていただきたいって要望になるな。実はこれまでも撃たれた雷撃は殆ど防いでて、ノーダメージの記憶をいい感じに変換してビティの機嫌を取ってたんだけど、そういう複雑な記憶の編集は魔力の消費量が馬鹿にならないんだよ。毎回雷喰らってあげるのも無理があるしさ」
「直接的な暴力をやめて、悪口言いふらしたり皆で無視したりするので我慢してもらえたら、ビティの記憶改竄ぶんの負担が減って、街の平和にすごく繋がる。この街は俺以外雑魚しかいないし、俺の体調管理は防衛上大切なんだ。今回も疲れてなけりゃビティの雷撃なんて余裕で相殺できただろうし、そしたらビティとチャックが死にかけることもなかったしな」
「これはチャックには頼れないことだ。あの子は俺がいじめられてるってだけで大ダメージ受けちゃう繊細な子だから、記憶の操作を解くわけにはいけない。素の状態で協力の余地があるのはビティだけってわけだ」
「頼む、ビティだけが頼りなんだ!さあ、野蛮なやり口はやめにして、文化的なやり方で俺をいじめよう!」
静かな部屋に、少女の息がひゅうと鳴る。
姉の本心をまっすぐ伝えた誠実なお願いは、ビティの心に深く響いたようである。
彼女の感情の記憶をリアルタイムで視ている俺にははっきりとわかる。
呆然と俺の話を聞いていたかと思うと、かつてないほどの憤怒の念がビティの内側で弾けとんだ。
「…………があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああ゛!!!無能が舐めやがってぶっ殺してやるうう゛う゛う゛う゛!!」
「ひっ!?ねっ、『眠れ』!!」
起き上がり『雷撃』を放とうとした彼女に向かって軽く念じると、簡単に意識は飛んでいった。
立ったまま意識を失い倒れる体を慌てて支える。
正直かなりドン引きである。
今の会話のどこにキレる要素があるというのだ。この異常者め。
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