第3話 クロウの苦悩。
「最近、行っていないそうだな、神殿に」
『年下の子女に会わない作戦を決行するとか卑怯過ぎませんか?』
《グレース、ジェイド、本当に人の急所を突くのが上手くなりましたね》
「今までが急所が無さ過ぎるんだ、コレでやっと常人だぞクロウ」
『ですね。にしても良く耐えられますね、もしかして大して好きじゃなかったんですか?』
《とうとう、ジェイドを殴る日が来たんでしょうか》
「腿か尻で頼む」
『僕の代わりに体を差し出さないで下さい』
《成程》
『いえ意味をワザと履き違えないで下さい』
「で、私を殴るか神殿に行くか、だな」
《中庸は無いんですかね》
「何処が良いんだ?」
《強くて弱くて変わってるからです》
「ハッキリ言うなら大丈夫だろう」
『でも向こうが、ですよね』
《本当に殴りますよ?》
『僕が慰問に行って落としたら泣きます?』
「私もな」
《多分、本当に殴ります》
「でも我慢しているんだな、偉い偉い」
『僕もっと我慢してますけどね?』
「ジェイドも偉いぞ」
《連絡が来ない事に、少し安堵しているんです、少なくとも悪夢は見ていないって事ですから》
「あぁ、だな」
《ですけど、もしかしたら僕に会いたく無さ過ぎて、我慢しているかも知れない。若しくは僕に殺される夢を見て会うのが怖いか》
「で、私が会いに行くつもりなんだが、お前達は仲良く待てるか?」
《僕は大丈夫ですが》
『殴り合いも蹴り合いも誹り合いもしません』
「よし、じゃあ行ってくる」
私達と似ているけれど、違う少女。
書類上は婚約しているとは言えど、クロウに少しばかり手を出された少女に、少しばかり興味が有ったんだが。
うん、至って普通の子女だな。
私とは全く違う、柔らかい体を持つ、普通の少女。
逆に安心だな。
「あ、あの」
「元女騎士団団長、現視察団員補佐、グレースと申します」
グレースが自己紹介したらしく、女性陣の歓声と言うか、悲鳴が聞こえた。
神殿での人気が絶大なんだよね、グレースって。
『何で人気なんだろう』
《真反対の性質だ、と思っているらしいですよ。強くて媚びない、折れずに曲がりもしないし、怯えず怖いモノ無し、別世界の生き物だと思っているみたいですよ》
『そんな事は無いのにね』
《大概は弱点や急所が有り、何もかもが強い、ワケじゃないですからね》
『破棄されてるかの確認もしてないんだってね』
《ソチラの繋がりって本当に卑怯ですよね》
『一応、心配だからね、また勝手にやり直されても困るし、気持ちは良く分かるし』
《難儀な相手の方が良く思える性癖とか、厄介でしか無いですけどね》
『経験もだけど、元の頭が良いからだよね、容易い者は容易く裏切る』
《素直さと物分かりの良さは似て非なるモノ、愚直さと素直さは紙一重、未だに難しいなと思います。人間は難しい》
『難しくしているのはお前だろう』
《変に似ないで下さいよ、憎たらしさが倍増じゃ済まないんですから》
『もうとっくにどうでも良いクセに』
《アナタ達は大丈夫ですよ、寧ろ僕の最初の好意がネジ曲がり過ぎてて、きっとどの道長く保たなかったんでしょうから》
『それを確かめようと思えば出来るけど、僕は嫌だ』
《それにグレースも望まないでしょうし、今の僕も望んでません。失い、また努力しなければならない事が多過ぎなんですよ、今世》
『だから頑張ってた?』
《意図してそうなら良かったんですけど、違いますね、結果こうなっただけ、ですから》
『疲れちゃったか』
《アナタには敬服しますよ、老衰までの長い歳月を経ても、また努力したんですから》
『努力と思わずに、したいからする、だけだったからね』
《主に性的な意味で》
『だね』
《全前世を通して童貞だったら、もう少し頑張れてたんでしょうかね》
『あー、それは有るかも』
《どうにか、そこだけ記憶が消えませんかね》
『で殴ってみて全然違う記憶が飛ぶ』
《彼女の事だけ、ならまぁ、アリなのかも知れませんね》
『で向こうは覚えてる、キツいよ?』
《でしょうね、何処かの誰かさんは自死したんですし》
『ね、忘れるだけなら良いけど、思い出した時がね、死ねる』
《実際にも死んでましたしね》
『ありがとうね、殺してくれて』
《多少は憂さが晴れましたし、お気になさらず》
僕らは友人と言うにはあまりにも色々と知り過ぎているし、親友と呼ぶには物騒な事が多過ぎた。
なら仲間なのかとも思ったけれど、目標はやり直そうと思わない人生を歩む、それが共通しているだけで。
何なんだろうか、僕らは、僕らの関係は。
『あ、グレース、その子』
「ちょっとだけ持ち出し許可が出た」
《持ち出しって、物じゃないんですから》
「いえ、私は物です、寧ろ今は物なんです」
そう、コレ、次に下手にやり直したらグレースを女性に取られるかもって懸念してるんだよね。
僕も、クロウも。
《容易く持ち出されないで下さい、非公式ですけどアナタは巫女なんですから》
「でも、神殿の方も本物のグレース様だって、私も身分証を確認させて頂きましたし」
《成程、後で叱っておきますね》
「あ、やっぱりダメなんですね、身分証を見せるって」
《見せる相手は限られますが、まぁ、神殿の方に見せるついででしょうから、今回は見逃しておきましょう》
気まずい。
グレース様にお姫様抱っこされてたのを怪訝な顔で見られちゃったし、そもそもコチラから連絡するまで会わないって言われてたからって、本当に何も連絡しなかったし。
気まずい、気まずいしか無い。
「すみません、何の連絡もせずに」
《いえ、期限は設けていませんでしたから、何も無いならこのままで結構ですよ》
夢は制御出来る様になったけれど、内容の制御は全く無理。
相変わらず淫夢、いや淫夢と言うか、物語で聞く様な新婚のまま。
嫌じゃないけど、逆に嫌。
このままの方が甘い夢を見続けられるだろうし、実際に裏切られる事も無い。
けど、起きると凄く寂しいし、虚しい。
好きだと言ってくれたけど、だからこそ、結婚しないからこそ好きで居てくれてるのかも知れない。
だからこそ、悪夢を見ないのかも知れない。
「こんな事は初めてで、お互いに勘違いしているからこそ、悪夢が無いのかも知れないんですが」
《僕の事は気にしなくて大丈夫ですよ、助けになっているならこのままでも結構ですから》
「クロウさんでも情愛が怖いんですか?」
《一応、童貞ですからね》
あぁ、少なくともグレース様とは何も無いって事ですよね。
あの感じとか、完全に違うだろうし。
「何か、言ってた意味が分かりました、難しそうですよね、仕事仲間の状態でグレース様を落とすって」
《ほぼ不可能ですからね、性的に興味を抱いて貰う事が》
「抱けます?真逆ですよ?」
《試してみますか?》
「いや、流石に未婚で妊娠は避けたいです」
《僕もです、無責任な事はしたくはありませんので》
「あの、やり直した内容って、聞かせて貰えますか?」
《良いですよ》
とある女性を罠に嵌め、断頭台送りにした。
今は亡き王子をも巻き込んでの断罪劇で、直ぐに悪事はバレ王子以外は全て死刑、自分も当然の様に死刑に。
でも満足だったらしい、あまりにも歪んでいて、その道しか無かったからだと。
「凄い歪んでますけど、何か原因は有ったんですか?」
《先ずは僕の生まれを話しましょうか》
「はい」
妾から先に子供が産まれてしまった、良く有る不幸な貴族家庭。
どうしてか子供が出来ないだろうと噂された本妻を娶る事になり、父親は先ず黙って妾を囲い、直ぐにも妊娠させた。
けれども本妻と結婚して直ぐに、子供は出来た。
焦った父親は妊娠を疑いつつも、妾の事が言えないままクロウさんが生まれた。
父親に良く似た子、黒髪は父親譲りで、小麦色の瞳は母親から。
《バカなので表面上喜ぶ事もしなかったそうで、そこから疑い始めたんだそうです、何かを隠しているなと》
「あぁ」
半ば政略結婚とは言えど、格は同じ。
何か裏取引きが有るワケでも無い、平凡な政略結婚。
なのに、どうしてか夫からは歓迎されず。
クロウ様が1才になる前に、妾が乗り込んで来た。
《そこもバカなので、妾の問題を考えたく無かったのか、妾とすらも会わないでいたそうです》
「失礼ですが、相当安直ですね」
《ですね、だからこそ妾の罠にも嵌った。妾が噂を流して信じ込ませたそうです、あの子は不妊だ、だから今のウチに私を囲っていた方が良い、と》
「あぁ、どう思ってらっしゃるんですか?」
《父親よりはマシな存在だとは思ってますよ、手口事態は悪くないですから、でもなまじ頭が良いと逆にバカな事をするんだなと。父親の放言を鵜呑みにしての事だそうです、政略結婚で大金が入るかも、と。焦っていたんだそうです、年寄りの金持ちと政略結婚させられそうになり、お互いに良く調べず騙し合った結果、僕には腹違いの姉が生まれた》
そして妾は子供を置いて実家に帰り、金は無いが似た年の男と再婚。
家に居場所が無くなった父親は、その娘ばかりを溺愛する様になり、母親が幾らしっかり躾けようとも父親が甘やかす。
そうして家の中が更に歪んでいき、心労が祟った母親は体を壊した。
「あの」
《あぁ、大丈夫ですよ、父親も義姉も追い出せたので今は元気です》
「あぁ、良かった」
《追い出すなんて酷い、きっと誤解が有る筈だ、そう言う女は黙って関わりを絶ちます》
「分かります、悪夢でも起きてても散々言われましたから」
《こうして分かり合える相手って、実は滅多に居ないんですよ、そこに情愛や肉欲が含まれてるとなると更に稀》
「そうした経験から慎重なんですよね、分かります。あの人素敵じゃない?って聞かれても、どうせ裏が有るんじゃないかと思って、素直に憧れる事すら出来無い」
《それでグレース、ですか》
「ですね、あの振る舞いで裏は淫乱売女だ、とか。絶対に有り得ませんよ、必ず何処かに違和感が出る筈で、それらを私達同性は鋭く見抜きます。それすらすり抜けてたなら、寧ろ感服ですよ、騙されても罪は無いとすら思います」
《前世で、亡き王子は見事に騙されたんです、まぁ僕も騙す側だったんですけど。完璧過ぎて、そうであって欲しいと思ったのかも知れませんね》
「って言うか完璧に見えますからね、どんなに疲れてるだろうって時でも、微笑んで下さるって皆が言ってますから。芯が強いんだな、凄いなって」
《ですけど手を出すだ出されただ、今でも酒場ではネタにされてますよ》
「私の偏った男性経験から言いますが。自分より弱い筈の女が騎士だからこそ、弱点が有ってくれ、意外と弱い部分が有ってくれ、じゃないと男の立つ瀬がない。でも女は違います、女だてらに騎士なんだ、きっと敢えて襲われてあげたに違いない、それが私達女の意見ですね」
《そうなると横恋慕していた僕は完敗ですね》
「あぁ、ですね」
《未練は無いんですよ、何度やり直しても振り向いて貰える要素が無いですし、くっ付いた先が想像し難く、直ぐに終わりそうだなと》
「相手選びに打算が有っても良いと思うんですよね、昨今は恋愛結婚について良く聞きますけど、結局は自分に有利な相手と結婚したいのは当たり前なんですから」
《同い年と話が合わなそうですね》
「仰る通り、同じ時間を生きてる筈が、夢でも人生を経験してるので同じ様にはしゃげない。でも理由は言えない、アナタは恩人です、相当の苦痛を取り除いてくれた」
《なら恩返しに結婚して下さい》
「恩返しになるか甚だ疑問なんですが」
《男なので相応の欲も有ります》
「女も有る、と言うか女の方が旺盛だからこそ、あんな夢を見たのではないかと」
《僕の何がダメなんですかね》
「もう少し知りたいんです、夢の中じゃなくて起きてる時に」
《あぁ、良いですよ、何を話し合いましょうか》
「夢の中でアナタは私の好物に驚いてたんです、知ってますか?私の好物」
《いえ、すみません、そうした情報交換も必要ですよね》
「ですね、私は私で答え合わせにもなりますし」
《僕の嫌いな食べ物はリンゴです、どう料理されても嫌いですね》
「私の好物ってリンゴパイなんです、だからアナタは美味しいリンゴパイの店を探してくれて、一緒に行く。でも私の方はあまり見ないで、自分はベリーパイを食べる。あぁ、本当に嫌いなんだな、と思って、嬉しく思うんですよね、そんなに嫌いなのに探してくれて、一緒に来てくれたんだと」
《アナタもそれなりに歪んでますよね》
「そうですかね?自分も好きな事だけに同行するよりも、苦痛を伴ってでも喜ばせたいと思ってくれてる方が、情愛が深いなと思いますけどね」
《そう苦痛を伴って行動された後、恩着せがましい態度をされると引くんですけど》
「私と同じで、あまり良い人間とのお付き合いが少ないんですね」
《ですね》
「それで、リンゴパイのお店を探す予定は?」
《ちょっと悩んでますね、僕の考えの先の先まで読まれてるとなると、凄い悔しいんですけど、そうしてみたいなとも思う》
「見ないで欲しいですか?」
《出来れば》
「恩返しについて考えてたんです、コレはコレで国への恩返しになる、ちゃんと信頼出来る方と組めば生かせるんじゃないか、と」
恐れていた事態、と言うべきでしょうか。
真面目で真っ直ぐな方って、こうして直ぐに恩に感じて返そうとしてくる。
《その真面目さや誠実さが嬉しい反面、複雑ですね、また仕事仲間になるのかと思うと少し億劫です》
「少なくとも、利用価値は有ると思ってくれてるんですね?」
《好きになる前に散々考えましたからね、どう利用してやろうか、と》
「恩を返して貰った、とアナタが思う分だけ、とか」
《いや絶対にもっと役に立たせようとする輩が出る筈ですし、利用したいな、と僕も思うかも知れないので。いっそ、利用しない方が良いかな、とも思ってます》
「葛藤してますか」
《ですね、直ぐにも抱きたいは抱きたいですし》
「コレ、私が凄く有利ですね」
《ですね、一応僕は童貞ですから》
「アナタの弱点を知ってる、凄い」
《どんだけ見てたんですか淫夢》
「そ、淫夢呼びしないで下さいよ、それ以外も色々と有るんですから」
《煽ってますよね?》
「あ、いや、違います違います」
《詳しく聞きたいような、聞きたくないような》
「でも、その謎が分かって落ち着いて、果ては飽きちゃうかも知れないんですよね。例の警備団の男とデキちゃってたんです、私」
《で、殺された》
「事後に濡れた布で顔を覆われて、凄く苦しかったですね」
《先ずはそこだけでも処理しましょうか》
「あ、良いかもですね、その時も書類上だけだったので」
私文書偽造に殺人、コレはもしかすると相手を脅し、私腹を肥やしていた可能性も有りますよね。
《じゃあ、殺しましょうね》
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