第2話 クロウの苦労。

「私が、聖女?」

《はい、以前は3代前までしか遡らなかったんですが、4代前に神殿の関係者を娶っていたそうです》


「いや、でも、だからって」

《ですよね、神託と言うか予言が非常に個人的過ぎますから》


「と言うか」

《あぁ、前回のは合ってましたよ、なので既に破棄されてます》


「そこ先に言いません?」

《悪夢は見てませんよね?》


「まぁ、そうですけど」

《で、どうしたいですか?王族と神殿から巫女だと認めて貰う事も出来ますし、敢えて認めて頂かない事も可能ですが、僕のオススメは能力を生かす事ですね》


「それ悪夢の中で試したんですけど、警備団に暫く使われてたんですけど、仕舞には気味悪がられて殺されたんですよね」


《名前や詳細は覚えてますか》

「あ、はい、書きますね」


 この書く作業に慣れると、意外と落ち着く。

 綺麗に分かり易く書く、そう集中すると凄く楽になる。


《字が綺麗ですよね》

「代筆をしてましたし、今でも気を付けてますから、おかしいと思われない様に」


 字の乱れは心の乱れ。

 せめて字はと思って格安で請け負ってたんですよね、貴族と言っても商家、下から2番目の男爵位ですし。


 だから結婚の心配をしてくれるのは分かります、分かるんですけど、死にたくない。


《成程、彼ですか》

「因みに裏が有るかどうか分かりません、死ぬまでの私が見れる情景しか見聞き出来ませんから、不便ですよね」


《不便と言うか、苦痛を伴うのが頂けませんね、起きたい時に起きれて、起きているのだと自覚出来る》

「そうだったら良いんですけどね」


《でしたら神殿で訓練出来るそうですから、行ってみますか?》

「巫女認定は暫く考えたいんですが」


《そこは大丈夫ですよ、偶に一時的に目覚めるだけの方も受け入れるそうですから》

「なら是非、直ぐにもお願いします」


《その場合、首の痕が消えないとマズいので、それからでも良いですか》

「はい、今までお手を煩わせてすみませんでした、ありがとうございました」


 ちょっと不安ですけど、それこそ書くと安定しますし。

 何事も慣れですよね、うん。


《いえ》




 多分、クロウには変な性癖が有るんだろうな。


「明らかに自分に気が無い女に燃える性癖か?」


《グレース、僕の悩みを的確に言って下さってありがとうございます、ついでにちょっと殴って貰えると助かります》


「何を悪い事をした」

《最初は悪戯心から付けていたキスマークを、いつしか無自覚にも少し喜んでいた自分を罰したいんです》


「なら自分で自分を、いや筋トレしろ筋トレ、久し振りに鍛えてやろうか?」


《手加減してくれますか?》

「いや?そんなに忙しかったのか?」


《はい、なので手加減して下さい》

「どの位」


《半日で回復する程度で》


「あぁ、ならその子も連れて来たらどうだ」


《それはそれで、アナタに取られるのも少し悔しいですね、どうしましょうか》


「お、殺すか」

《いえ、そこまででは無いですね》


「で、もしコッチに振り向かれたらどうするんだ、クロウ」


 私がクロウに振り向いた事が無いんで分からんが、巷では振り向かれたら嫌になる、らしい。

 全く意味が分からないが、どうやら追い掛けるだけで精一杯で先まで考えておらず、いざ受け入れられると怖くて逃げたくなるらしい。


 まぁ、追い掛けた獲物が実は熊で、コチラが子狐なら逃げるのは分かるが。

 相手は男爵位の家の令嬢、しかも次女なら別に、何も怖い事は無いだろうに。


《構いたい気持ちは有るんですが、無理にでも抱きたいかとなると》

「私の例は横に置け」


《ですけど、今まで他に無かったので》

「奪われても良いんだろうけれどもだ、それは今だけかも知れないだろ」


《そこなんですよね、手駒としても手放すのは惜しい》

「まぁ、婚約してみてから、だろうな」


《あぁ、もうしてますよ、内緒で》


「本当にお前は凄いな、そうした面に救われたが、凄いなお前は」

《そう素直なんですよね彼女も、だからこそ構いたいのだろうとは思います、でも別に弱さを感じないのでコレで何も無いなら破棄して、他を試したい気もするんですよね》


「変わらんな」

《そう変わりませんよ、まだアレから3年も経って無いんですから》


 今世の唯一面倒になった部分は、男子の成人年齢が引き上げられ18才になってしまった事。

 いや、家を継ぐだとか様々な理由が有っての事で、私としては猶予期間が幾ばくか延びたので寧ろ有り難いんだが。


 まぁジェイドがムクれて仕方が無い、子女は16才のままなのが更に気に食わない、と。

 義姉のマリー様からも今話して貰ってる最中なんだが、あぁ、納得してくれたかどうか。


 うん、微妙そうだな。


『出産で月経が軽くなるって本当なんですか?』

《あぁ、コッチでも良く聞きますよ、それこそ軽くなるまで産めとも言われてますし》

「女騎士団内部も凄い事になっているな」


《アナタに遠慮して話せない事も有ったので、コレはコレで良いんですよ》

「まぁ良いなら良いが。まだ解せないかジェイド」


『僕が手を出したから』

《切っ掛けでは有るでしょうけど、いつか起きた論争でしょうし、過去はそう変えられませんけど、やり直しますか?》


『いや、そこまでじゃないけど』

「クロウにも良い女が出来そうなんだ、暫くはやり直さない方が良いだろう」

《コレはコレで疲れますし、万が一にも3才からと言われたら流石に面倒ですしね》


「3才は確かに微妙だな、うん、しんどい」

《出来る事が限られるにも程が有りますからね》

『しかも僕は居ませんし、更に何か間違うと生まれないかも知れない』


「うん、面倒と言う範囲を越えるな」

《流石に、ですね》


 少なくとも、私はこのままが良い。

 万が一にも情愛とは何かを忘れるのは、ジェイドとの思い出を忘れるのは、あまりにも望ましくない。




《調子はどうですか》


 あぁ、こう真っ赤になると言う事は、キスマークの事が神殿にバレましたか。


「アレ、キスマークって言うんですよね」

《ですね》


「どちらかと言うと、性的な事に近い」

《はい、婚約していても許されるかどうかギリギリの範囲ですね》


「だからじゃないですけど、見ました、夢を」

《拝見させて頂きますね》


 彼女が開いたページから読むと、確かに僕との夢書かれていた。

 けれど、コレは悪夢と言うか。


「その3日後です、知ったのは」


《ぁあ、確かに書かれてますね、少し乱暴に》


「何であんな事したんですか、だから変な夢を」

《悪夢と言うか淫夢ですよねコレ》


「ぅう」

《声に出して読んだら楽しそうですね》


「私は楽しく無いんですが」

《じゃあ悪夢だったんですね》


 我ながら実に意地悪な質問だと思います、本当に。


「殺されたり死んだりは無いですけど」

《何が嫌でしたか?》


「それは、まだ、ですけど」

《そう言えは制御は出来てますか?》


「夢かどうかの確認は、はい、順調です」

《ではこのまま僕と婚約したまま暫く様子を見るか、思い切って警備団か関係者と書類上婚約するか、巫女として一生を終えるか、どうしますか?》


「ちょっと、迷ってます」

《結婚に希望が持てましたか?》


「もしかしたら、早世しない、幸せな結婚も有るのかも知れないな、とは思いましたけど。まだ、あまり見て無いので、全てにおいて迷ってます」


《苦痛を感じたらいつでも仰って下さい、直ぐにも破棄しますから》


「はい、ありがとうございます、お手数お掛けします」


 コレは酷く狡い手口ですからね。

 だからこそ、愉悦と罪悪感を同時に湧き立たせる、実に酷いやり口。


 僕は何もせず、意識して貰えるかも知れないんですから、狡さしか無いですよね。


 でも、無理に止める気も起きない。

 ある意味でグレースと真逆なのに、何処に惹かれているかも。


 いや、強いんですよね彼女も。

 経歴が経歴なので当たり前と言えば当たり前なんですが、男に助けを求めず、感情を振り回さない。


 出来るだけ自分で何とかしようとしますし、鈍感で、真っ直ぐで純粋。


 コレは重ねているのか、昨今の王族の様に一定の趣味や好みが有るのか。

 分からない。


 皆さん、どうやって判別や区別をしているんでしょうか。

 コレは難しい問題ですね、直近の者はどれも一貫して1人の相手だけ。


 ぁあ、偶には僕が相談に乗って貰いましょうか、女騎士団員達に。




《もしかしたら悪夢を見る要素が足りないのかも知れないので、情報を足しに来ました》


 私が決めるまでは来ないかも、とか言ってたのに、アレから1週間もしないウチに。


「その、あ、悪夢はまだですけど」

《でしたら記録は結構ですから、僕の話を聞いて下さい》


「ぁあ、はい」

《もしかしたらアナタの事が好きかも知れません》


「ちょっと何を言ってるのか分からないんですが」

《あぁ、身分差の事なら大丈夫ですよ、巫女や聖女は別枠で、かなり上位の階級ですから》


「だとして」

《実際にもグレースが好きでした、でも完全に仕事仲間としか見られてませんでしたし、それ以前に複雑な心情を抱えての事で。ですけどアナタにはもう少し真っ直ぐな気持ちですよ、キスマークは謂わばマーキング、そうマーキングを付けて喜ぶ程度には好きです》


「あの、揺さぶるのはもう十分なので」

《出来たら返事が欲しいんですが》


「格の違いがエグい、ご自分の立場を分かってらっしゃいます?」

《はい、ですけど巫女も巫女で貴重ですよ、例えそれが世に真っ直ぐに功績が伝わらないにしても》


「あ、そこですか?」

《信用頂け無いのは、僕のせいでしょうか、それとも今までの悪夢のせいでしょうか》


「多分、8︰2です、私はアナタを良く知りませんし」

《じゃあ知り合いましょうか、もしかすれば悪夢に繋がるかも知れませんよ》


「いやでも、私の何が」

《強い所ですね、それと夢の中では非処女なのにウブな所も。なので、思い切ってこのまま結婚してみましょうか》


「あ、悪夢の入口って、白昼夢ってこんな感じなんです。私は前の事はすっかり忘れてて、少しでも嬉しいなと思って、それで、少しずつ」

《ゆっくり深呼吸しましょうね、じゃないと付けますよキスマーク》


「何で、どうして」

《無理矢理にでも抱きたいと思わない程度には好きだからです、息を止めて下さい》


「無理、苦しい」

《じゃあちょっと我慢して下さいね》




 婚約の申し込み程度でコレだと、流石の僕でも少し心が折れそうになりましたね。

 だからこそ、何も知らないウブな男性は、さぞ嫌がられていると勘違いし傷付いたでしょうね。


「んーーー」

《あのですね、普通キスはゆっくり鼻で息をするものなんですからね?》


「アナタは、ちょっと、おかしい、なんでこんな」

《早世しないなら結婚しても良いかも知れないとは思ってる、で今の所は僕が相手なら悪夢は見ないし白昼夢も無い、なら別に問題は無いのでは?》


「アナタに利点が、もっと選べますよね」

《選んでの事なんですが、女騎士団の受付舐めてませんか?》


「いや、大変そうだなと日々思ってましたけど」

《外見だけに拘る女や、感情を振り回す女って大嫌いなんですよ、弱さや涙で脅す者なんかは幾ら殺しても良いと思ってます。何より、変わってる人が良いみたいなんです、出来るなら自分だけが良い所を知ってる人、そう思えるから、アナタなんだと思います》


「百戦錬磨の元近衛兵長があやふやな物言いをするものなんですね」

《一応、コレでも童貞ですから》


「いやいやいや、それは無いでしょう、ヤったって女の自慢話凄い聞いてますし」

《何処の酒場ですかね、焼いておきますから教えて下さい》


「証拠隠滅の仕方が豪快」

《いえ本当に童貞なんですよ、今世では》


「今世では、とは」

《実はアナタと同じ様に、既に何回か人生をやり直してます》


「またまた、合わせるにしても限度が」

《証明が難しいですからね、ですけど、だからこそ半信半疑だったんですよ。もしかしたら同じなのかもしれない、と》


「信じてくれるのは嬉しいんですけど、何も、嘘まではちょっと」

《どう証明したら良いと思いますか》


 信じて貰えないだろう辛さは分かっていたつもりなんですが、こうして理解されないのは確かに辛い。

 こんな思いも何回もしている、さぞ悪夢でしょうね、コレを何度も繰り返すのは。


「ごめんなさい、証明は難しいですよね」

《結婚は無しでも構いませんよ、アナタが悪夢を見ない事が最優先ですから。今日はもう失礼しますね、では》


「え、でも」

《無理して残す家でも血筋でも無いですし、結婚への拘りも特に無いですから大丈夫ですよ、気にしないで下さい》


 少なくとも婚約している限り、好意を持つ者へ何かしら助力している事に、変わりは無いですからね。

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