何転Ⅲーボーナストラックー

中谷 獏天

第1話 クロウ。

 まさか王子に、ジェイドに搦め手を使われるとは思わず。

 油断している隙に、少しばかり離れている間に、見事に僕は失恋してしまったんですが。


 何処かで諦めていたんですよね。

 真面目で仕事人間、仕事仲間だと思えば絶大な信頼を寄せ、全く疑う事すらしなくなる。


 騎士や騎士団長としては欠点であり長所、周りの人間次第では完璧な長所になるんですが。


 情愛が絡む関係となると、一方的に僕に不利、圧倒的に希望が無いままに終わってしまった。

 あの搦め手を僕が使ったとしても、殴られるか蹴るかされた後、元騎士として説教されて終わるでしょうね。


 見事でしたよ本当。

 噂が漏れても逆手に取り、どちらの立場が危うくなる事も無いまま、世間が女騎士の女らしさについて考える様に仕向けた。


 ただ長く生きただけだ、その言葉を鵜吞みにしたワケでは無いんですが、完全に出し抜かれた。


 まぁ、殆ど諦めてましたし、別にもう良いんですけどね。

 本当。


「あの、女騎士団の受付は」


《あぁ、そうですが、何か苦情の申し立てでしたら》

「いえ、女騎士団の補佐に、なりたくて」


《先ずコチラを、一応口頭でも説明しますが、王族は勿論、近衛兵とも婚姻は》

「あ、そこは大丈夫です、寧ろ結婚したくなくて申し込んでるので」


《一瞬、庶民の方と見誤ったんですが、アナタ貴族令嬢ですよね》

「はい、残念ですが、そうです」


《少し事情をお伺いしましょうか》


「あの、グレース様は」

《退団なされましたが、偶に顔を出して頂けますし、向こうの部屋には女性も居ますので大丈夫ですよ》


「ぁあ、そうなんですね、宜しくお願いします」

《はい、どうぞお入り下さい》


「どうも、失礼します」


 男性嫌い、女色家除けの為にも、僕が女騎士団の受付をしているんですが。

 偶に居るんですよね、家から逃げ出す為に駆け込んで来る女性。


 いや、それでしっかり仕事が出来る方なら良いんですが。


 大概は王族か近衛兵か侍従目当て。

 上さえ目指さなければ、貴族を紹介しても良いんですけど、必ず文句が出るんですよね。


 金の無い若い者を紹介すれば金が無さそうだと断り、金が有るが年がいってる者を紹介すると、若い者が良いと。

 で結局は家に戻るんですよね、まぁ、それを見越して敢えて適当な相手を紹介してるんですけど。


《それで》

「グレース様のように鍛えて活躍したいんです、お願いします」


《何故、でしょうか》


「えっ」

《何故グレース様を目指すのか、目指したいのか、です》


「結婚したくないからです」


《そこのご事情を詳しくお伺い出来ますか》


「見える、と言うか悪夢を見るんです、今までの婚約者との将来全て、白昼夢か悪夢として見える。その最後は全て殺される、でも、だからこそ、こんな事を家族にも言えなくて。頭がおかしいと思われるのは最終手段にしているので、私は、兎に角結婚したく無いんです、どうしても」


 身に覚えが有る分、無碍にはし難いんですが、今まで関わった事も無いご令嬢ですし。

 いや、もしかしたらグレースかジェイドが知っているかも知れませんね、この令嬢について。


《残念ですが、相当の功績が無い場合、退団時期は決まっていますが》

「なので功績を立てられる鍛え方をしたいんです、私にとって結婚は死、どうしても回避したいんです」


《先ずは家に身分を確認させて頂きますので》

「あ、それだと、多分、反対されるので」


《身元がしっかりしていないと騎士団や王宮の仕事は》

「あ、でしたら騎士団の下請けでも構いません、それこそ賃金も要りませんから、どうかココに住まわせて貰えないでしょうか」


《下請け、ですか》

「何でもします、兎に角結婚しないで済むなら何だって言いんです」


《そう言ってらっしゃるなら、今まで何度か婚約破棄をなさってるんですよね》

「はい、ですが今回の相手の弱味が見付けられなくて、もうココに逃げる以外は無くて」


《修道院なども》

「その場合も、ちょっと、嫌な、悪夢を見たので」


《何度、殺されたのでしょうか》


「7回です、けど、あの、単に悪い予感が悪夢として」

《分かりました、僕を信用して頂けるなら、協力します。ですがもし僕を疑ったら、その時点でこの話は無しです、良いですか?》


「はい」




 覚悟はしてた、けど。

 馬車が実家に向かいに、この姿のままの私を家族に引き合わせた時、いっそ自ら死んでしまおうかと。


 けれど、彼は思わぬ舵の切り方をした。


《このお嬢様が女騎士団に入りたい、そう訊ねて来て下さって。見て分かる通り、変装が見事ですから、是非にも入団を許可して頂ければと。どうでしょう、最近は10代の結婚は早婚だ、との批判も増えましたし、少しばかり安全な場所に預けてはみませんか?》


 私の頭がおかしい、などとは一言も言わず。

 寧ろこの私の変装を逆手に取り、入団を迫ってくれた。


 ただ家族は、私の度重なる破棄を気にして。


『ですが、コチラにも事情が』

《あぁ、その事についても少し伺いましたが、相当に勘が鋭いのかと。だからこそ、今回の事は一旦保留としつつ、お互いに冷静になる時間が必要だと思うんですが。そこまで焦り結婚を急ぐには、何か更にご事情でも》


『最悪は貰い手が無かった場合、この子の幸せが』

《そこは騎士団にお任せを、功績を立てた暁には今以上のお相手をご紹介出来るかと、下手に格下をご紹介しては王族の威信にも関わりますから》


 私の言葉を信じてくれている?


『ですが』

《ご事情がお有りでしたら、だからこそお任せ下さい、その為の騎士団でも有りますから》


『いえ、別にそう言うワケでは』

《でしたら家にも箔が付きますし、鍛えるなら今こそですよ。それに、才能を潰し国益を損ねる事になっては、寧ろ損かと》


 この家や家族を疑っているのか、私の言葉を信じての事かは分からないけれど。

 取り敢えずは、保護する気ではいてくれている。


 これで家族が頷いてくれたら、私は助かる、筈。


『分かりました、少し検討を』

《では彼女にも再度検討して頂く為、暫く寮生活をして頂きますね。厳しいですよ、準備をしてきて下さい》

「はい!ありがとうございます」


 助かった。




《関わりは、無かったですか》

「あぁ、全くな」

『僕もです、けど、本当にそんな女性が居るんですか?』


《残念ですが、居るんですよ本当に》


 窓の外面、女騎士団寮と面する広場で、今まさに腕立て伏せをしてらっしゃるんですが。

 か弱い女性の代表なのかと思う程、全く回数がこなせない。


「だとして、裏付けはどうなんだ?」

《実際に裏付けが取れた者が3人、残りの4人は、もう少し先の出来事かと》

『あぁ、僕らもそうでしたからね』


「あぁ、だが仲間が居てこそ私達は何とかなったが、そうした者は居ないのか?」

《そう突っ込むとコチラが怪しまれますので、まだ、ですね》


「出来るならウチで保護してやりたいんだが、浮気されても困るしな」

『そん、僕は』

《はいはい惚気は結構ですし、最悪は試しに僕と婚約させてみますよ、それで死の悪夢を見るかどうか試します》


『あぁ、クロウなら殺す心配は無いですしね』

「自惚れるワケでは無いが、私達以外の事では殺す程の執着はしないしな」

《ですが説明が難しいですしから、そこは省いて、ですね》


「にしても、昨今の女の騎士団員は」

《あの子がそうです》

『あー、でもかなり必死ですよね、どうしても作り話には思えない』


《そうなんですよね。ただ実際に悪夢として見ているか、白昼夢なのか、我々と全く同じかどうか。探るのはコレからなので、もしかすれば協力頂く事になるかも知れません》


「構わんよ、死ぬ以外の事なら大抵の事は協力する」

『はい、僕も』

《ありがとうございます》


 そしてご令嬢にはグレースとジェイドとは親しい、そう見せた後、話を聞く事に。


「詳しく、ですか」

『例えば本で読んだ、だとか』


「ぁあ、はい、読んだのかも知れませんが、何時何処でかと聞かれると困るので」

《分かりますよ、僕にもそんな事が有りましたし》


「そう、そう読んだ本が怖かったのか、悪夢だったり白昼夢だったりするんです」

《成程、例えば何か切っ掛けが有るんでしょうか》


「主に名前ですね、名前を聞いて倒れ、起きたら悪夢を見た後だったり。中には顔を見ただけで白昼夢を見たり、結婚に怯えているだけだと、だからこそ確認すればだいだろうと。でも、裏が有るんです、悪夢で見た通りの裏が」


《例えば》

「実はふくよかな女性が好きで、妾は凄くふくよかで、だから腹上死しちゃうんですけど、その妾に殺されるんです、私が毒を盛ったんだろうって。でも私、その時まで全く妾の存在を知らなくて、どうして愛されなかったのかそこで初めて知って、やり直したいと思って目が覚めるんです」


 少し経緯は違いますが、基本的には僕らと同じ。


《そうした事が何人かで起こったワケですよね》


「あの、正確に言うと、悪夢の中で目覚めてまた悪夢に繋がる場合も有るんです。目覚めたと思って、次は回避しても、また殺される、そしてまたやり直したいと思って、やっと起きて。ちゃんと目覚めたか確認するんです、針で刺して」


 彼女が指し示したのは、太腿。


《気持ちは分かりますよが、他に方法が》

「あ、有るんですか?」


《味もそのままなんですか?》

「はい、苦手だとか好きだとか、重要な場面ばかりで飛び飛びなので毎回では無いですけど、はい」


《成程》

「あ、針は毎回消毒してますし、交互に刺してますから大丈夫ですよ」


《大丈夫なワケが、すみません、代案が出せず》

「いえ、頭がおかしいと言わずに聞いて頂けるだけでも助かります、ありがとうございます」


 僕らの事も言えれば安心させてあげられるんですが、何分、3人だけの秘密なので。

 他の方法で、どうにか出来たら良いんですが。




《その、例えば、共通する人物や何かは》

「見る場面は自分の婚約と結婚と死、だけなんです、他の事も知れたら良いんですけど。私の婚約の理由、結婚の経緯、死の理由って感じで。すみません」


 生かす為に色んな人と婚約するか、とか考えた次の日、というかその晩の悪夢は凄く長かった。

 霊媒師的な素養を騎士団では無く警備団に売り込み、婚約しまくって悪を裁くんですけど、結局は殺される。


 あまりにも正確に悪事を言い当てるので、気味悪がられて殺される。

 凄く悔しかった、今でも警備団の奴を見ると、殴りたくなる。


《僕と婚約しても、悪夢を見ると思いますか?》


「分かりませんが、常に婚約する方に殺されるだろうと思って無いので、分かりません」


 次こそは、と思っても、結局は殺されてしまう。

 直ぐに死んでしまう。


《殺される相手は》

「バラバラです、婚約者だったり妾だったり、通りすがりの強盗だったり。あ、事故も有ります、けど兎に角死ぬんです」


 だからもう、誰にも、結婚にも期待していないんですよね。

 でも世間が許さない、結婚してないと何か欠陥が有るんじゃないかと、果ては家まで貶められてしまう。


《修道院の場合は、どうなんでしょうか》


「修道院が燃やされるか、暴漢に襲われるか、売られるか。そこから先は諦めました」


 悪夢の中でも白昼夢の中でも、私の意思はある程度は尊重される、それこそ起きている時と同等に。

 けれども、違う修道院に行っても、死ぬ。


《では、騎士団を選んだ場合の悪夢は、まだ見ていないんですね》

「はい。ただ、今回婚約の話が出たので、今日にでも見るかと」


《すみません、迂闊でした》

「いえ」


 彼に殺されるなら、もしかしたら、死んでも良いと思えるのかも知れない。

 折角、これだけ変な顔をせずに聞いてくれているのだし。


 もう、本当に楽になっても良いのかも知れない。


 疲れた。

 体じゃなく、心が。




《どうして眠れない事を相談してくれなかったんでしょうかね》


 訓練の最中、彼女は意識を失い、そのまま眠り続けた。

 睡眠不足と過労だろう、僕は医師団から酷く怒られた、もう良い年だと言うのに。


「すみません、怖くて」

《僕か、悪夢が、ですか》


「悪夢です、もう見たくないと思うと、余計に眠れなくて」

《それで、今回は見ましたか?》


「いえ」

《ここ最近だといつ見ましたか?》


「ココに来てからは見てません、本当に」


《なら僕と本当に婚約すれば、見ますかね》


「はい、多分」

《それで必ずいつまでには見ますか?》


「婚約すれば必ず、断片的にですが、その日から直ぐに見ます」

《なら婚約しましょう》


「え、でも」

《アナタに影響しない様に黙っていましたが、少し前に破棄されていますよ》


「ぁあ、そうなんですね」

《そして今回、いつ、誰と婚約したのか分からない状態で暫く過ごして貰います。もしそれで悪夢を見たなら、証明されますよね》


「あ!確かに!ありがとうございます!」


 妄言なら困る筈が、こうして喜んでいる事からしても、ほぼ事実だと言う事なんですが。

 最終的には悪夢の内容次第。


 今回は間違っても漏れない様に、グレースの義姉マリー様のご紹介で、書類上婚約して頂くので。

 僕は勿論、騎士団の者でも分からない、間違っても知れる事でも予測すらも不可能。


 な筈なんですが。

 さ、どうなるんでしょうね。




「ぶっちゃけ、優しさから婚約させないかな、とか甘く考えてたんですけど。見ました、詳細です」


 悪夢か白昼夢を見たら、針で刺す代わりに内容を書け、と言われ。

 今日見たので、書いて提出してみたんですけど。


《答え合わせは後日になるんですが》

「ですよね」


 悪夢から抜け出せているのか、抜け出せていないのか。

 不安で。


《ぁあ、まだ不安ですか》

「はい」


《では、少し首元を緩めて下さい、お茶を淹れますね》

「はい」


 何故なのかも考えず、首元を緩め、爪を弄っていると。

 暫くして背後から、首元に温もりと痛みが。


《コレで、鏡を見てみたらどうですかね》


「あぁ!確かに、太腿の針の痕と同じですね、成程、ありがとうございます」


 流石、知略に長けていたと言われる元近衛兵長、なだけはありますね。

 グレース様が居なくなって腑抜けたとか言われてますけど、やっぱり未だに裏から取り仕切ってるだろう派なんですよ、私。


《アナタ、もしかしなくても悪夢でも白昼夢でも、処女ですか》

「あ、いえ、いや、実は、一応は記憶に有るんですけど。それはちょっと、流石に、色欲魔っぽくて、すみません」


《ほう、相当に下手な者ばかりなんですね》


「ぶっちゃけ、超義務的で、寧ろ疲れるとかも無く、はい、直ぐに終わるので言わなかったのも、有ります」


 つまりは全く愛されて無い、って事なんですよね。

 で、あぁ失敗したなと、そこからやり直したい思いがジワジワと。


《消えない様に毎日付けますから、誰にも見られない様にして下さい》

「はい、怪我したって思われたらお互いに困りますもんね」


 良かった、ずっと不安で集中出来なかったんですよ、訓練。




「で、処女に怪我だと思われたら困る、と」

《アッシュ、噛み締めながら言わないで下さい、殴りますよ》

『本当にウブなのね、ふふふ』


「だが本当にそれは処女と言うんだろうか、厳格な宗教家は」

《それは置いといて下さい》

『で、本題よね、はいどうぞ』


 名前は勿論、婚約後の調査で出た結果と悪夢が符号した。

 コレはもう、悪夢と言う程度では済まされ無い。


《コレは、合っている場合、どう判断を》

『聖女、じゃないかしら?』

「あぁ、神殿で信託を受ける巫女、聖女か。だが血筋には居ないんだろう」


《はい》

『何処まで遡ったのかしら?』


《3代前、までですが》

『5代前まで遡ってみたらどうかしら、その時代に揉め事が有った筈よ』


「俺は知らないんだが」

『だってウチの者だけしか知れない事ですもの』

《成程》


『あ、手紙を書くわ、ちょっと待っててね』

《はい》


 マリー様もまた、王族。

 そしてアッシュは所謂婿養子、外戚と言えば外戚、王宮外の王族。


 グレースとジェイドの子を、お2人の子として育てる予定なので、いつかは4人で同居する事に。

 そう、そうなんです。


 どうにも今の代の王族は、灰色の瞳に弱いらしく、マリー様も一目惚れだった。

 ジェイドの事を報告に来ていた筈が、アッシュは近衛兵を秒で辞めさせられ、ジェイドの捜索は直ぐにもグレースへと任された。


 8才と16才、周りは幼い恋心だろう、と。

 けれども王と王妃は真剣に取り合ってしまい、その日に婚約を執り行い、マリー様が16才になるとそのままご結婚へ。


 ただ、王と言えども絶対に娘には手を出して欲しくなかったので、裏では相変わらずジェイド捜索にアッシュも駆り出されていた。

 そして、どう足掻いてもグレースが迎えに行き王へ引き渡す手筈、だったのが更に憎たらしさを増させた要因なんですが。


 家族の手柄は手柄ですからね、ある意味で共有財産なのだ、と。

 ほぼ一人っ子に分かるワケが無いじゃないですか、しかも上の姉は妾の子、それこそ何の接点も無い金食い虫で。


 まぁ、近衛になれるとなって父親に追い出させたんですけどね、分家するぞと脅して。

 で、父からあらゆるモノを取り上げ、辺境の母の家へ。


 元気ですかね、針の筵に置いたのに、相変わらず生きてるのは知ってるんですが。


『はい、コレを渡せば知れる筈よ』


《ですが、理由を》

『大丈夫、この手紙をお父様かお母様に渡して、私が知るべきだと。それで大丈夫よ』


《はい、ありがとうございます》

『いえいえ、アナタこそ頑張ってね、もしかしたら本物かも知れないのだから』

「なら、俺も動ける、頑張れよクロウ」


《はぃ》


 幾ばくかの好奇心と偶然が重なり、とんでもない事に巻き込まれてしまったのかも知れません。

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