第126話「修学旅行の思い出を」

「初日は、新幹線で班の人たちと一緒だったんですけど、みんなでトランプ使って遊んでたんです」

「お、いいなあ」



 俺は、絵里について一つだけ不安視していることがあった。

 それは、絵里がクラスメートたちとうまくやっていけるのかということ。

 元々、彼女はあまり人とのコミュニケーションが得意ではない。

 ましてや、全く初対面の女子と一緒に丸一日過ごすなど、普通に考えて大丈夫とは思えなかった。

 だが、完全に俺の心配は杞憂に終わったみたいだ。



「そういえば、あのあとちょっと色々言われちゃったんですよね……」

「あの後?」

「ほら、私が体調を崩した時があったじゃないですか?手助さんが迎えに来てくれて、私が大丈夫って確認したら戻っていったんですけど……」

「…………」

「あの時、私が、間違って、うっかり手助さんの手を掴んじゃって……日高先生のこと好きなのって、みんなに言われちゃって。もちろん、皆さん悪意はなかったと思うんですけど」




 ……最悪だ。

 俺は、頭を下げる。

 


「ごめんな、絵里、俺がしくじった」

「ちょっ、ちょっと待ってください、なんで手助さんが謝るんですか?」

「約束を破ったからだ。まして、それで絵里を危険にさらした」

「それは……」



 俺達は修学旅行中直接会うのはやめておこうと、そういう約束をした。

 それは、万が一にも二人の関係が明るみになればまずいことになると思ったから。

 絵里が退学になったりしたら、それは本当にこの子の将来に傷を残すと思ったから。

 彼女の人生を阻みたくなかったから。

 それなのに。




「体調を崩したのがお前だってわかった途端に、冷静でいられなくなった。気が付いたら、絵里のいるところにいたんだ」

「…………」

「すまない。俺は、君との約束を守れなかった」




 絵里にとって、約束とは最も重要なことだ。

 イラストレーターになってからというもの、彼女は一度たりとも締め切りを破ったことはない。

 授業はほとんど寝ているが、宿題は写してでもすべて終わらせる。

 嘘をつかず、約束を破らないというのは彼女がこの世で最も憎んでいる人間への反骨心であり、彼女にとってのアイデンティティでもあった。



「私は、嘘が嫌いです。約束を破られるのも大嫌いです」

「ああ、そうだな」

「でも、手助さんを含めた世の中の人の多くが、嘘を私ほど嫌っていないのも知っています。人のためになる嘘があることも、時には約束を反故にしてでも守らないといけないことがあるってことも」

「……それは、でも」

「少なくとも、私は昨日の手助さんを許します」



 絵里は、すっと俺の手を握ってきた。

 思わず、顔を上げる。

 絵里が、慈愛に満ちた表情で、俺のことを見下ろしていた。



「手助さんが自分を信じられなくても、私は貴方を信じてます。貴方の行動は、間違いなく私の為だったんだって」

「でも、そのせいで君に……」

「あれはむしろ私の不注意ですよ。疲れてたところに、手助さんがいたからつい、手を握ってしまったんです。私が一番触れたいものだから……」



 絵里は照れくさそうに笑って、白くて細い指を俺の手に絡めてくる。



「確かに、二人とも反省する必要はあると思います。でも、手助さん一人が頭を下げることじゃないです。一緒に、次どうしたらいいか考えましょう」

「……そうだな」

「まあ、と言ってももうあんまり学校内で関わることってないとは思いますけどね」

「それはそうだな」




 今回の件は、イレギュラー中のイレギュラー。

 俺の担当は中等部であり、高校生に関わることはまずない。

 であれば、確かに今回のようなことは、二度と起こらないと見ていいだろう。



「とりあえず学校では基本的に話しかけない放向でいきましょう」

「だな、何かあったらそこは臨機応変で。教師と生徒であることを忘れずに」

「はいっ!」



 そんなことを改めて確認しあって。

 思わず二人して顔を見合わせて苦笑しながら。

 ビーフカレーをかき込むのだった。



 

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婚約者をNTRされて全財産を奪われた俺は教え子とVtuberで大成功!~婚約者は後悔してるらしいけどもう遅い~ 折本装置 @orihonsouchi

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