瓶詰めの狂気

夏目咲良(なつめさくら)

瓶詰めの狂気

瓶、木片、死んだ魚。

様々な漂流物が砂浜を埋め尽くしている。

遥か南の海上で大嵐が起こったらしい。

あわよくば金目の物を拾おうと近隣の村人達が砂浜を訪れていた。

突如、砂浜の一角でどよめきが起き、様子を見に来ていた駐在が

その中に割って入る。

「これは......」

村人達が遠巻きに見ていたガラス瓶を拾い上げ、駐在は絶句した。

液体で満たされた瓶の中には楕円形の同じ形をした物体が浮かんでいる。

人間の身体の一部。

あまりの異様さに駐在は思わず、自身のその部分に触れた。

それは人間の耳であった。

「こっちにもあったぞ!」

別の場所でも声が上がる。

更に見つかった瓶は二つで一つ目と同じように、身体の一部が

入っていた。

舌と眼。

騒然としていた砂浜は静まり返り、波の音だけが響き続けた。


警察署に運ばれた三つの瓶に対して速やかに検査が行われた。

その結果、瓶は同一の規格であること、

耳、舌、眼は同一人物から除去されたこと、

除去されて数か月が経過しているということが分かった。

一体誰が何の目的でこんな行為をしたのか?

三つの器官の持ち主は生きているのか?

瓶で保存した意味は何か?

それらに答えられる者は無く、署内は沈黙に支配された。

そして、更なる悲報がもたらされる。

「新たな瓶が見つかりました!」

署に運ばれてきた四つ目の瓶を目の当たりにした

捜査員の衝撃はそれまでの比では無かった。

想像を超えるおぞましさに一同、言葉を失う。

やっと発せられた言葉はこれだった。

「……これで被害者の性別はハッキリしたか……」


数日前。

遥か南の島。

一人の女性が男性を乗せた車椅子を押して歩いていた。

「風が気持ちいいわ、ねえ、お兄様?」

女の声に兄と呼ばれた男は答えない。只、水平線の方を向いていた。

そう、『向いている』だけ。

男の頭部と顔は包帯で覆われていた。『耳』も『目』も『口』も。

女は取り出した四つの瓶を男の膝の上に置いた。

「お兄様が昔、話してくれた『三猿』の話憶えてる?」


昔、兄が日光旅行のお土産に『三猿』の置物を買ってきた時。

「『見猿』『言わ猿』『聞か猿』

これは悪い物を見てはいけない、言ってはいけない、聞いてはいけない

という意味だということはお前も知ってるね?

でも、本当は『四猿』だってことまでは知らないだろ?

で、ここで問題。『四匹目の猿』は一体、身体のどこの部分を抑えているでしょう?」

不思議そうな顔をする妹に兄は意地悪そうな笑みを浮かべ、答えを耳打ちした。

答えを聞いた妹は耳の先まで真っ赤になり、両手を振り上げて怒ったのだった。


「あの頃は何も知らない子供だったわ……」

述懐する女に男は何も答えない。否、『聞こえない』し『答える』ことができなかった。

もう男の耳に悪い女の言葉は届かない。

その舌で悪い女を誘惑できない。

その眼で悪い女を見初めることはできない。

そして、その男の象徴で悪い女を悦ばせることはできない。

女は濡れた瞳で男の一部が入った瓶を眺める。

それは彼女にとって愛しい男を手に入れた証、賜杯と同様であった。

女は男の首に腕を絡ませる。

「……お兄様はわたしの物」

ここは彼女達の素性を知る者はいない、南の島。

このまま、ずっと二人きりで暮らすのだ。神の裁きが訪れる日まで。

男の身体が小刻みに震え始める。

女は空を見た。

雲が出てきて、風が強くなってきたようだ。

今夜は嵐になるかもしれない。

「寒いのね?それじゃあ、帰りましょうか」

女は車椅子を押し、来た道を戻り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

瓶詰めの狂気 夏目咲良(なつめさくら) @natsumesakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ