その天使、私情にて。
夕霧
第1話 「その天使、私情にて。」
「またいるのかよ、ラン。」
いつも通りの放課後。屋上の柵の向こうから見える夕日は優しく、ここには誰も来ない。グランドで運動部のかけ声がしていて、俺を何ともノスタルジックな気分にさせる。
そしていつも通りなことが、もう1つ。いや、もう1人と言った方がいいか。
「お前はそんなことばっか言ってるから、友達がいねーんだよヴァーーカ!!!」
このイカつい声と憎たらしい態度で床にふんぞり返っているヤツが1人。白い髪に、白いスーツ、白い革靴。ヤツは自称天使である。
時は遡って半年前、俺はいつも通り屋上で綺麗な夕日を見ていた。どうしようかな、って考えていた。俺はその1週間前から、その屋上から飛び降りようとしていた。理由は、いろいろある。言わないけど。
「友達がいない、って。俺は好きで一匹狼やってんだよ。余計なお世話だっての。」
その日も飛び降りようか、考えていたんだ。そんな時、ヤツは天使のように現れた。ふわふわと綿毛が宙を舞うように、まるで俺が天からの救いを求めたかのように。
ヤツは自分の名を「ラン」と名乗った。俺はもう精神がイカれたんだと思った。幻覚か、イマジナリーフレンドか、どっちでもよかった。どうでもよかったし、なんでもよかったから、いろいろ悩みを話した。そしたらなんとなく、居心地が良かった。それからヤツとは半年の付き合いのある仲となった。
「素直じゃないねぇ。俺しか話し相手いないくせに。」
「何言ってんだ、俺はお前と話してやってんだぞ。お前みたいな奇人、誰も近寄らねーよ。」
「俺は人じゃねーっての! て・ん・し、なの! 何回言えばお前はわかるんだよ!」
いつもこんな感じに1〜2時間話したら解散して、俺は大人しく家に帰る。何も話すことがない時は俺は本を読んで、ヤツはゴロゴロして時間を潰した。帰宅部だし、友達も彼女もなし。イマジナリーフレンドと青春時代を送る寂しい人生だ。
「なぁ、そういえばお前、今日誕生日って言ってなかった?」
「え? あ、あぁ……そういえば、そうだな。」
すっかり頭から抜けていた。俺は今日、18歳になったんだった。
ヤツに目をやると、儚げに天を仰いでいた。その目を初めてじっくりと見た。目は紅葉のように綺麗な赤で、その目に何を映してきたのか俺には検討もつかなかった。それほど、その目は澄んでいたから。
「おめでと、もう18歳だな。」
「えっ……!? あ、あぁ、どうも、ありがとう?」
「……ンだよ、おめでとう、だろ。こんな日は。」
「……うん。」
初めてだった。誰からも、誕生日を祝ってもらったことがなかった。俺には親がいるけど、親だなんて思ったことがなかったから。
俺は思わず取り乱して、顔を左へ逸らした。そして、綻びそうになる口を、ぎゅっと結び直した。
嬉しかった。
「じゃ、じゃあ今日はもう帰るわ。」
「は? もっとゆっくりしていけよ。どーせ、帰ったって何もすることねーだろ。」
「勉強すんだよ、べんきょー。」
「あっそ。」
「じゃーな、ラン。」
背を向けた俺に、いつもなら同じく「じゃーな」とか「あばよ」とか返ってきていた。その日は何も返って来なかった。少し寂しかったけど、別に良かった。明日は、オススメの本でも持っていこうかな、なんて思った。
『───── ニュースです。本日18時頃、軽自動車同士の交通事故に巻き込まれ、市内の高校に通う
ビルの屋上に1人、もう沈みかけている夕日を眺める人影があった。 その人影の隣にもう1人どこからか現れ、ソイツは逆に地上を見下ろした。目線の先には、足早に帰路に着くサラリーマンや、楽しげに話す女子高生。幸せそうな家族連れ。ベンチに座る老人夫婦。彼らにしてみれば、どれも同じ人間だ。
「よっ、◯◯。しっかし、お前も物好きだな。あんな人間1人、飛び降りようが、車に跳ねられようが同じこと。死亡日は最初から決まってんだし。」
「まぁ、そうだね。」
「俺たちから見れば全て同じ人間。お前から見てあいつらと、あの人間、何が違った?」
「別に何も。同じさ。」
ビルに並ぶ2人は、俗に言う「天使」と呼ばれる天に
夕日を眺める天使は、たった今事故死した青年の担当をしていた天使である。先程とは別人のようだが、彼にしてみればこれがいつも通りである。
「ただの、私情さ。」
「私情?」
「あぁ、そうさ。先に行ってくれ、僕もすぐに行く。」
「……へいへい、わかったよ。」
△△は少し不満気な表情のまま、宙に足を伸ばし泡のように姿を消した。残った◯◯は、顔色一つ変えずに仕事に取りかかった。天使の仕事の1つ目は担当者の死亡日に報告書の作成である。
《
報告書はその場で書き終え、天界に提出する。まぁ、天界に戻った後も仕事は山積みである。
「……さ、帰って仕事するか。」
天使とは、案外忙しいものだ。
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