異世界召喚されてなぜか5分で勇者パーティーに入ることになった話

空野そら

プロローグ・・・適当に魔法を撃っただけなのに

 ジュオーン、シュン!

 今までの人生で耳を介して聞いたことがない音。そして今後聞くことはないであろう音と共に2秒前まではただの住宅が左右に並んでいる道路の光景が突如として消え、視界には何も得ることはできずただ黒色が視界を支配しているだけだった。

 その視界の中では暗いのか明るいのかさえ判別できないほど黒く、さらには立っているという感触、ものに当たるという感触も消え去るが体が落下している感覚はなくただ地面がないところを立っている。いえば空中浮遊のような感じだった。


(へ?? どこなんだここは? 俺は死んだのだろうか? それなら死ぬのは明日がよかった、今日死ぬとためていたアニメとか昨日買ったゲームとかができなくなるではないか!)


 心中なぜか冷静になりながら文句などを言っているのは、一般男子高校生……ではなく、中学2年生のころから引きこもりをしていた思春期真っ盛りの高校3年、西明寺恭二郎さいみょうじきょうじろう。先ほどまで始業式が学校にて行われており引きこもりであった恭二郎は欠席をする覚悟だったのだが恭二郎の姉が武力行使を行い強制的に学校へと行かされた。その帰り道でこんなことが起きたのだ。

 そんなこんなで10秒ほど文句やらこの状況はなんなのかと考えているとさっきまで何も感じ取れなった真っ黒な視界に眩しいくらいの光の柱のようなものが一本、二本と入り込んできて、真っ黒な視界は入り込んでくる光によって満たされる。

 その眩しすぎる光を腕で遮りながら目を半開きさせると、そこには現代日本とは思えないくらいに緑でゆらゆらと風に吹かれてキラキラと光るエメラルドのような草原が広がっており、その上には青く、澄み切った水色の空が視界いっぱいに広がり、所々に白い綿あめかと思うような雲が浮かんでいる。


「す——っはあぁ。空気もうまいな、それと多分ここ異世界だろ、だってドラゴンが飛んでるし……は? ドラゴン? いや、なんかこっちに向かってきてないか!?」


 澄み切った綺麗な空に優雅に飛行するドラゴンが匂いで勘付いたのか、それとも恭二郎自身を見つけたのか理由は不明だが、先ほどまで優雅に飛行していたドラゴンは自我を忘れて獲物を追いかけるライオンのように翼をはためかせながら恭二郎に向かってもう突進をしようとする。


(俺お前に何かした!? いや、何もしてねえよ! なんで俺は異世界に召喚されてすぐに殺されそうになってんの!?)


 謎に自分の問いに自分で答え、自己完結をする。言葉に出したとしてもドラゴンが人の言葉を理解することがない。さらに言えばドラゴンは人類皆同じと考えており、食料としか認識をしていないのだろう、だからこそ今ドラゴンは恭二郎を見つけた瞬間迷いもせず突き進んできたのだ。そしてドラゴンに食料として追いかけられ、必死に逃げ回っている恭二郎。その様子はまさに狩りのため獲物目掛けて走り、追いかけ回しているライオン、そしてライオンの狩りの対象であるシマウマが猛スピードで逃げ回っている様子、一言で、さらに簡潔に述べるのであれば、そう『鬼ごっこ』でしかなかった。

 違うのは殺意があること、人間同士ではなく鬼の方は人間とは違う理性や感性を持っている、人間からすれば化け物だと言われる存在。そんな存在と人間が鬼ごっこをするのは、人間にとってとてつもなく危険であり、とてつもなく不条理である。


「くっそ! 誰かいないのか! 助けてくれ!」


 悲痛の叫びを腹に目一杯の力を加えて叫ぶのだが、5年ほど引きこもりをし、人との接触を最小限にしていた者としては普通に会話をすることすらままならないのにいきなり大きな声を出すのは一般人に120㎏のダンベルを持てと言われていることと同じだった。


「何か、何かできることはないのか……」

「……ダメもとであのアニメの魔法を使ってみるか?」


 あのアニメというのは恭二郎が子供のころドハマりした異世界転生もののアニメで、その中で主人公が最後の切り札としてアニメの中では使われていた魔法。その魔法というのは、発動させた途端自らの体から閃光が飛び出し、そのまま周りの地面が水蒸気のように水が蒸発し吹き飛ぶ、そういった代物だった。


(だが所詮は創作。人が想像して考えたものはこの現実世界……いや、異世界で使えるという可能性は極めて低い。だがここでやらなければせっかく異世界に来たのにすぐ死んでしまう、それだけは何とか回避しないと)


 アニメや漫画、ラノベでの魔法や異世界ファンタジーというものは作者が異世界に行って、魔法を使ったという体験をしたことすらない人間が想像しているだけ。ただの空想上での戯言でしかない。だがしかし、そんな空想上の戯言であってもそれが存在したのは元の世界。今のこの世界、『異世界』(恐らく)で確実という言葉は存在しえない。なぜか、それは異世界というのは元の世界では夢の中であり手の届かない、行けない場所であり誰も魔法などを使ったなどの証言やデータがないからだ。

 学生の実験でも大人の実験でもデータがあるからこそ『確実』という言葉が使われている。しかし、その確実というのは99%が確実と言える部分であり、残りの1%は決して確実とは言えない、それならばデータも証拠もないものを確実と言い張っていいのだろうか、少しでも可能性があるのであればそれに掛けて『実験』をするしかないだろう。

 恭二郎は僅かな可能性に自分の命という大きな代物を賭けて覚悟を決める。そして恭二郎はドラゴンがいるがであろう方向へと体を方向転換させながら頭の中ではアニメの内容を振り返り、魔法の詠唱内容を思い出そうと頭をフル回転させる。

 体がドラゴンがいた方向へと向くとそこには高層ビルが1本ほどの大きさをしたドラゴンが恭二郎を見下ろしている。同じように恭二郎もあまりにもデカすぎるドラゴンを見上げる。


(さっきまで確か小さかったよな、遠近法で小さく見えていたのか? ま、兎に角さっさと魔法を試してみるか)


 とてつもなく大きい見たことも聞いたこともない生物が敵意やら殺意丸出しで見下ろしてきているのにも関わらず恭二郎は恐怖感すら感じない。それどころか徐々に心の底から高揚感らしき感情が沸き出し恭二郎自身を沸きたてる。

 高揚感で沸き立った体は想像以上にスムーズに動き、そのおかげか恭二郎はドラゴンから少し距離を即座に開けると、腕を伸ばし、掌を広げドラゴンの方へ向ける。


(よし! これで……)

「この場の幾千もの小さき多種多様の精霊たちよ、我が要求に応え、この場で我に攻撃の意をもつ生物に対して意識を暗闇へ落とすほどの攻撃を放て。 ハスティルアンチ!」

(魔法の詠唱部分かなりうる覚えだったから変になってるかもしれないが、どうだろうか)


 恭二郎のそんな不安はすぐに吹き飛ばされ安心感や希望を抱く。なぜなら恭二郎が詠唱した魔法は無事発動したこともあるが、その発動した魔法が想像していたものとは威力、迫力がまるで違うからだった。

 恭二郎が想像していたものはただ蒸発するだけのものだったが、実際には地面に巨大な赤色の魔法陣が出現しゆっくりと回って何かを溜め込んでいる様子だった。

 さらに魔法陣から何かが飛び出したと思えば地面に出現した魔法陣のようなものが大きかったり小さかったりと大小の関係はあるが、いくつもの魔法陣が続々と空中に出現する。


「え? あ、いやぁ、想像してたのとぜんっぜん違う。俺が想像してたの体から閃光が出て蒸発するやつなんだけど、やっぱり詠唱を間違えたのが駄目だったのか?」


 想像と違うものが起きたことに戸惑いながらも冷静になり原因を追究しようとするが判断材料が少なすぎたために結論には至らない。そんなことをしていると何重にも重なった魔法陣からシャボン玉みたいな泡が発生し始める。


「ぐっ——。あがぁがぁぁ……ぐわぁぁぁぁぁ!!??」


 そんな苦悶の声が辺り一帯に揺れるように響き渡る。その声の主はさっきまで恭二郎を見下し、食料として恭二郎を追いかけまわしていたドラゴンだった。魔法が効いたのであろうドラゴンは苦悶の声を上げながら痛みと戦うように体を右へ左へと悶え苦しむ様子を露にする。

 そんなドラゴンの足元を見てみると、ドラゴンのつま先から太ももに掛けて真っ赤だったところが薄い赤色となっておりよく目を凝らして見てみると恐らくドラゴンの後ろと思われる景色がうっすらだが見えてくる。さらに言えばついさっきまで太ももまでだったのに対して今はふくらはぎまで侵食しており、侵食中だと思われるところには赤色の塵のようなものがあちらこちらに飛んで行っている。


「うっわ、あれ見ただけでも痛そうだな。でもこれがハスティルアンチか、なんかもっと派手にドッカーンって感じで消えると思ってたのになぁ」


 徐々に語彙力が消え伏せて最終的には恭二郎自身以外には分からないような言葉を紡ぐ。だがそんな言葉は周りに誰一人としていないこととドラゴンの痛がる声が合わさって恭二郎の声がかき消され誰にも届くことはなかった。

 そんなことをしているうちにドラゴンの声はいつしか消えていてドラゴンの体はほとんどが半透明でもうピクリとも一ミリも動かなくなってしまった。そしてドラゴンの黒と赤色の瞳は輝きが無くなり生気すら感じ取れない。初見では背筋がゾッとする怖さをこのドラゴンは新たに獲得してしまった、使えないのだが。

 そんな狂気じみた雰囲気を纏っているドラゴンをなんとなく見つめていると恭二郎の耳に微かだが若干高めの声をした男性の声が微かに聞こえる。微かに聞こえた声のほうを振り返るとそこには『ザ・ファンタジーの勇者』という恰好をした水色のローブを纏っている美少年。その背後には白色をベースにどこか日本の神話に出てきそうな服装。そして黒色の髪の毛が太陽に照らせれて輝き、走っているせいか長い黒髪が美女の背後に直線を描いて引っ張られて後方へ伸びている。そんないわば僧侶的な感じの美女の隣にはゴリゴリマッチョの頭の方が寂しい30歳ぐらいのおっさんが魔法少女アニメで出てくるステッキとまではいかないがそれぐらいに派手に装飾された木製の杖を持ちながらすごい形相で恭二郎に向かって走ってくる。


(いや、違和感凄いし、なんであんな怖い顔でこっちに迫ってくるの? 怖すぎ)


 さらに違和感おっさんと僧侶美人。美少年勇者の背後から小学3年生ぐらいの少女と美少年勇者と同じくらいの身長だが前髪の黒髪が若干長めのため顔が確認できない、が俊敏な動きですぐに勇者のとなりについて何かを話しているのか口が勇者の耳元で少しだが動いているのが見て取れる。


(う~んっと? あれは、なんて言ってるんだ?)


 恭二郎はある特技をアニメの力によって持っている。それは相手の口の動きを見るだけで大体相手が何を言っているのかを把握することができるといういつ使うのかよく分からない特技なのだが意外な場面で役に立つことになった。

 そんな特技を活用したのにも関わらず何を言っているのかさっぱり分からなかった。恭二郎はどうにか理解しようと先ほどの口の動きを思い出そうとするが恭二郎の脳はその瞬間の記憶をきっぱりと忘れ切っているのか思い出そうとすると真っ白の記憶しか出てこない。

 どうにかして思い出そうとしていると勇者率いる勇者パーティーがもう目前に迫っていた。だが勇者パーティーは恭二郎に接することなくそのまま散開してドラゴンを囲うようにドラゴンの周囲に立つと美少年勇者は剣を、美女僧侶は木製の杖をドラゴンに向けて勇者パーティー一行は戦闘態勢となる。


「ちょいちょい、ちょっと待った!」


 二次元やドラマでの結婚式の定番の言葉ランキング恐らく1位の『ちょっと待った』を勇者パーティーに向かって叫ぶと勇者パーティーの全員が頭上にクエスチョンマークを浮かべながら恭二郎に視線を向ける。


(一気に何人もの視線を受けるのは引きこもりにはかなりしんどいことなのだが自分が耐えるだけでこの人たちが少しでも疲労を煩わないのであれば視線なぞ気にしない)


 恭二郎は子供のころから自己犠牲精神が他人に比べると比較的高く小さい時から引きこもる時までは他人最優先として行動をしていた。だが引きこもってからは人と会話をすることや他人と接することすら年に1~2回程度に減り他人が助けを求めている場面に出くわすことがなかったために自己犠牲もしなくなっていた。だが今回はちょっとばかし自分にも責任があるのではないかと思い意図せず自己犠牲が発動していたのだ。


「あ、あの! もうそいつ死んでると思います! だから……え~っと、俺とこいつが完全に消えるまで待ちましょう……?」

(あぁ——っ! 俺、なんでこんな意味の分からないこと言ってんだ!)


 久しぶりに人に言葉を投げかけるせいかどのような言葉を言えばいいのか困惑してしまい日本人として一番慣れていて流暢に喋れる言語ですら変な言葉となってしまい心中猛省する。だが一度出した言葉は決して戻ることはないのでそのまま勇者パーティー一行の耳に届く。

 だがしかし勇者一行は『何を言っているんだ?』という眼差しを恭二郎に向ける。しかしそんな眼差しを送る勇者パーティー一行の中で一つだけ、一つの視線だけが何か喜ぶ子供のような何か追い求めていたものを見つけた時のような熱い視線が恭二郎に向けられる。

 視線に敏感な恭二郎はさすがに熱い視線を送られていたことに気づき、短時間でも耐えられないのに無理に長時間視線に耐えていたらさすがに心身共にとても疲弊してしまいこれ以上視線を向けられると、心が壊れるという警告が体から発せられる。

途端に足が無意識に動いて近くの岩の影に体を丸めて隠れた。そしていつの間にか呼吸が乱れていたため数回深呼吸を行い、呼吸を整える。


(あぁ、ほんとにやばい。マジで今日は頑張った、もう家帰って寝たい……って、この世界に俺の家ないじゃん、終わったぁどうしよマジ無理)                                                   

 人が変わったかのように心中で愚痴などを吐き捨てるがそれを口に出すほどの気力すらもないため岩陰で縮こまってただ目の前に広がる何にも変哲のない地面を見つめていると恭二郎の肩に空気では感じ取れないほどに暖かな感触で肩がトントンと優しく叩かれる。

 そして少し息が乱れているようで時折り体の中にある息を外へ一気に吐き出す。その行為が数回行われてから少し小さく、そして優しい声色が恭二郎の耳へすっと入ってきた。


「大丈夫? 何かあった?」

「え? ぁあ、はい。大丈夫です……?」


 自分で言っておきながら自分で何を言っているのか最終的に分からなくなってしまい頭上にクエスチョンマークを付けながらぎこちなく返事を返す。そんな返事をしたのはまずいと思い慌てて顔を声がした方向に向ける。そこにはサラサラとしていて前髪がぱっつんとなっている黒髪に茶色い瞳。その黒髪の中に10歳ぐらいだろうか、可愛らしい童顔が現れる。


「大丈夫ならいいんだけど……う~ん、とりあえず話とかいろいろしたいからついてきてもらってもいいかな?」

「あ、あぁ。分かった」

「よかった。……ねぇ、君はさ、なんでここにいるの?」

「?」

「いや、なんでもないよ」


 質問の意図が分からず黒髪の少年に視線を向けながら頭上のクエスチョンマークを増やすと黒髪の少年は恭二郎と少しだけ視線を交差させてからすぐに前を向いて先ほどの質問をはぐらかす。


「とりあえず立とうか」

「そうだな——っと……なんかお前身長小——」

「さあ! 行こうか! うん? どうかした?」

「あ、いやなんでもないです」


 黒髪少年が話の途中に急に話を遮って話を変えたため恭二郎は困惑しながらも敬語で返事をするが、内心ではどうでもいいことを考えておりそのどうでもいいことについて無駄に思考をフル回転させて結論にたどり着こうとする。


(ん~~~ もしかしてこいつ、低身長がコンプレックスなのか......?)


 歩きながらある程度の結論にたどり着いた。一段落すると立ったまま下に向けていた目線を戻し、そこには横に並んだ4人の姿が現れてその4人は視線を一直線に恭二郎に向けている。


「〇×〇×——××〇」

「××〇××〇×」


 恭二郎の方に視線を向けながら近くにいる人物と英語や日本語ではなく聞いたことがない言語で会話する姿を目の当たりにし、恭二郎は過去の事件がフラッシュバックするのだがフラッシュバックした瞬間に黒髪少年が話しかけたことですぐに想像していたものがかき消される。


「あの人たちが言ってること分かる?」

「え? あ、いやなんて言ってるか分からないな」

「やっぱりね、今話している言語は分かる?」

「あぁ、日本語だろ? ちがうか?」

「いや、合ってるよ」


 またもや質問の意図が分からない言葉を掛けられて若干頭が混乱して顔をしかめていると黒髪少年が声を上げて小走りで勇者らしき人物のもとへ向かう。だが黒髪少年の口から発せられた言語は日本語でも英語でもなく先ほどの恭二郎に視線を向けていた人物たちが発していた言葉と似ている部分がある言葉だった。そんな様子を見ていると恭二郎の脳裏にある考えが浮かぶ。


(この世界って多分だけど異世界だよな。なのにあいつなんで日本語とか知っているんだ? それにこいつも変な言語を使ってるし、まさかこいつ異世界に召喚された日本人か?)


 数少ない情報とオタク脳を活用して憶測を立てるのだが決定的証拠がなく最終的な答えがでないまま気が付くといろんな事が終わっておりなぜか恭二郎の方にまたもや視線が向けられる。


「え? なに? 何を話せばいいんだ?」


 誰も何も言葉を発しないためどんどんと頭の中には疑問と不安が募っていると黒髪少年が呆れたかのような声と顔と共にチャックを閉めていた口を開ける。


「さっきまで上の空だったでしょ。とりあえず自己紹介をしてもらってもいいかな?」

「あ、あぁ。そうだったのか」


 図星を突かれて少し動揺するが黒髪少年に『自己紹介』という注文を頼まれる。だが何年もの間自宅の警備をしていた恭二郎は自己紹介なんてものは小学生以来のことであり『何を話していいものなのか』や『何を言ったら引かれてしまうのだろうか』と対人関係が小学生とアニメなどの二次元での知識しかない。そして過去にあったトラウマで人に嫌われないように、さらに異世界だということを重視して頭をフル回転させ自己紹介の文章を作成する。


「俺は、キョウジロウ・サイミョウジって言います。年齢は18で、好きなものは読書と焼肉です。よろしくお願いします……?」


 一番得意な言語であるのにも関わらず拙い日本語で自己紹介をすると勇者パーティーだと思われる一行は首を少々縦に振り、頷く仕草をする。そんな中で黒髪少年がキョウジロウの近くまで近寄って深呼吸を一回ほど行うと勇者一行に視線を向け、その次に恭二郎に視線を向ける。


「僕の名前はヒロタカ・ナガイって言うよ。よろしくね、好きなものは……そうだね、スープかな」


 ヒロタカと名乗った黒髪少年はキョウジロウの方へ体を向けて握手を求めるように片腕を差し出す。その差し出された片腕を見て恭二郎も意図を読み取り右腕を差し出し、恭二郎の右手とヒロタカの右手ががっちりと握られるように長い握手が行われる。大体5秒間くらい握手を交わした後自然と互いの手が離れると不意に勇者パーティー一行のいた方へ視線を向ける。その向けた視線の先には手を上げた勇者らしき服装をした人物。そんな人物に今回で何度目になるのか、動揺をしていると隣からヒロタカの声が突如として現れる。


「×——〇××〇×」

「キョウジロウ、シツモン、ドクショ、ホンヨム、ホンハカミ?」


 そんな日本語教室に習いたての外国人みたいなカタコトの日本語で質問する勇者にキョウジロウは心の底から『頑張って覚えたんだろうな』と親戚のおじさんみたいなことを考えていると軽く肩に衝撃が走り、それにヒロタカが「質問に答えなきゃ」という言葉で我に返る。質問の意味を考え始めること早2秒。そのカタコトの日本語で質問されたことにベストな回答を見つけ出す。


(いやいや、通じるものなのか? ここ異世界なのに日本語が......まあやってみないと分からない、よな)

「俺は今まで結構な数の本を読んできたけど本は全部紙だったぞ?」


 そう何気なく返答をすると質問した張本人は恭二郎の言葉を聞いて目を見開き、他にキョウジロウから視線を外していた人たちは高速回転で振り返り、ヒロタカは溜息をついて呆れているのか疲れているのかよく分からない反応を露にする。


「え? 俺いまなんかダメなこと言った?」

「う~ん……まあいいか、キョウジロウ君。この世界では紙が物凄く貴重でね、この世界のほとんどの本が布で作られているんだよ。それでみんなは君のことを大金持ちだって認識しているの」

「あ、あぁ~。なるほど。結構定番か?」

(うん、理解してた。心の底からすごいと思う、本当に......てかヒロタカって名前めちゃくちゃ日本人ぽくないか? それに異世界なのに日本語流暢だし......これもう完全に日本人だろ)


 ヒロタカという名前と日本語がわかる時点で日本人である可能性がめちゃくちゃ高い。それに『この世界』この言葉でヒロタカが日本人である可能性が98%となった。

 そんなことよりもキョウジロウはこの世界では布に字を書いたり絵を書いたりをしているという事実にキョウジロウは心底『この世界の人スゲー』などと異世界人に感心を抱いて頭の片隅で試行錯誤を繰り返していたり悪戦苦闘する人を想像すると若干異世界が恐ろしく感じてしまう。

 そんなことを思っているといつの間にか勇者一行に詰め寄られておりヒロタカはやはり呆れた様子でキョウジロウの体から勇者一行を引っぺがそうとする。だが勇者一行はヒロタカが思ったよりも力が強かったのか逆に力を加えていたヒロタカの手が不意に外れて反動で体が後方に尻もちをつくように吹っ飛ぶ。

 尻もちをついたヒロタカが両手を上げ、そして大声を出して抗議をするのだが勇者一行が無駄に盛り上がって大声を出しているせいかヒロタカの抗議の声が虚しくすぐにかき消されてしまう。諦めたのかさっきまで上げていた両手を無気力に下げて仲間の耳に何一つ届かなかったことがショックだったようでしょんぼりと視線を地面に落とす。


「ちょ、離れてください。また話しますから、それにヒロタカもあんたらが耳を貸さないから落ち込んでるじゃないですか!」


 勇者一行は日本語が通じていなかったのか頭上にクエスチョンマークをポンポンと増やすがキョウジロウがヒロタカに向けて指をさしたためそれに釣られてゆっくりと頭を回転させ視線をヒロタカの方向に向ける。するとそこにはヒロタカが瞳の灯を消して乾いた笑みを浮かべ視線を明後日の方向に向けている様子。そんなヒロタカの様子を見た勇者一行はすぐにヒロタカの方に走っていきヒロタカと同じ目線にして慰めるようにして背中をさする。

 勇者一行がヒロタカを宥め続けているとヒロタカは少し落ち着いたのか服の袖で目元を拭い、ちょっとずつだが口を開いて勇者一行に語り掛ける。それはまるで存在しないと信じる人に必死に存在すると説明してるかのようだった。そんな必死に、そしてとんでもない速度で口を働かせるヒロタカに最初の方は顔をしかめていた勇者一行だったが次第に顔の表情を緩めていき、最終的にはパアっと明るい表情を作りだし、勇者がヒロタカを見ただけでもすごく強そうな力で抱きしめる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

 抱きしめられた張本人。ヒロタカは口から泡を出し、目も白目を向けていたりと、ほとんど気絶しているも同然の様子になっていた。そのことに勇者が気づいたときにはもう時すでに遅し。勇者が慌てて抱きしめていた腕を外すと無気力に、ぬいぐるみを立てようとしているときみたいに軟弱に崩れ落ちていく、そんなヒロタカの様子を見るや否や顔がどんどん青ざめていきぎこちなくキョウジロウの方に視線を飛ばす。


「いや、俺を見られても……」


 なんてフォローすればよいのか分からなかったため思わず自分に向けられた視線を避けるために言葉を濁らせる。さらに視線も外してあまり関わらないようにするのだが元の世界で言う陽キャオーラをあり得ないほど出している人物は異世界でも現世の陽キャとはさほど変わらないようで勇者はすぐにキョウジロウとの間を詰めてその刹那——。


「うがあああぁ! 痛ってぇ、やめろぉ、離せぇ!」


 勇者は先ほどヒロタカにしていたことのようにキョウジロウの体を両腕で包む……いや、掴むように抱きしめる。だがしかし、その抱きしめる力が強すぎる故キョウジロウもヒロタカと同じように意識が若干飛びそうになる。

 しかし勇者も少しは学習したのか意識が飛ぶか飛ばないか程度の力加減をしているため逆にしんどくなり、徐々に酸素の供給もままならなくなってくる。そしてキョウジロウがごくわずかな声量だったが嗚咽を洩らしたことによってキョウジロウが死に際に立っていることが伝わったらしく勇者は一気に抱きしめていた腕を離す。するときつく紐を閉めたズボンを脱いだ時のような解放感と共にお腹より少し上の方から気持ち悪さがし、吐き気が込み上げてくる。


「〇〇〇××〇×——×○○×」


 異世界語、そして早口。そもそも異世界語すら分からない人物が、異世界人が言ってることを分かるはずもなく、それに早口では頑張って異世界語を読み取ろうとしてもいろんな言葉がぐっちゃぐちゃに混ざり合ってなんと言ってるのかすら分からなくなっていた。


「あ、あぁ……?」

「『ごめん、力加減が難しくて』だって、クラウドさんの力加減はいつものことだから僕もそろそろ慣れてきたところなんだよ」

(あ、この力バカの名前クラウドって言うのか、なるほど)


 ヒロタカは慣れてきたとは言っていたのだがキョウジロウにはただの見栄を張りたいだけ、そうただの見栄っ張り、だけどその見栄はキョウジロウからしたら共感できてそれを擁護したいその気持ちがキョウジロウの大半を埋め尽くす。そんなヒロタカを見ていると恭二郎自身似たもの同士。オタクで言うとオタバレしたがそのバレた相手が同じくらいのオタクレベルだった。それぐらいうれしいことでもありながらすごく接しやすい人物だと感じた。


「そうだったのか、俺もいつしか慣れたいな……でも俺と一緒に行動したら多分迷惑になるから一緒に行動できなくなるよな」

「え? なんで?」

「だから、迷惑になるから……」

「いや、なんで勝手に迷惑って決めつけてるの?」

「それは……」

(こういうときどう返せばいいんだ?)


 キョウジロウは長年二次元の定番場面を見てきており、当たり前のようにこのような場面を見てきていた。さらに幾千も見てきたせいか、もうある種の評論家にでもなっていた気分だった。だがしかし実際にそんな場面に遭遇するといつもみたいな息をするかのように評価する言葉が浮かばず、キョウジロウは普段どのように評価していたのかと思考を巡らせる。

 いつもならすぐに繰り出し、その繰り出したことを合体させてまた新しく言葉を画面、紙面に振りかざしていた。

 だが実際に目の当たりにすると頭の中が真っ白になってしまい何も言葉を繰り出すことも、合体させることもできなかった。

 何も喋らず黙り込んでしまった恭二郎を見ていたヒロタカはゆっくりと口を開く。


「こんなA級のドラゴンを単独で、そして魔法を使って討伐した。これで迷惑になるってことはないでしょ……そこでさっき『一緒に行動できないな』って言っていたけどもしよかったら僕らの勇者パーティーに入る?」


 あって間もない、そして全然素性も知らない男を『迷惑にならないから』や『強力な力を持っているから』などで勇者パーティーに入らないかと提案される。普通の日本人なら断るものだがキョウジロウは違った。言われた途端に入ると決めたのだ、合って間もないのに。


「うん、いきなり過ぎない? …迷惑にならないのであれば、まあ……これからよろしくな」


 異世界に召喚されたからここまでの出来事は約5分での出来事だった。

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