第48話最終章.10

 

「お前達ここで何をしている」


 懐かしい声。


「うーん! うーー!!」


 私はそれに応えるように精一杯声を上げた。


 突然現れたご主人様に男達は一瞬怯んだものの、慌てて身構える。ご主人様はそれを見ると、剣を抜き慎重に周りを確認しながらこちらに近づいてきた。


「間もなく騎士団を乗せた船が来る。お前達に逃げ場はないから大人しくしろ」


 背後の海を振り返り目を細めると、海面に数隻の船のシルエットが浮かぶ。良かった、応援がきたならもう大丈夫。


 到底信じられない事実と無茶な願いを書いた手紙。

 でも、ご主人様なら信じてくれると思っていた。

 きっと微塵も疑わないと。



 ご主人が剣を構えたまま間合いを詰める後ろから、赤いドレスが飛び出してきた。


「フルオリーニ様、これはいったい!!」

「何をそんなに驚いているのですか? あなたも知っていたでしょう、この遊覧船が人身売買の計画の一部だという事を」

「なっ、そんなことわたくし、し、知りませんわ!!」


 甲高い声が響く中、男達の視線がご主人に集まる。

 その隙を付くようにクルルが私の身体を揺する。


「うー?」


 何? と見れば目線で何かを訴えてくる。


 私と、自分のスカートを交互に見ているようだけれど……そうか! ナイフ! クルルの足に結び付けたナイフを取れと言っているのね。


「ううぅう!」

(分かった!)


 私はそっとしゃがみ込みクルルのスカートの中に手を入れ、足に触れたところで指を添わすようにしてゆっくりと立ち上がる。


 柔らかなクルルの肌。

 これ、見ようによっては変態じゃない? 

 いいや、今は緊急事態。


 後ろ手に縛られているから指先だけが頼り。クルルに背中を預けるように足を探っていくと金属製の塊が指に触れた。それを縛っている縄を辿り結び目を解くと剣を握ってスカートから手を出す。


 クルルがすばやく後ろを向くので今度は背中合わせになって、まず、クルルを縛っている縄を切る。でもこれが中々うまくいかない。


 そうしている内にデッキでも変化が。ナターシャ嬢のうしろから二人の護衛騎士が現れた。


「ナターシャ様、下がってください」

「待って、フルオリーニ様に危害は加えないで」

「分かっています。フルオリーニ様、さきほどの発言、まるでリンドバーグ侯爵家が人身売買をしているように聞こえましたが?」

「無論そう言った」

「証拠は?」


 護衛騎士の言葉にご主人様は胸ポケットから紙を数枚取り出した。


「ここには人身売買によって得た金額が記載されている。売買契約書は父親に預けた故、いまごろは国皇とともにリンドバーグ侯爵家に対する逮捕状の準備をしているだろう」

「そ、そんな書類、どうやって手に入れる事ができたんだ!? 嘘を言うのもいい加減にしないと、たとえコンスタイン公爵令息であっても……」

「あっても、どうするんだ? 信用するに足りる者から得た情報だからこそ、国皇が動いているのだ」


 はっきりと断言する様子に、護衛騎士達はそれが真実だと分かったのだろう。

 ふたり目を合わせると同時に剣を抜いた。

 ナターシャ嬢の顔色がさっと変わる。


「フルオリーニ様を傷つけないでと言ったはずよ!」

「申し訳ありませんが、ナターシャ様のご結婚よりこの場を切り抜ける方が先です」


 言うが早いか、護衛騎士の一人がご主人様に切りかかる。右上から斜めに振り下ろされる剣先を、ご主人は後ろに下がり避けると、今度は身体の向きを横に変え身を屈めながら剣を横一文字に振り切る。

 赤い鮮血が飛び散り、ナターシャ嬢の悲鳴が上がる。


 私達を連れて来た男達も加勢しようとナイフを振り回すけれど、学園でも一、二を争う剣の腕前を持つご主人様に敵うはずもなく。一人は胴を、もう一人は腕を突き刺され蹲った。背後から来た男に回し蹴りを喰らわし、もう一人の護衛騎士と向き合う。


 私も、後ろ手の動きにくい体勢で奮闘し、クルルの手首の縄をどうにか切る。クルルは素早く私からナイフを受け取ると、私の縄、二人を結んでいた腰縄の順に切り猿轡を外した。


「私は他の人の縄も切ってくるわ」

「お願い!」


 船尾に駆け寄り下を覗けば、数メートル下の小舟では騎士たちが男達を取り押さえていた。


「ココットか?」

「はい、その声、クロード様ですね」

「縄を投げる! 手摺に結んでくれ」


 麻縄の塊が下から投げられてきたので、身を乗り出してそれを受け取る。先端を探し手摺にぐるぐる巻いて、強く引っ張り大丈夫なことを確認してから下にいるクロード様に「できました」と声を掛ける。


 これでもう大丈夫と安心したとき


 バン!!


 花火の音ではない破裂音が響いた。


 えっ!? と振り返ると、護衛騎士二人と男三人がデッキにはいつくばっている中、最後の一人となった男が銃を構えている。その先にいるのは右足から血を流しているご主人様。


「悪あがきはやめろ!! 海にも応援の騎士団が来ている!」

「煩い!! 俺は泳ぎが得意なんだ。逃げ切ってみせるよ。だけど、せっかくの儲け話をぶっ壊したお前だけは許せない」


 月明かりの下でも分かるほど男の目は血走っていて、その指は引き金にかかっている。


 カトリーヌさんを助けた時のように銃弾を転移させれば……


 だめだ。いまの私に離れた物を転移させれるだけの魔力は戻っていない。

 足を打たれたご主人様は動きが鈍い。何とか照準からそれようと身を動かすも、男がそれを許さない。


 どうしたらいい?

 私に何ができる?


 ご主人様のいる場所まで十メートル……


 

 ……男の指が動き、二発目の銃声が響き渡る。


 ――それと同時に私の腹部に衝撃が走った。


 お願い。

 私の身体の中で銃弾が止まって。

 ご主人様まで届かないで。


 身体の中を熱い塊と衝撃が通る中、


 ただ、それだけを願った。




「ココット!!!」


 十メートルの転移。

 私にできることはそれしかなかった。


 突然目の前に現れた私に、ご主人様は目を見開き、

 崩れ落ちる姿に何が起こったのかを悟る。


「どうしてお前が! 俺のために!!」

「ご主人様、……お怪我はないですか?」

「なんで、……おい! 誰か!! ココットの手当てを!!」


 海のほうから声が聞こえる。

 騎士達が縄をよじ登ってきたのね。

 よかった。今度こそもう大丈夫。


「ご主人様……」


 精一杯伸ばした手をご主人様が強く握ってくれる。


「わ、私は、あなたに助けられたから……これでおあいこ、です」


 あの時、薬を盗もうとした時。

 ご主人様が守ってくれなかったら、私は牢に入っていた。

 ここにいなかった。ご主人様の傍で暮らせなかった、一緒にいれなかった、笑えなかった。


「ココット、気をしっかり持て。大丈夫だ、絶対お前を……死なせないっ」


 無理だよ。こんなに沢山、血が出てるもの。

 もう、声も聞こえにくくなっているし、視界も霞んできた。

 だから、これが私の最後の言葉。


「……愛しています。フルオリーニ様。ずっと、あなたを……」


 

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裏路地の魔法使い〜恋の仲介人は自分の恋心を封印する〜 琴乃葉 @kotonoha_m

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