第47話最終章.9
倉庫に男達が来たのは夕暮れ。猿轡をされ手を後ろで縛られて、腰紐でクルルと繋がれた状態で連れて行かれたのは広い部屋。荷物を保管しておく場所だろうか、足元は土で窓も少ししかない。
同じように縛られた女性や子供が二十人弱。それから、人が数人ほど入る大きな木箱が五個。木箱の下には小さな車輪がついていた。
「この中に入れ」
男にナイフを向けられて、そう言われた女性は青い顔をしながら木箱に入る。同様にして四人入ったところで男達は上蓋をしめ鍵をかける。次にクルルにナイフが向けられた。私もその後を追うようにして同じ箱に入る。
全員が入ったところでギギーという鈍い音が聞こえた。多分倉庫の扉を開けてるんじゃないかな。
次いで馬の蹄の音がして、男達の話し声が聞こえる。どうやら箱に紐を結び、それを馬に引かせて倉庫から運び出すみたい。
暫くして箱は動き出した。
ガタガタ、ガタガタ。
乗り心地は非常に悪い。それが五分ほど続くと突然止まった。
「おい、この荷物はなんだ?」
「はい、船で食べる食材が入っています」
「随分量が多いな」
「割れないよう梱包したワインがかさばっているからでしょう」
港警備の騎士かな? 蓋を開けるのだろうかと思っていると、少し年配の男の声がした。
「おい、それは遊覧船に乗せる荷物だ。渡航しないから検疫はしない。悪いな、最近入ったばかりの新人だから良く分かっていないんだよ」
「いえいえ。では旦那、いつもみたいに検疫なしで積ませててもらいますよ」
顔見知りのような会話のあと、再び箱が動き出す。
やっぱり私が考えた通り。渡航しない船に検疫がないことを利用して、誘拐した人を外洋まで連れだしていたのね。
しばらくするとまた箱はとまり、今度は上蓋が開けられた。
「花火があがるまでここで大人しくしていろ」
蓋が開けられただけでも息苦しさがましになる。部屋は暗いけれどランプが数個上からぶら下がっているから部屋の様子も見える。
そっと膝立ちになって箱から頭を出すと、どうやら今いるのは船底にある荷物を積み込む場所みたい。倉庫みたいな殺風景な部屋でかび臭い。外から微かに楽しそうな声が聞こえてくるのは、遊覧船に乗客が乗り込み始めたからね。
ポン、と身体に腕があたるので見ると、縛られたままのクルルが心配そうに私を見上げている。
男達に見つからないのかと気にしてくれているよう。私は膝をおり座りなおす。魔力は禄に食べてないせいか、あまり回復していない。十メートルの転移がやっとかな。
出発したのか船の揺れが大きくなった。
少しでも魔力を回復させようと寝ていると、呆れ顔のクルルに起こされる。
男の「箱から出ろ」と言う声が頭上から聞こえてきた。
よいしょっと出ると、三人の男がナイフを片手に立っている。
「花火が始まったら部屋の隅にある階段からデッキに出る。そのあとは俺達の指示に従え。逆らった者はその場で殺して海に投げ入れる。分かったな!!」
どこからともなく啜り泣きが始まる。
隣にいるクルルの顔もさすがに青い。
私は……なぜか冷静だった。
ご主人様がすぐそこにいる。
こんな状況なのにそれだけで安心できた。
花火が始まると同時に階段の上を塞いでいた板が開き、そこから髭面の男が顔を出して私達を見下ろす。
「来い!」
そう言われ、近くにいた人から階段を上がる。二人から四人ぐらいが腰ひもで繋がっているのは逃走を防止するためだろうか。
揺れる船の中、後ろ手に縛られながらドレスで階段を上がるのは難しかった。途中後ろから背中を押され、上から腕を引っ張り上げられ放り出されたのは茶色い板張りのデッキの上。痛いなぁ、もう。
猿轡をされた口で舌打ちしながら立ち上がった先に見えたのは、ビュッフェの会場。
そう、あの時、私、見たんだ。
ケーキを食べていると、急かすように給仕係がきて甲板に行くようやんわりと促された。
別に花火に興味ないからここで食べている、というと慌て出し、花火が終わってからも食べれますからと強引に甲板に向かわされた。
階段を上がるときやっぱり名残惜しく振り返ると、船尾のデッキにしゃがみ込み床板を持ち上げる男がいた。
なにしているんだろう、あの下は船底よね、と不思議に思いながら甲板に出た。
だって、あの時はまさか、船底から誘拐された人が出て来るなんて思わなかったもの。
連続する花火の破裂音は足音や猿轡から漏れる呻き声を消し去る。乗客は船首で花火に夢中だし、もしビュッフェ会場に戻る人がいても給仕係が止める。
船首で花火に夢中になっている時に、船尾に誘拐された人がいるなんて誰が想像できただろう。
こっそり船の手摺に近づき下を覗き込めば、数メートル下に小舟が五艘。花火を積んだ小舟に紛れて来たのね。
花火が打ち上げられるのは外洋。ここで誘拐した人達を船尾から小舟に乗せ変え、どこかで待機してる大型船に移し替える。
その船がおそらくリンドバーグ侯爵家の船。ユーリン国の港を管理しているリンドバーグ侯爵家なら検閲を誤魔化して自国に人を連れ込むのは可能でしょう。
カトリーヌさん達を見届けたあと帰る際、港に向かってくる小舟が見えた。花火を積んでいた小舟にしては戻ってくるのが遅いと思っていたけれど、誘拐した人達を積み替えていた小舟だったのね。
あの時間なら荷夫もいないし気づかれることは無い。
偶然見た二つの出来事を結び付けた私って凄い!
そもそも、その光景を見たのは「裏路地の魔法使い」のおかげで。
やっぱり私の作戦は正しかったのだ。
ご主人様に褒めてもらおう、そう思った時、懐かしい声がデッキに響いた。
「お前達、ここで何をしている!」
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