第2話 隣人はクズ男

▽▽▽▽▽

遡ること、数十分前。



「犯人を探すって、何でわざわざ探しに?」

「だって私、許せないもん!」



私の知っている結衣はそんな勇猛果敢な性格じゃない。



可愛い物が好きでホラーが苦手、女子高育ちで俗世に疎い。でも、勝負事には負けず嫌いで努力家な一面もある。そして、重度の潔癖症だ。



「今日は休もう。明日になったら、また考え直そう」

「駄目! 今すぐじゃないと駄目なの!」

「どうしたんだよ、結衣?」



いきなり声を荒げて驚いた。何でそんなに焦っているのか、意味がわからない。



「……ご、ごめん……大声出して」

「ホントに大丈夫?」

「お願い……協力して」

「はぁ、……わかった。手伝うよ」

「本当! ありがとう、明凜!」



ここまで深刻な表情をするなんて、こんな親友の頼みは断れない。



「それで、何か手掛かりはある?」

「うん、これ」

「アパートの鍵?」



私も同じものを持っている、狐の鍵だ。



「まさか、犯人の鍵?」

「そう、落としていったの! でも、誰のものかわかんなくて」

「こんな物的証拠があれば、いっそ通報した方が早くない?」

「それは駄目! パパにばれちゃう!」



そうは言っても、こんな目に見えた証拠があればもう捕まえたも同然だ。探し回る必要なんてないのではないか?



「通報だけは駄目! 絶対!」

「わ、わかった」



仕方がない。あの親馬鹿もここまで嫌われていたら流石に同情する。今度会うときは優しく接してあげよう。



しかし、警察に頼るのは嫌でも犯人を探したいのか。結衣にもおかしな所があったんだな。



「犯人は鍵を落とした。なら、今頃は部屋に入れなくて困っているんじゃないか? あれ、そう言えば犯人は見たの?」

「私が外に出たときにはもういなかったよ」



結衣の返答に頭を抱える。



部屋に入れないのに姿が見えなかったなら、高い確率でここの階の人間じゃないということだ。



では、どうやって逃げたのか。



普通ならエレベーターや階段だ。でも、結衣の部屋の横にあるエレベーターは故障中で動かない。



残るは非常階段だが、それも結衣の部屋からは一番遠い逆端だ。不可能ではないが、リスクが高すぎる。他の住人に気付かれる可能性だってある。



「犯人が逃げて、私の部屋に結衣が来たのってすぐ?」

「うん。早く明凜に会いたくて」



可愛い奴。しかし、これで更にわからなくなった。矛盾ばかりが増える。



寝起きで頭も働かない。ここは一度、体を動かすか。



「結衣の部屋を見てもいい?」

「もちろん、いいよ!」



そうして、私は結衣の部屋に向かった。



「久しぶりに入るかな」

「ふふっ、いらっしゃーい」



結衣が扉を開ける仕草を見て何かが引っ掛かる。少し違和感があったような。気のせいかなだろうか。



「どうぞぉ、汚い部屋ですが」

「そんなことないよ、いつ来ても綺麗……でしょ? ………」

「どうしたの?」



いつ来ても綺麗。



そうだ、結衣は綺麗好きだ。それもドがつくほど。



そんな子が知らない輩が入って来た部屋をそのままにするだろうか。



結衣が人を家に入れる時は、事前に訪れる許可を取る必要がある。それは、結衣が人を招くために徹底的に掃除をするからだ。



彼女が他人を部屋に入れる時はその準備が整っている証拠だ。



一体、誰を招き入れるつもりだったのか?



「…………私?」

「どうしたの?」

「!?」



何だか、結衣が怖く思えてきた。私を招くと決めていたなら、何か目的があったはず。それが何かはわからない。



でも、これだけはわかった。



「ちょっと確認したいことがあるから、外に出ていい?」

「いいけど? それじゃあ、私も」

「結衣はそこにいて! ……直ぐに終わるから」



部屋を出て、閉じた扉を見る。正直、親友を疑う真似はしたくない。でも、これだけは確認しなければいけない。



扉に鍵を差し込むとすんなりと入った。そして、ゆっくりと鍵を回す。



「あーあ、ばれちゃった」



差し込んだ鍵は、犯人の物だ。



「犯人は、結衣?」

「ピンポーン! 大正解!」

「……どうして?」



私の気持ちを置き去りにして結衣ははしゃぐ。何がそんなに嬉しいのか、私には理解できない。



「ねぇ、ねぇ! どうしてわかったの?」

「……犯人の逃走には矛盾が多すぎた。でも、無理矢理押し通せば納得はいった」

「うん! うん!」

「でも結衣は、部屋の鍵を開けたまま私の部屋に来ただろ。強姦されかけた人がそんな無警戒に部屋を開けるか?」



そう、自分の部屋の鍵を証拠品にするなら、それは実質的に他人の鍵になってしまう。そんな鍵で自分の部屋を開けようものなら自白と同義だ。



だから、結衣は部屋の鍵を開けたままにする必要があった。



「あー、確かにね」

「決定的だったのは、結衣の潔癖症。いつも私を部屋に入れるときは事前に掃除するでしょう。なのに結衣は襲われてすぐに来たって言った。だったら、片付ける時間なんてなかったはずでしょ?」

「流石、親友! 私のことよくわかってるね!」



でも、肝心の動機がわからない。こんなまわりくどい真似をして、何故私を部屋に入れたかったのか想像がつかない。



「私に何をして欲しかったの?」

「本当はね、ここも過程だったんだぁ」

「はぁ?」



益々、意味がわからない。



私が?を浮かべていると、結衣が急にもじもじし始めた。親友ではあるが、ちょっと気持ち悪いと思ってしまった。



「実はね、犯人探しを名目にある人の部屋を尋ねて欲しかったの」

「ある人の部屋?」

「うん、明凜の隣人。玲雄さんって言うの」



隣の人、そんな名前だったんだ。物語の主人公みたいな名前だな。



「その人がどうしたんだ?」

「…………れなの」

「えっ、何て?」

「ひ、一目惚れなの!」



一目惚れ、ひとめぼれ、ヒトメボレ



「一目惚れ!?」



思わず心の声がでてしまった。



一目惚れ。つまり、一目でその人のことを、玲雄を好きになったってこと。



「そう! もう、ドストライクなの!」



結衣の目にハートが浮かんでる気がするのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいだ。私は疲れているんだ、そういうことにしよう。



「まさか、私にその人との仲介をさせたいわけ?」

「お願い」

「やだ、もう帰る、寝る」

「お願い! お願い! お願い! 話す口実が欲しいだけなのよ!」

(服を引っ張るな!)



まったくふざけた話だ。心配して損した。



「そういうのは自分から行けばいい! 面倒臭い!」

「明ちゃん、ひどいぃ」



子供の頃のあだ名で呼ぶな。それ嫌いなんだよ、赤ちゃんって言われるから。



「一生のお願い! 今度、スイーツビュッフェご馳走するからぁー!」

「……本当?」

「絶対! 約束!」

「破ったら、おじさんに言うからな」



しょうがない、甘い物達に罪はない。ここは広い心で許してあげよう。



「ありがとう! 明ちゃ、んっ!」

「そのあだ名で呼ぶな」



親友の悪ふざけも大概にして欲しい。罰として脳天チョップを喰らわせてやった。



「いたぁーいぃ」

「これでも優しい方だから、さっさと行くぞ」

「うん!」



回復が早いな。



「はぁー。それじゃ、準備はいい?」

「えと、えーと。うん! 大丈夫!」



身だしなみは整えなくても十分可愛いよ。とは、言ってやらない。



後で私も嫌がらせしようと思いながら、第一容疑者の部屋を尋ねた。






▽▽▽▽▽

こうして現在に至る。



「くっ、……そうです。結衣は貴方に気があるんです。良かったじゃないですか、あんな可愛い子に好いてもらえて」



人が電話しているときにあんなことをするなんて、この男こそ警察に突き出すべきだ。



「俺も好きになってもらえるのは嬉しいが、回りくどいのは嫌いだ。ほら、鍵」



鍵を拾って、開けてくれるのはありがたい。なんならそのまま解放してもらいたい。



「…………」



何でお前のポケットにしまうのか。



「返してください」

「気が変わった」

「はぁ? ちょっ!」



両手を頭上で押さえ付けられた。身長差もあって、きつい態勢を強いられる。



「俺は可愛いよりもどちらかと言えば、綺麗な子がタイプなんだ。性格もちょっと強いくらいが調度良い」

「わかりました。結衣に伝えておきます!」



男女の筋力差でこの状況は覆せない。後は、ドアノブを回して入るだけだというのに。



「そうだな。でも、口で伝えるより体験した方が良いだろう?」

「何いって……! んぅっ!」



紡ぐ言葉は玲雄の唇で遮られた。煙草の匂いがすると思っていたが、カフェインとチョコの味がした。



口の中で甘いものが暴れ回る。



「ん……やっ、まっ……はぅん!」



深い夜に熱い吐息が広がる。まだ、皆が寝静まっていてよかった。誰にも見られることはない、特に親友には。



逃げようにもいつの間にか、頭を玲雄に支えられていた。それにしても長い。



余りにも濃密過ぎて時間が永遠に感じられた。



それからどのくらいたっただろう。ようやく満足したのか、繋がる唾液を堪能しながら離してくれた。



「んぅ、……はぁ……はぁ……はぁ」

「……唇、乾燥してるぞ」

「……最低」



何だかさっきより唇が艶やかになっている。お互い様か。



「そういうの嫌いじゃないぞ」

「……結衣も男を見る目がないな」



結衣はこんな男のどこが良いんだか。



「なら、ちゃんと確かめないとな。結衣ちゃんに相応しい相手かどうか」



目じりに浮かんだ涙を玲雄が優しく指で拭う。



「玲雄さんって、クズですね」

「よく言われる」



体に上手く力が入らない。



武骨な手が私の後頭部から離れて、長い指が背中を這う。



腰まで背筋をなぞられ、ゾクゾクと電流のようなものが流れる。顔に熱が篭ってる気がした。今、玲雄を見上げている私の顔はどうなっているのだろうか。



「っ!…………その顔は、ずるいな……」

「あっ」



その言葉を最後に、私は真夜中に自分の部屋へと軽薄な男の侵入を許してしまった。



鍵を取られていてどうしようもなかった。



それに、彼は男だから力には勝てない。



そんなどうしようもない言い訳を考えながら、私は渇望するように襲いかかる彼を拒めなかった。



せめてもの抵抗で虚無のような眼差しを向けてやった。



「俺を……拒まないでくれ」



でも、悲しそうな眼差しで見られては、それも長くは続かなかった。



「……随分と、寂しがり屋ですね」



その後は、もうしばらく眠れない夜を過ごした。






▽▽▽▽▽

結衣への嫌がらせはこれで十分だろう。寧ろ、私の方が痛手だ。



「ん、んぅーー。ふぁ……おはよう」

「……おはようございます」



翌朝、あられもない姿で私は目を覚ます。散々見た後だが、引き締まった筋肉はやはり眼福だ。



「よく眠れたかい?」

「いいえ」



嘘だ、本当は快眠だった。誰かの温もりの中で眠るのは意外と心地が良かった。でも、むかつくから認めてやらない。



「玲雄さん、煙草吸わないでしょ」

「あぁ。でも、近所で誰か吸っているみたいでね。干していると匂いが付くんだよ」



きっとそれは結衣だ。私に気を遣って隠していてくれたんだろう。本当にいい親友だ。

それなのに私はなんて事を。



「ところで、俺達の事を結衣ちゃんには……」

「黙ってて下さい」

「いいよ。条件付きでな」



どうやら私が思っていた以上にこの男はクズ男みたいだ。とは言え、こちらに拒否権はない。



「はぁ……条件とは?」

「そう、嫌な顔するな。いくつか頼み事を聞いてほしいだけだ。って、どこに行くんだ?」



もう、全部見られたのだから今更羞恥はない。だから、玲雄の目線がお尻に釘付けでも気にしない。



やっぱり、服着よう。



「朝食の用意です。食べますか?」

「いいのか? それじゃ、遠慮なく」



そこは遠慮して欲しかった。



「珈琲はブラックですよね?」

「そうだけど……どうしてわかった?」



余計なことを言ってしまった。説明も面倒だから、もう本題に入ってしまおう。



「それで、頼みとは何ですか?」

「俺の…………運命の相手を見つけて欲しい」

「……はぁ!?」



この時の私は最低な男に引っ掛かってしまったと思っていた。



如何にもなクズ男にこれから私の生活は色々と狂わされる事になる。



これが私と玲雄の歪な関係の始まりだ。

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クズと一途は紙一重 戌叉 @Inumata

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