クズと一途は紙一重

戌叉

第1話 犯人捜し

ピンポーン。



「ん……んぅー?」



私はその音で浅い眠りから引き戻された。



ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。



(っ! ……うるさいなぁ!)



時計を見ると短針はまだ十二時を過ぎていなかった。



「誰だよ、こんな時間に!」



ベットから降りて、上着を羽織る。この季節は流石にまだ寒い。



こんな時間に人様の部屋を訪ねるなんて、一言文句を言わないと気が済まない。



ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。



「はい、はい、はい! 今出るから!!」



私は苛立ちを込めてドアノブを回して玄関の扉を開ける。



「一体何時だと、……結衣?」



扉を開けるとその先には友人の結衣が立っていた。しかも下着姿で。



「明凜……助けて!」

「ちょっ!?」



結衣は目を合わせるなりいきなり抱きついてきた。本当にどうしたんだろうか、体が震えている。



「取り敢えず……部屋に入って」



下着姿のままでは風邪を引いてしまう。とりあえず、私が着ている上着を渡して部屋に入れることにした。






▽▽▽▽▽

「それで……どうしてこんな時間に、そんな格好を?」



結衣の好きな温かいココアを差し出す。これは結衣の好物だ。こんな寒い季節には温かく甘いものが欲しくなる。



「ありがとう……ごめんね。こんな時間に」



一口飲むとようやく落ち着きを取り戻したようだ。結衣にはいつまでも下着ではいさせられないから、私の部屋着を渡した。



「…………」

「?」



相変わらずその胸は強調が激しいな。私も無い訳じゃないんだけどな。



背丈は一緒だがプロポーションが違いすぎて私のサイズはあまり合わないようだ。



「……明凜?」

「ううん、別に何でもない。それよりどうしたのさ?」

「うん……実は私…………襲われたの」

「へ? ……はっ!?」



襲われたって、まさか強姦!?



「まって、ごめんね。言葉が足りないよね……未遂なの」

「いや、そういう問題じゃ……」



いくら事を起こしていないからって、若い女性の部屋に押し入って許される筈がない。早く犯人を捕まえないと。



「警察には連絡した?」



結衣は首を振る。一番の被害者なのにそんな悠長な。



「この事がパパに伝われば私……家に戻される」



結衣の言葉であることを思い出して私は溜息と共に頭を抱える。



そうだった、結衣の父親は警察官だ。娘に犯罪の手が伸びたと知ったら拳銃を構えてやってくるだろう。そうなればどちらが犯罪者かわからなくなる。



あの娘思いの馬鹿親ならやりかねない。



「でも、もしまた結衣を襲いにきたらどうするのさ?」

「……だから明凜、犯人捜しを手伝って!」

「え? ……えぇ!?」






▽▽▽▽▽

ピンポーン…………



「はい? どちら様?」

「夜分遅くにすいません。隣人の明凜です」

「そ、そのまた隣人の結衣です!」



扉が開くとそこにはとんでもないイケメンがいた。



近所付き合いはしてこなかったから顔を会わせるのは始めてだ。こんなイケメンが隣に住んでいるなんて、驚きだ。



つり目で背が高く、程よく体格も良い。少し生意気そうな見た目だが歳は私達と近そうな雰囲気だ。確か結衣の好みはこういった男性だった気がする。



「それで……こんな時間に何?」

「実はこの子の部屋に誰かが不法侵入したうえに、強姦未遂まで犯して逃走したようなので……その犯人捜しです」

「うわ……最低だな。でも、何で警察じゃなくて君が?」



ごもっともで。



「ちょっと諸事情がありまして」

「? ………あっそ」



あんまり睨み付けないでほしい。隣で結衣がうっとりしているじゃないか。



「そう言えば、犯人は逃げたんだろ? 何でわざわざ俺に聞くんだ?」

「それは犯人がここの住人である可能性が高いからです」

「なに?」



そう、結衣の話によれば犯人は逃走する時に鍵を落としたそうだ。



「それが……これです」

「なるほどな、このアパートの鍵か」



このアパートの鍵には共通点がある。ここの住人しか持っていない物だ。



「鍵には必ず、狐のキーカバーがついています」

「犯人の手掛かりか」

「お願いします! 犯人探しを手伝ってください!」



結衣はイケメンの手を握る。その目を見て溜息が出た。恋する乙女は盲目なのだ。



「とりあえず貴方の鍵を見せてください」



目線を下げるな。



男の目が結衣の胸元に向いているからって軽蔑の目は抑えられているはずだ。



「あ、あぁ。これがこの部屋の鍵だ」

「一応、確認しますね」



男の鍵を受け取って鍵穴に差し込む。どうやら本物のようだ。



「ありがとうございます。貴方は犯人じゃないようですね」

「当然だ」



男の容疑が晴れたからこの部屋にもう用事はない。彼の鼻の下が伸びないうちに早くここを離れたい。



「……俺も犯人探しを手伝おうか?」

「え?」

「良いんですか!」

「えぇ!?」

(げぇ!)



どうしてこうなるのか。明らかに男の顔が面白そうだと物語っている。それに結衣は大賛成のようだ。



「はぁ、では犯人が現れた時に力を貸してください。えっと……」

「玲雄だ」

「よろしくお願いしますね、玲雄さん!」



イケメンは名前まで格好良いのか。だが、男手があると何かと便利なこともあるだろう。ここはとことん利用しよう。



「何か失礼な事考えているだろ」

「そんな滅相もない」

「?」



男が見下ろしてくると少し煙草の臭いがした。この臭いは苦手だ。



「ところで、ここのアパートの住人全員を尋ねるのか?」

「その必要はありません。犯人はここにどうやって来たと思いますか?」

「そりゃ、エレベーターだろ。この階に階段はないからな」

「そうです。でも、階の両端にあるエレベーターのうち片方は結衣の部屋の真横で、今そこのエレベーターは故障中です」



犯人が逃げ出したのなら逆側のエレベーターか、そこにある非常階段だけだろう。



「それにここは五階です。無事に着地していられる自信はありますか?」

「……無理だな」



手すりから下を覗く二人の顔が引き攣っている。私も高い所は苦手だ。



「犯人が逃げて結衣はすぐに私の部屋に来ました。それなのに犯人の姿を見ていない」

「はい、私が外に出たときには誰もいませんでした」

「なるほど、部屋を出た直後に隠れられる場所といえば……」

「この階の部屋だけです」



玲雄は合点がいったようだ。



「ということは、容疑者は三人か」

「はい、一番近い部屋は犯人の可能性が高かったのですが」

「そうだな。……おい、俺が最も怪しいと思っていたってことか?」

「そんな滅相もない」



整った顔に近づけないでもらいたい。結衣の頬がリスみたいになっているじゃないか。可愛いくて微塵も怖くはないが。



玲雄の疑う眼差しは無視してさっさと次の部屋を尋ねることにした。






▽▽▽▽▽

「あらっ、玲雄君! どうしたのこんな時間に?」

「田中さん、遅い時間にすみません。ちょっと問題がありまして」



何故、彼が訪問して田中と呼ばれている人妻とやり取りをしているのか。



それは私がインターホンを押して返事をしたら怒鳴り声が返って来たからだ。夜分遅くに迷惑なのはわかるがあそこまで怒らなくてもいいのに。結衣は心配してくれていたが、この男はニヤニヤと笑いを堪えていた。



思わず結衣に見えないように肘を打ち込んでしまった。



「実は、~以下略~、ということがありまして」

「そんな怖いわぁー」



相手がイケメンになるとこうも対応が変わるものなのか。怖がる下手な演技がここまで見るに堪えないものとは思わなかった。



「疑ってる訳じゃないんですが、田中さんの鍵が盗まれているかもしれないので。その確認にきました」

「あらぁー、ご苦労様ね。ちょっと待ってね。……大丈夫よ、家の鍵はちゃんとあるわ」



田中は鍵を玲雄に見せる。その誘惑するような顔とちらつかせるように見せる鍵をやめてもらいたい。はっきり言って気持ち悪い。



「鍵穴に差し込んでみても良いですか?」

「はぁ? いいわよ、ほらっ」



大事な鍵をそんな適当に放り投げるなんて、よっぽど玲雄との雑談を楽しみたいらしい。

あの爽やかな笑顔は虚構だというのに。



「ありがとうございました」

「それでは、これで失礼しますね」

「もういっちゃうの?」

「もう夜も遅いですからね。また今度、時間のある時にでもゆっくりお話しましょう」



照れた様子で手を振る田中。できればもう関わりたくない。結衣もそのようだ。



玲雄と話す田中をずっと睨んでいた。本人は気づいていないようだが。



「次は……」

「次は遠藤さんですね」

「結衣ちゃん、知り合い?」

「えーとぉ……知り合いと言う訳では……」

「振られたんですよ、結衣に」



次の部屋の住人もなかなか面倒そうだ。






▽▽▽▽▽

「ゆ、結衣さん! どうしたのこんな時間に?」

「すみません、遠藤さん。こんな時間に」

「「どうも」」

「……貴方達は?」



諸々の説明を告げると遠藤の顔がどんどん青くなって、結衣に手を伸ばす。



「だ、大丈夫!?」

「きゃっ!」

「おっと、それはいけない」



玲雄は運動神経もいいようだ。遠藤の手から結衣を守ってくれた。



例え、好意を寄せてくれている相手でも異性の接触は望む相手でなければ拒絶したくなる。遠藤はそのことをまだ理解してないらしい。



「玲雄さん! ありがとうございます!」

「……結衣さん、この方は?」

「えっと……」



その恥ずかしがる表情は駄目だ。玲雄は当然のようにしているが、それが良くない。



「ま、まさかっ! 彼氏!?」

「そんな! 彼氏だなんて……うふふっ」



結衣は嬉しそうだ。遠藤は言わずもがな。玲雄もどうしようと言う顔でこっちを見ないで欲しい。



はぁ、しょうがない。



「そう! 言う! こと! で! ……ふぅ」



男二人の間に割り込むのは結構大変だ。煙草の臭い二人に囲まれて鼻がおかしくなりそうだ。どうやら遠藤も吸っているみたいだ。



「貴方の鍵を確認させてください」

「僕が犯人だって言うのか?」

「まぁ、可能性として」

「くっ! すぐ取ってくる!」



疲れた。


結衣のためとは言え、さすがに眠くなってきた。あと、残り一部屋で終わる。それまでの辛抱だ。



「ほらっ、これでいいだろ!」

「鍵穴に差し込んでみてください」

「これで……文句ないだろ!」



確かに問題ない。これで遠藤も潔白だと証明できた。



「結衣さん、こんな軽薄そうな男のどこがいいんだい?」

「玲雄さんはそんな人じゃありません!」

「嫌われましたね」

「何もしてないんだけど?」



イケメンはそれだけで罪ということだ。世の恵まれない男性から批難殺到は宿命。甘んじて受け入れてもらいたい。が、あんまり言われているのも可哀相だったりする。



だから、これは手伝ってもらったお詫びだ。



「遠藤さん。私……煙草が嫌いなんです」

「それがどうした?」

「だから、私にとって煙草を吸っているあなた方は苦手です」

「別に煙草を吸っていても悪くないだろ! 君の勝手な価値観を押し付けるな!」



そうだ、これはあくまでも私の個人的な価値。押し付けるものじゃない。



「そうです。貴方の玲雄さんに対する軽薄だと思う価値観も同じですよ」

「うっ! でも、煙草は結衣さんが格好良いって言ったから始めたんだ」



遠藤の考えずに物を言うのは以前からだったが、その台詞は流石に見逃せない。



「結衣のせいにすんな!」

「「「!?」」」



結衣に惚れたのも、煙草を始めたのも全部遠藤が決めたこと。それを結衣に責任転嫁するのはおかしい。



仮にも好きになった相手に、そんなことが言えるなんて考えられない。



「貴方が結衣をどう思っていようが勝手ですけどね、もし結衣が嫌がる事をしたらただじゃ起きませんよ! それじゃあ!」



私は唖然とする遠藤を部屋に押し入れて、苛立ちを込めて扉を強く閉めた。



「「…………」」



あ、やばい。



「明凜……大好き!!」



結衣は大喜びだ。私の胸が結衣に押し負ける。でも、これはこれで悪くない。



それよりも呆然としている玲雄だ。明らかに引いてる。



「ほんと、見かけによらないもんだな」



あぁ、もうどうにでもなれ。



「次、行きましょうか」






▽▽▽▽▽

「ここって……」

「はい、空き部屋です」

「鍵は……かかってますね」



ここに逃げ込んだとすれば鍵は閉められないはずだ。



「ってことは?」



犯人はこの階の住人ではないか、もしくは別の方法で逃走した。と、そういうことだ。



「一体どうやって逃げ出したんだろうな?」

「さぁ、私にはわかりません」

「そんな! 玲雄さん私どうすれば!?」

「一番効果的なのは警察だけど」



それは駄目だと私は首を振る。あの親馬鹿の相手なんてしたくない。



「あの、玲雄さん。何かあったときのために連絡先を交換してもらえませんか? 助けをすぐに呼べるように」

「あぁ、いいよ。俺でいいなら、だけど」

「もちろん! ……ありがとうございます!!」



良かった、これで一件落着だ。



「良かったら、明凜ちゃんも」

「私もですか?」

「これも何かの縁だし、せっかくお隣りさんだからね」



まぁ、減るもんでもないしいいか。それにしても、明凜ちゃん呼びは勘弁してほしい。



「今日はもうお互いの部屋に戻ろう。結衣ちゃん、部屋まで送るよ」

「私も」

「……はい、ありがとうございます」



それから結衣を部屋に送って私と玲雄も互いの部屋に戻ろうとした。ようやく終わった。これで寝ることができる。



「ちょっとまって、聞きたいことがあるんだ」



と思っていたが、玲雄に引き止められた。早く済ませてほしい。眠くて欠伸が我慢できない。



「ふぁーい……何でしょうか? 手短にお願いします、もう眠くて」

「あぁ、すぐ済むよ」



何で私の部屋の前に立つのか、邪魔なのだが。



「いつ言うつもりだった? 犯人がいないって」

「!?」



突然、玲雄が私の肩を強く引き寄せる。



逃げられない。さっきまで玲雄が壁に背を向けていたのにいつの間にか自分が壁と彼に挟まれている。



まずい、非常にまずい。



「な、何をいってるんですか?」

「そうか、そっちがそのつもりなら順を追って説明しようか」



部屋の鍵はポケットの中。こっそりと出せば気づかれないだろう。



「最初から違和感はあった。犯人がどうやって結衣ちゃんの部屋に入れたのか、このアパートは規則で合鍵は作れない」

「ピッキングしたんでしょう」

「……それに、最初に何で俺の部屋を尋ねたのか」

「それは、可能性の話で」

「いや、違うな」



鍵をなんとか取り出した。あとは鍵穴に挿すだけなのだが、手汗で鍵が滑る。



「俺が必要だったんだろ。もっと言えば俺を尋ねるのが一番の目的、だったんだろ?」

「何で、私がそんなこと」

「いや、君じゃない。結衣ちゃんだよ」

「!?」



硬い金属が落ちる音が響いた。



鍵、落としちゃった。



「鍵を落としたってのも嘘だな。それに犯人は見つかるわけない。あの鍵は結衣ちゃんの部屋の鍵だからな」

「…………」

「あの子に頼まれたんだろ? 俺への恋路を手伝って欲しいって。俺、結構モテるから女性の視線とか、わりと肌で感じるんだよな」

「随分な自信ですね」

「今日は、少し傷つけられたけどな」



私はお前なんてどうだっていいからな。肘打ちをお見舞いしたことについては後悔してない。



「それに、俺も煙草は嫌いだ」

「!?」



あの台詞か。私はこいつが煙草を吸うと勘違いしていたらしい。



「………………」



それよりもこれを結衣に見られたら大変だ、早く解放してもらわないと。



どうやってこの状況を打破するか考えていると私の携帯が鳴る。



嫌な予感がした。



「でたらどうだ?」

「……はい、もしもし」

『あ、明凜! 今日はありがとね!』

「……いいよ、別に」

『おかげで、玲雄さんの連絡先ゲットしちゃった!』

「ん……良かった、ね」

『今度、お礼にデートにでも誘おうかなぁ? ……明凜?』

「ごめん……流石に、もう眠いから……明日……また話そう」

『あっ! そうだよね! ごめんね、こんな遅くまで! それじゃ、お休み!』

「お休み……くっ!」



目の前の男を睨み付ける



変な声は出していないはずだ。この男が首から耳元にかけて息を引きかけてきても平常心は保った、と思いたい。



「まだ、しらばっくれるのか?」



どうやらもう、誤魔化す事はできないようだ。

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