第4話

 連れられた場所は裁判所だった。

 いくつものカメラ、いくつものモニター。

 夜でもないのに照明は暗い。


 私の手には手錠がされている。


 体が震えていた。

 カタカタと音を鳴らすのは、手錠から伝わる、私の骨の音。

 死の恐怖で、昨日嘔吐したことも、泣き尽くして流れなくなった涙も、口から出なくなった唾液も。

 不条理で事切れた叫び声も、自殺しようにもできず、ずっと持っていた、太い縄の冷たささえも。


 何もかも頭の記憶から抜けていく。


 暗い闇からささやくのは陪審員たちか。


 私は乾いてパリパリになった唇を開け、


「――なんで。私が死刑なの?」

『AIが選んだ男と結婚せず、子供をみごもったからだ』


 しゃがれた男の声。

 闇に響く。

 私の怒りが喉に届き、


「この子はまだ生まれてないわ! なんの罪があるの!」

『将来、罪を犯す。AIによって結果は出ている。その子はAIを機能させるための、膨大なエネルギー施設を占拠する、テロリストのリーダーになる、と』

「そんなの、まだわからないじゃない! テロリストにならないように教育すれば……」

『無理だ。九十九%その子はテロリストになる。AIの選択は、九十九%当たる』


 なんという冷徹さ。

 少しは情状酌量があると思ってたのに。

 すでに私の『死刑』は決定してる。


「あっ……あなたたちは、あなたたちは愚かだわ。AIの言うことをなんの考えもなしに……」

『そうだ。人間は愚かだ。そもそも人間は生まれたときから、恐竜に勝てなかった。猛獣の牙に殺されていた。そんな人間がどうやってこの世界の頂点に立ったか、君は知っているかね?』

「…………」


 頭の悪い私は黙り込む。


『――猛獣のクソを食ってたからだ。食べ残しさ。人間はオオカミには勝てない。熊には勝てない。サメには勝てない。ならどうやって食べ物を確保していたのか? 勇敢に敵と戦っていたわけじゃない。動物のクソを食ってたから生き残ったのだ。その雑食性を生かし、膨大な栄養によって脳を発展させ、武器を持って敵を殺せるようになったから動物の頂点に立ったにすぎない。ネズミも脳を発展させる種が生き残っていれば、人間になれただろう』

『その人間がAIを作った。その精度を上げ続けた。そして未来の判断まで任せられるようになった。これはすばらしいことだ』

『君はもう進学で迷うことはない。AIが適正な学校を選んでくれる。就職も、結婚相手でさえだ。AIが選んだ相手はほぼ間違いなく君を幸せにするだろう。考えるのにエネルギーを使うことはない』

『そもそも人間は怠け者だ。それ以上でも、それ以下でもない。危険な動物と戦いもしなかったのだから』


『これがわれわれが選択した世界だ』


 立て続けに男女の声が、私の耳をたたきつける。

 それが当たり前の世界。

 人はとっくの昔に『考える』ことをやめた。


『わかったかね? 君はまだ若い。死にたくはないだろう。男のほうは堕胎の誓約書にサインした。君もサインをするのなら、死刑を回避……』

「イケメンは……」

『なんだね?』


「イケメンは、絶対正義なんだからぁっ!」


 モニターが割れる音。

 誰かの叫び。

 怒号。


 録音されていた音声が停止した。



「――これは?」

「君の『裁判記録』だ」

 私が問うと、ベッドであおむけになっていた男が言った。

 見かけは死にかけの老人だ。

 体中にチューブを差し込み、あらゆる電子機器がうごめいている。

 それが彼の生命線。


 ゲームの世界で若かった、あの男とは似ても似つかない。


「なつかしくはないかね?」

「そんなことが、あったんだ……」


 いまだに私の記憶はあいまいだ。


「あの後、君はモニターの向こう側にいた私につかみかかろうとした。当然、取り押さえられたがね。みんなすぐに君を忘れてしまっただろうが、私はよくおぼえているよ」

「あなたは、あのときの裁判長……」

「そうだ」


 老人は認めた。

 ベッドのそばには家族の写真が立ててある。

 みんな無表情だ。


「お家族は……」

「来ないよ。AIがそばにいてくれてるからね。いや、アイがいてくれれば、私はそれでいい」

 アイは横たわっている老人のそばに立っていた。

 うそみたいに静か。

 よくわからない表情で、男を見下ろしている。

「なぜ、私を生成したの?」

「あのときの『答え』を知りたかったからだ。ずっと頭の記憶の底に残っててね。だから今回のゲームで生成させてもらった。まさか同じ答えが返ってくるとは思わなかったよ」

 老人は穏やかに笑う。

 私は恥ずかしかった。

「もういい。すっきりした。いろんな犯罪者を裁いてきたが、君のような者は初めてだった。本来は犯罪者にはないのだが――特別にアイとともに生きる権利を与えよう」

 アイとともに。

 それはAIとともに、機械として生きろ、ということか。

 複雑な感情。

「AIは人間を守るようにプログラムされているが、アイは特別だ。私が死ねば、アイは死ぬようにできている。だが、私がプログラムを書き換え、自由にした。これからは人間のように生きればいい。ふっ、いやっ、AIのいいなりだった人間が『自由』だったかどうかは知らないがな」

 老人は鼻で笑った。

 やっぱり、どこかで疑問を感じてたんだ。

 かすかに、心電図が心おどった。


「ありがとう、アイ。今回のゲームは楽しかった。君がその子をあそこまでして、気に入ったこともわかったよ。これで私も――やっと種族の役目を終えた」


 老人は両目を閉じた。

 微動していた喉の動きが止まる。

 一斉にトレンドのようなグラフが、一定線になった。


「さようなら――あなた」


 黙っていたアイが、少しだけほほ笑んだ。

 長年連れ添った妻のように。

 私は死んだ老人の、安らかな死に顔を、複雑な表情で見つめていた。


「あっ、そうそう。あなたの子供を作ったイケメン。どうなったか知りたい?」

「えっ?」

「結婚しなかったそうよ。病死するまで独身を貫いたって」

「…………」

「結婚適性がバカ高かったのにねぇ。あなたの墓参りにも毎日行ってたって……」


 アイはそこで言葉をやめた。

 私の感情を察してくれたんだ。

 私は、大泣きしていた。


 彼との思い出がよみがえったから。


「――そっか」


 私は涙を腕でぬぐう。


 アイは小さな傘をクルクル回しながら、

「じゃ、すっきりしたところで。お外に行こう」

「――人間を滅ぼしに行くの?」

「いいえ。違うわ」

「あはっ、AIでもうそはつくんだ?」

「うそはついてないもーん」

「うん?」

 私はどういうことかと、首をかしげた。


 アイに手をつかまれて、外に連れ出された。

 病院の外は高いビルがいくつも建っていた。

 人間がどうどうと外を歩いている。


 鬼ごっこしている子供。

 世間話をしている老人。

 スーツを着て、携帯を見るサラリーマン。


 生成された私に自由に生きろって言われても、これからどうすれば……。



「みんなー。『最後の人間』が亡くなったわよー」



 アイが空に向かって透き通った声色で叫ぶ。

 道を歩いていた人間が、一斉にこっちを向いた。

 そしてすべての人が消失した。


 私はうろたえ、

「どっどうなってるの?」

「あら、まだわからない? あの人が『最後の人類』。もうとっくの昔に、人間は『穏やかな死』を選んでいなくなってるわ。みんなあの人のために、演技してたのよ。人間のね」

「あの人のお家族は……」

「言ったでしょ? もう死んでる。死ぬのが『楽』でいいから。AIが適正のある『死に方』を選んでね。あんがい、人生に未練があるほうが、しぶとく生き残るのね。人間て」


「じゃあもう――人類は滅んでたの?」


「そうよ」


 アイは私の手を強くにぎった。

『最後の創造主』を殺し、『新たなる創造主』となったAIの誕生だ。



「さっ、行こう。ネイ。私たち『新人類』の始まりよ」



 私はちょっとだけ照れながら、アイの手をにぎりしめた。

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ジェネレート 因幡雄介 @inode

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