サンタはここにいる
朽葉陽々
前編
冬休み前、終業式の後。商店街のアーケードを通って、ぼくは家に帰る。
商店街には、いろいろなお店がある。ぼくはこのところ、あるお店の前で、毎日足を止めていた。
古い建物の本屋さん。通りに面した大きな出窓には、いつも季節に合わせた飾り付けがされている。今はきらきらした飾りや、素朴なおもちゃに囲まれて、クリスマスにまつわる絵本が飾ってあった。
きらきらして、あたたかな、幸せなクリスマスの飾り。
ぼくはそれが無性に気になって、どうにもそれを見つめたくなってしまって、気づけば毎日、そのためだけに立ち止まってしまうのだ。
いつもなら、ぼくは一人でそれを見たあと、あわてて家に帰るのだけど。今日は違った。
「よう、寒くないか?」
話しかけてきたのは、背の高い男の人だった。多分、ぼくの父さんよりは年下だろうけど。ちょっと年が分かりにくい顔をしている気がする。黒いコートの襟元から、シャツの襟とネクタイの結び目が覗いていた。
「……平気」
「そうか? 眺めてばっかいないで、うちに入ってもいいんだぜ?」
「うち?」
「ん? ああ。俺の親父、この本屋の店長なんだ」
「そうなんだ。……お店の前に居座っててごめんなさい。もう帰ります」
「いやいや、気にするなって。長々とディスプレイを眺めてる子どもなんて、珍しいもんでもないし」
お兄さんの言葉に、ぼくは首を傾げてしまう。
「……じゃあなんで、ぼくに声をかけたの?」
「そりゃあ、なあ。これを見て、楽しそうでも嬉しそうでもなく、悲しそうにしてる子どもは珍しいから」
「……ぼく、悲しそう、だったの?」
尋ねると、お兄さんは小さく頷いた。
「ああ。何か不安なことでもあるのか? サンタが来てくれるかとか、プレゼントが頼んだ通りのものかとか……」
ぼくは首を横に振った。
「違うよ。そんなこと、心配なんてしない。……サンタなんて、どうせ来ないもの」
ぼくの家には、今まで一度だって、サンタなんて来たことがない。
どれだけ頑張って良い子になろうとしたって、一度も。
「……そうか。じゃあ、何が不安なんだ?」
「……あの、さ。……サンタって、本当にいるのかな?」
そう言って、思わず俯いてしまう。
だってそうだろう。一度も来たことがないんだ。プレゼントなんて、もらったことないんだ。だったらサンタなんて、本当はどこにもいないのかもしれないじゃないか。本当はいやしないものを、いるってみんなで言い張ってるだけなんじゃないか?
そう考えたら、いるはずのサンタが来ないことより、よっぽど不安だった。
「いるよ」
だから、その声に、思わず顔を上げてしまった。
とても力強く、揺れることのない声。
「サンタはいる。どこにでもいるし、誰だってなれる。魔法使いやヒーローがどこにでもいるのと同じように、サンタだってどこにでもいる」
「……じゃあ、ぼくのところにこないのは? たまたま、ぼくのまわりにいなかっただけ?」
ぼくの質問に、お兄さんは少しだけ眉間に皺をよせて、ぼくのことをじっと見つめた。それから腕を組んで小さく唸ったあと、こう答えた。
「……いいや。それはちょっと違うな」
「違う?」
「ああ。きみのところにサンタが来なかった理由は、たったひとつ。……他ならぬきみ自身が、サンタとしての力を持つからだ!」
え?
お兄さんは堂々と言ってのけたけど、正直、何の感慨も湧かなかった。
来てくれたことも会ったこともない、噂しか聞いたことのないような存在の力があるって言われても、困るだけだ。
「ああそうか、いきなり言われても困るよな。……でも、本当のことだぜ? 同じサンタである俺には分かる。それに……サンタからのプレゼント、貰ったことがないんだろ?」
ぼくはゆっくりと頷く。
「サンタのところにサンタは来ない。サンタがサンタである以上、クリスマスプレゼントは貰うものではなく、配るもの、子ども達にあげるもの。……俺としては、ちょっとどうかと思う仕組みだけどな」
お兄さんが苦く笑って、でも、と続けた。
「でもさ。ただプレゼントをもらえないだけの子どもでいるより、サンタだから貰わないだけだって思えた方がずっとましだろう? 俺も、ずっとプレゼントが貰えなくって悲しかったけど、自分がサンタだからだって知ったら平気になった」
そんなことを、言われても。
どんなものかも知らないものに、なれるって言われたって。想像なんてつかないし、実感だって湧きやしない。
サンタなんて知らない。プレゼントなんて来ない。クリスマスなんて、ショウウィンドウの向こうで、遠くきらきらしているものだとしか思えない。
「――じゃあ、知ってみないか」
お兄さんは、囁くように、低く声を落とした。
「サンタのことを。プレゼントのことを。クリスマスの暖かな輝きは、きみが思うより身近なものだってことを、俺たちと一緒に知ってみないか」
「……それって、どういう……」
「明後日にはもうクリスマスだ。サンタの仕事、きみもやってみないか? いっとう新入りの見習いとして歓迎するぜ」
お兄さんの誘いは、とても現実離れしていて、到底信じがたくて。
でも、もしも、本当なら。クリスマスが楽しいもので、プレゼントは嬉しいもので、サンタはちゃんといるのだとしたら。そうだって、ぼくも、感じていいのだとしたら。
それは、とても、素適なことに思えて。
「――やります。サンタ見習い、やらせてください」
ぼくは、お兄さんが差し出した手を取ってそう言った。
サンタはここにいる 朽葉陽々 @Akiyo19Kuchiha31
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