第12話 魔法の才

「ラクリア、普通の魔法が使えないんです」


あまりにも衝撃的な発言に魔王とレフィレトスは一瞬固まってしまった。それも無理がないこと。


彼女との出会いは敵としてだった。相対した時、ラクリアは闇元素の魔法の究極、空間改変を使用したのをよく覚えている。だからこそ、その魔法に魅了され、滅ぼすのではなく配下に加えようとしたのだった。


確かに空間改変以外の魔法を見たことはなかった。しかし空間改変ほどの上級魔法が使えるならば魔法技術と魔力量は常人をはるかに逸脱したものであるから特に気にはしていなかった。


「どういうことだ?空間改変を使えるお前ならばそれほど複雑な魔法でない限り術式を見れば簡単に組むことができるだろう?」


「それが……」


先から言葉がたどたどしく、また彼女らしい明るく元気な様が失われている。いつも肌身離さず抱いているウサギの人形を強く握り、付いた皺が彼女の感情を表している。


「今この場で罪悪感を抱いてもどうしようもない。全て忘れてどういうことかちゃんと話すんだ」


現状にあれこれ言うことは好きではない。もっと建設的に話を進めなければ時間の無駄だ。


「すみません。実はこれまで魔法を教わったことが無かったんです。ラクリアが使えるのは生まれた時から使える空間改変とさっき使った始原魔法だけなんです。ですが始原魔法・月読命ツクヨミを使うには魔力が足りないんです」


「始原魔法は現代の魔法と違って魔力効率を考慮せずに作られた魔法だ。だからこそ、その分のリソースを魔法威力に割けられる。確かにそれを使うのに要する魔力は大きいが空間改変を使えるお前にとっては何も問題ないのではないか?魔力を隠蔽してから数百年、今のお前の魔力はわからないが最後に感知できた時はそこそこあったじゃないか」


「ラクリアはそんなに魔力が大きくないんです。でもラクリアは魔力を蓄えることができます」


魔力を蓄える?人の魔力を盃に入る水のようなものだ。盃が大きければ大きいほど有する魔力の限界が大きくなる。しかし盃に容量以上の水を注げば溢れるように魔力も器以上には蓄えることができない。


「それは無理だ。それを可能にする種族がこの世界に存在するのかはわからないが吸血鬼にはできないはずだ」


それは吸血鬼の俺が一番わかっている。


「ラクリアがどうやって生まれたのかを知っていますか?」


「そうか、そうだったのか」


「まさか創造体ですか?」


そう言ったのはレフィレトス。過去に俺と共にラクリアの元へ向かい、彼女と対峙したものだ。その言葉にラクリアはこくりと頷く。目に闇を含ませ思い出したくない過去に憂鬱さを感じている。


「そうです。ラクリアは純粋な吸血鬼じゃなくて創られた吸血鬼だからです。ラクリアは毎日少しずつ魔力を蓄えられます」


「その上限は?」


「ありません。だけど魔力が溜まる速さは普通の吸血鬼より遅いのと使ったらまた貯めなければなりません」


「ふふっ。素晴らしい。そんな大事なことを隠していたことには憤りを感じたが、それ以上の収穫だ。ラクリア、これからは単独で窮地を迎える時以外は魔法の行使を必要最低限に制限しろ。それを先のことの贖罪としよう」


魔王はニヤリと笑い、命令を下した。


「よくわかりませんがわかりました!」


その返事にはいつものラクリアの元気が表れていた。許されたと思い込んだのだろう。


「それにしてもラクリアにこんな秘密があったとは……とても驚きました」


「ごめん。レフィレトス」


ぺこりと頭を下げて謝るラクリア。その様子を見てため息をつくレフィレトスだが過ぎたことに何も言うことができないもどかしさを感じて、ため息をつく以外彼にもわからない。


「これ以上何も言うことはありませんよ。ラクリアが魔法を使わなければならない状況が来たら私がうまくカバーしますよ。それがジュン様の命令なんですから」


「ありがとう」


「ところで、ジュン様はお試しにならないんですか?」


淀んだ空気を追い払うかの如く咳払いをし、彼は話を変えた。試す……とはこの授業の課題のことだろう。


「俺がやっても面白くはないぞ?」


「ジュン様がやってるところを見たいのです。そうですよね、ラクリア」


「うん!ラクリアもジュン様の魔法が見たいです!」


「それは僕も見てみたいですね」


誰の声だ?レフィレトスのものでもラクリアのものでもない低音が耳に届いた。少し距離のある場所から発せられた声の主に目を向けると、そこにはフォン先生がこちらに歩いてくるのが見えた。生徒たちの様子を見て回っているのだろう。


「いつからそこにいたんですか?」


レフィレトスは真っ先に彼に向かってそれを投げかけた。普段の穏やかな雰囲気を保ちながらも、しかしながら内には冷酷さを持ち合わせて。


「たった今ですよ。みなさんが課題をしっかりこなせているか監督する義務があります。故にこのように一人一人回っているのです」


「そうでしたか、先生。ご苦労様です」


「それよりもジュンさんは課題の進捗具合を見せてくれないのですか?先ほどは素晴らしい魔法がこちらの方から放たれるのが見えましたが、レフィレトスさんのものですかね」


「ああ、あれはレフィのものだ。俺にとっては何とも興味の惹かれない課題なんでな。理由はそれだけだ」


俺は一歩前へ踏み出し、フォン先生の視線が真正面に立つレフィレトスから自身に移るのがわかる。


「大きく言いますね。あなたが退屈するのであれば僕にも落ち度があるところです。それではこうしましょう」


これまで一切感情を顔に出さなかったフォン先生だが、初めてそれが崩れる。


なるほどフォン先生はこう笑うのか。


口角は上れど鋭い目は変わらない。存外、我々悪魔のようだ。


「僕と勝負でもしましょう。ルールは簡単。丘の向こうに見える的を打ちます。より早く撃ち抜いた者の勝ちです。ただ……それだけではつまらないと思うのでもう少し緊迫するような条件をつけましょう」


「構わん、すべて任せよう」


「あなたが負けたら退学してもらいます」


退学か……二日目の登校で言われることとは到底思えないな。しかしその言葉が、ただ俺の焦った顔を見たいがためのものなら稚拙にも程がある。


「異論はない」


すぐさまそう言った。


「はぁ……まったく動じませんか。僕はあなたが少しでもこの授業を前向きに取り組んでもらいたかっただけなのですがね。しかし、僕はその権限を持ちません。そうですね……ではこの授業の落単にしましょう」


「俺が勝った時は今後何があろうとこの授業を最高評価で通らせてもらおう」


仮初とはいえ、暫くはこの地に留まることになる。毎回毎回この調子ではかなり縛られてしまう。今の望みはそれだけだった。


「良いでしょう。早撃ちを得意とする僕に挑むのです。それくらいの見返りがあっても何も不満はありません。ですが、負ける気はありません」


「では超越者の力の一端を見せてやろう。レフィ、準備が出来たら合図を」


「かしこまりました」


魔王とフォンは互いに距離を取りお互いの魔法が干渉されないようにはかる。狙うは崖の上の小さな一つの的。より早く撃ち抜いたものが勝つ。単純なゲームだ。


「では、3・2・1・はじめ。のカウントダウンで始めたいと思います」


「僕はいつでも構いません」


「俺もだ」


「それでは行きます。3」


全く……一生徒に対して大人気ない態度を取ってしまいましたかね。しかし、これで少しは更生してくれると安いものです。しかし転校生とはいえ、まさか僕のことを知らないはずはないと思うのですが。これでもかつてリエール王国の軍を率いる軍隊長の座についていた。王国に12しかない座。


「2」


今は雑念は忘れよう。さて、今回は魔法の速さを競うもの。威力は小さいが僕が最も早く発動できる風元素の下位魔法・風圧トルを使いましょう。実戦で使うことは限りなく少ない。これはあくまで演技用の魔法です。


「1」


術式は覚えています。あとはスタートの合図とともに術式を構築して放つだけ。簡単な作業です。


さて……




「はじめ!」




「すぐさま術式を立てる!」


フォン先生が出した手の先に翠色の魔法陣が描かれる。単一の魔法陣。簡単な術式が構築までの速さをぐんと上げる。


その光は腕まで一瞬で包み、膨張が爆発するかのように限界に達する。それが魔法発動の合図だということだ。


わずか1秒にも満たない刹那で魔法を構築したフォン先生。今にも魔法を放てるのだ。


「風ー」


まるで時間が止まったかのように途切れた。その魔法も。


彼は言葉を止めた。


何故か?それは極単純なことだ。その先を言っても無駄だからだ。


フォン先生が照準を合わせ打とうとした標的はすでに撃ち抜かれていたからだった。


目を丸くして言葉が出てこない様子。それもそのはず、負けるなんて予想もつかないことだったから。


「……ありえない。僕より早く魔法を発動させただけでなく、僕が魔法を放つ前に勝負をつけさせられるなど」


そのポーカーフェイスも崩れ、青ざめた顔を遠い的に向ける。


「何をした!?それほどまでの魔法!持ってながら何故この場にいる!」


声を荒げ、崩れた顔を俺に向ける。


「何をしたか……か。これが俺の魔法だ。その様子、自分が負けることを考えもしなかったんだろう。まあ、かつての立場を鑑みれば一生徒に負けることは限りなく低いと思うのももっともか」


俺も彼の立場ならそう考える。だが、世界は広い。たとえそれは人族の世界であれど。


「しかし剣聖をはじめとして実力のある若者は多いぞ。その見識は古く固まったもの。変えなければ足元を掬われる」


「……な、なんだと」


「これは薬だ。これからよく考えるのだな」


「……くっ!……いいでしょう。負けは負け。僕にも驕りがあったのでしょう。それを気づかせてくれたことに感謝を。約束は果たしましょう。僕はこれで。」


大きく深呼吸をして怒りを抑えたフォン先生。服の乱れを正し、いつものポーカーフェイスを作り直した。


最後に一睨みを向けられた気がしたが勘違いということにしておこう。ポーカーフェイスの彼に限ってそのようなことはないだろう。


「やっと行きましたね」


颯爽と去る彼の姿をラクリアはずっと見ていた。彼女も彼のことがあまり気に入らなかったのか行ったことで安堵を感じたようだ。


「あれくらいの刺激があるとこちらも面白いものだな」


「ジュン様、今の魔法は一体なんだったんです?」


「ん?あの魔法はレフィには見せたことがなかったか?」


「はい」


これだけ長い付き合いなのにレフィに見せていなかったのか。ならば教えておかなければならない。


「ラクリアも聞いておけ。お前たちは無式魔法という魔法を知っているか?」


「いえ、初めて聞きました」


「ラクリアも初めて聞きました!」


「無式魔法とは術式を構築せずに放つ魔法だ。常理魔法でも異殊魔法でも術式を介さない魔法はそう呼ぶ」


「術式を介さない?そんなことが可能なのですか?」


その疑問は当然のことだ。無式魔法の存在を知らない者にとって術式を必要としない魔法なんてにわかには信じられないことだろう。


「可能だ。術式を分解してその情報を読み取ればな。術式とは人が魔法を行使するために使う媒体という認識を持っていると思うが、本来はさまざまな光の波長を、人が行使しやすい術式に変換して発動しているのだ」


「つまり、その光の波長を理解して同じものを出せれば術式を必要とせずに魔法を使えるということですか?」


「そうだ。術式を使う行為はワンステップ挟んでいるのだ。しかしその光の波長は人が理解するには難解だ。そう簡単に使えるものではない」


「先のジュン様の魔法もそうなんですか?」


「そうだな。あれは威力こそ皆無だが瞬発的な起動力は随一。相手との距離を取るには最適な魔法だ。あれを習得するには100年くらいかかった覚えがあるがな」


「ジュン様で100年ですか……」


「そういうものだ。この魔法は悠久の時を生きる種族の極わずかが使えるもの」


そういえば、かつてヴェルエーヌとの戦いで彼女も無式魔法を使っていた。いったいどれだけ苦労したのだろうか。あんな性格をしていて意外に真面目なところがあるんだな。


「この魔法のことはまた今度教えてやる。俺の後継候補ならばいずれは覚えておかなければな」


「ありがとうございます。その時を楽しみに待っています。それにしてもジュン様は剣聖を例に強き若人について仰っていましたが、彼が少しかわいそうに思えてしまいました」


「まったくだ。少し大人気なかったな。なんせ、俺は彼の10倍以上長く生きているんだからな」


そう、1000年以上生きる大魔法使いが若干20の子供に負けるはずがなかったのだった。



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《Ⅸの支配》〜第五世界最強の吸血鬼が魔王として世界を征服するまで〜 あの世の支配人 @webfantasy_kkym

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