第11話 学園生活2日目
地下迷宮の攻略から二日後。魔王たちにとっては学園アルデイスへの二回目の登校となる。大きく構える校門を越え連なる花畑の道の途中——
「やあ、おはよう」
魔王たちにかかる声が一つ。若々しくそして誠実さが感じられるまさしく好青年のようだ。振り返ればそこには数々の宝石の燦爛たる装飾を施した衣装を纏う金髪の青年が立っていた。現代の剣聖にして勇者とも呼ばれるリディエス・アーベルンである。
「おはよう、リディエス。疲れはもう取れたか?」
「ああ、もう大丈夫だよ。昨日はゆっくり休んだからね」
「それは何よりだ。それでリディエスはここで何をしていたんだ?」
周りの生徒たちと違い、彼は今この学園に登校するわけではなさそうに見えた。手には分厚い二冊の本を抱え、他に荷物はない様子だ。
「そこの学園図書館に寄っていたんだ」
そう言うとリディエスは俺たちの右奥を指差した。そこには大きな建物があり利用したことはないがそれが学園図書館と呼ばれるものなのだろう。
「殊勝なことだ。剣聖ともなると学業においても才を求められるのだな」
「よしてくれ。昔から剣聖という重役が与えてくるプレッシャーにはひどく悩まされているんだ」
「そのことはガイネスが少し言っていたな」
「そうだったね。彼は僕のただ一人の幼馴染なんだ。昔から人との関わりを制限されていた僕にとってガイネスとの関係には本当に感謝しているんだ」
「そうか。少し羨ましいと思うよ」
にわかに表情が優しくなった魔王。普段羨ましいといった感情を他人に抱かない魔王だが珍しく溢れたその言葉は本音に近かった。
「ところで抱えているその本は剣聖についてと剣の奥義について書かれたものだな。その道に精通しているであろう剣聖が今更何を学ぼうと言うのだ?」
「ああ、そのことなんだけどね……」
なんだが歯切れが悪い感じの返事だ。何か言いにくいものを隠しているのだろうか。
「ジュン、君になら言えるんだけど実は先日の迷宮攻略で不可解な出来事が起こったんだ」
彼は少し声を抑え、真剣な様子で打ち明けた。
「それはあの地下七層での死神のことか?」
「いいや。それも確かに不思議たけど僕が言いたいのは別の件なんだ。死神を倒した後、僕は一人の人間と対峙したんだ。仮面を被り声も偽り、正体を知られたくは無さそうだった」
「ほう、魔獣以外にも敵がいたとはな」
「うん。でも本当に驚いたのはその戦い方なんだ。僕と彼は互いに魔法剣士で戦い方が似ているとは思っていたんだけど、最後の一撃でわかったんだ」
「もしやリディエス——剣聖の技でも繰り出したのか?」
俺がそう言うとリディエスはこくりと頷いた。
「そうなんだ。あれは確かに剣聖の奥義で、僕の家系と一部の者以外は使える以前に知ることすらないもの。それが敵に知れ渡っているのは看過できない」
「確かにそれは耳だけでは信じられない状況が起きたのだな。しかしそれを知る者が限定的なら正体を隠していたとはいえ、誰かは簡単にわかるのではないのか?」
「そうだね。だから僕はこれからそのことについて調べようと思うんだ」
「そうか。大変だとは思うが誰かわかるといいな」
「ありがとう。なんとしてでも彼を見つけてもう一度話をしなければならないからね」
正解に辿り着けるといいな。予想もしない仮面の男の正体に。
「おはよー!」
今度はまた違う方向から魔王たちに声がかけられる。少女の声をした正体は同じクラスのアイリスだった。そしてその隣にはガイネスが立っている。
「みんなして何を話していたんだい?」
「それは——」
俺はガイネスのその問いに一瞬躊躇った。反射的に言葉を発してしまったがリディエスが言ったことをアイリスたちに話せるものなのか俺は知らない。
「いやなんでもない話さ。今日の授業について彼らに教えてあげていたんだ。迷宮探索を経てかなり親しくなれて忘れそうだけどこう見えて彼らは今日が二回目のアルデイスへの登校なんだからね」
リディエスは俺の代わりにガイネスの問いかけを引き継ぎそう答えた。幼い頃から共にしたガイネスの前で仮面の男の話を隠すはずもないと思うが、この場にアイリスがいるのを考慮した結果なのだろうか。
「そうか、そうだったね。一昨日は迷宮探索という滅多にない特別な授業だったからね。今日はいつものアルデイスを味わえる授業だと思うかな」
「そうなのか。とても楽しみだよ、ガイネス」
「じゃあこんなところでたむろしてないでさっさと行くよ!」
アイリスはみんなの間を通り抜けて先に進むように促す。同時にアルデイスには鐘の音が響き渡り魔王たちは小走りで教室へと向かうのであった。
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「今日はここで遠距離魔法の練習をします」
始業の鐘が俺たちを教室へ向かわせると時置かず、学園棟のすぐ外に設置される演習場に連れて行かされた。
ここでは魔法の実技演習が行われ、その用途にあわせた作りが施されている。光と物を遮断しないが、人の身から離れた魔力の一切を通さない結界が演習場とそれ以外を分断する。
故に魔法が校舎まで届くことはないがこの作りは人族を魔族から守る大結界を想起させる。もっとも、術式の複雑具合は月とスッポンである。
この授業を担当する教師はフォン。風元素の魔力を有し、弓矢のごとし速さで標的を撃ち抜くのが得意な者とのことだ。
「君たちは入学してまだまだ日が浅い小童揃い。僕があなたたちを指導し、一年が経つ頃には立派に成長してるでしょう。そのためにも今は課された試練を一個一個こなし積んでいきなさい」
言葉の一つ一つに丁寧さが詰め込まれているように感じさせる声だ。
「新しい顔もあることなので今期の課題を再び説明しよう。今期は主に二つの課題をこなしてもらいます。一つは100メートルを超える遠距離の魔法。今僕たちが立つこの場所から概ね100メートル地点に的を設置しています。つまりはあの的を打ち抜きなさい」
フォン先生が指を指すは魔王たちの背後。皆が振り返るとその先には小さな的がいくつか立っていた。おそよ半径50センチメートルの円看板だ。
「しかし届けば良いというものでもありません。的には魔法による強化を施しているので注意してください」
目を凝らせば確かに魔力を感じる。しかしとても強いとは言えない微弱な魔力で、近距離ならば破壊するのは誰にでも容易と言って良いだろう。
「二つ目の課題は魔法の発動速度の練習です。みなさんは今の状態ですと魔法の術式を構築してから発動するまでに、平均五秒はかかるでしょう。もちろん得意な魔法ですと少しはマシにはなるでしょうが。しかしその程度ではとても実戦では使い物にはなりません」
それは本当である。複数人のチームを組んだ戦い方では時間をかけた大魔法を使うことも叶うが、単騎となると話は別だ。どんなに強力な魔法でも発動までの時間が遅ければ当たることはない。無駄に終わるのである。一流は一瞬の隙をも見逃さず、魔法を放つ前に為す術なく殺されることはよくある話だ。
「たとえ一人になろうと、そして相手が接近戦が得意で魔法使いにとっては脅威の剣士であろうと戦わなければならない状況は山ほどあります。魔法の種類は問いません。発動時間を二秒にしなさい。来る時に向けて鍛錬しなさい」
フォン先生の最後の引き締まった言葉に皆返事をし、それぞれの練習へ向かい散らばった。
俺はレフィレトスとラクリアと連れ、フォン先生と少し離れた場所へ向かった。
「これくらい離れていれば会話は聞かれないだろう。わざわざ一つ一つの授業を丁寧に受ける必要はないがせっかくだから付き合ってあげようじゃないか」
「そうですね。しかし我々の普段の魔法を見せては面倒でしょうから初級から中級魔法に抑えた方が良さそうですね」
「その加減はお前たちの判断に委ねる。どちらにせよ二人とも、お前たちは魔王軍の幹部を担う者。この程度の課題容易にクリアできるはずだ。その実力を俺に見せてくれ」
「かしこまりました。ジュン様に魔法を見てもらう機会はそうそうありませんからね。さあラクリア、私たちの成長した姿を見てもらいましょう!」
「……うん」
レフィレトスはわかりやすくやる気を見せそう言う。しかしラクリアは引き攣った笑顔を作り、頑張って返事をした。
もしかしてこいつ……
「
指をまっすぐ胸の前で伸ばしそう唱えると魔法陣が現出し氷塊を放った。発動時間わずか一秒。そして100メートル先にある的を簡単に撃ち抜いた。
「人間界にいることも考慮して今回は人族でも使えて且つ能力の高さを示すことができるパフォーマンスを心掛けました」
普段なら魔法の大杖を使って魔法を行使するレフィレトスであるがそれをしなかったのはここが人間界だと言うことを片時も忘れてはいなかったからだろう。
「魔法の精度は中々だが発動時間を今の半分にしろ。我々行為の魔族同士の戦闘では魔法を構築すると同時にすでに発動しているものだ。そこにタイムラグがあってはまだまだ及第点に至ることはないと思うことだ」
「心得ました」
しかし、まあ大したものだろう。俺が最後のレフィの魔法を見た時はもっと酷かったのだから。確実に成長しているのがわかる。
「じゃあ次はラクリアがやってみろ」
「……はい」
一歩前に出たものの体をもじもじさせもたついた様子でこちらを伺う。
「いつでも始めていいぞ」
「……はい」
大きく息を吸って深呼吸すると覚悟を決めて準備に取り掛かるラクリア。
「世界の闇よ!ここに集い形を成せ!」
ラクリアの声に反応するかのように彼女の全身が闇に包まれる。闇は次第に彼女の指、一点に集まり弾の形を成す。
「
指から放たれた闇元素の魔法・
「闇元素か。魔族、とりわけ吸血鬼にとっては主流な元素だが人族にとっては珍しい類のものだろう」
「しかもこの魔法は始原魔法ですね。以前魔法書で目にしたことがあります。まさかラクリアがこのような上級魔法を使えるなんて思いも知りませんでした」
レフィレトスもラクリアのこの魔法には驚きと興味を示していた。確かに始原魔法は歴とした上級魔法である。しかし真に驚くべきはこの失われた神話の魔法の術式を知っていることだ。一体どこで知り得たのだろうか。
始原魔法を放ったラクリアに感心する二人。
魔法発動時間はレフィレトス同様まだまだ改善の余地があるがこれならば的を撃ち抜くくらい造作もないだろう。先はラクリアの様子から少し心配したが杞憂に過ぎなかったな。
そう今にも的を撃ち抜く……
「「え?」」
……はずだと思っていた。だからこそ俺とレフィレトスは合わせてその言葉が口から咄嗟に出てしまったのだ。
理由は明白。完全に魔力不足が原因だ。
「始原魔法を使うから相当な魔力を持ち合わせているかと思いきや、まさか注ぎ込む魔力量と的との距離を見誤るとはな」
ラクリアはその場で膝を地につけ俺を見上げる。息を荒げ、今の一瞬でかなりの疲労を負ったように見える。
「その様子、魔力を思い切り注ぎ込んだ感じだな。そこまでしてあれまで届かないとなると元よりこの魔法を使いこなせていないことになるな。なぜこの魔法を選んだのか聞かせろ」
わざわざ始原魔法といった上級魔法を使わなくてもあの的を撃ち抜くなど我々にとっては容易なはずだ。そこにどんな意図があるのか俺は知らない。
俺がそう言うとラクリアは一瞬俯き、申し訳なさそうに話し始めた。
「実は……」
その次の言葉に詰まる。しかしこのまま隠し通せる訳もないのは自身が一番良く理解している。少し間を置き、決心して続く言葉を言った。
「ラクリア、普通の魔法が使えないんです」
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