第39話 襲撃者を殺さない。

 俺たちは山を下りると、馬を走らせてリューベの森へと駆けた。


 お化けの巣みたいな陰気くさい森の中に小さなテントを張り、たき火を起こす。

 そして馬を逃し、かねてから用意していた赤の部族たちが着る戦闘服を着込む。


 赤の部族は戦いにおいて速さを重視するので、鎧というよりただの厚い服なんだけど、これさえ着れば俺たちも赤の部族の仲間入りである。


 赤の戦士が少数で森をパトロールしていると敵に勘違いして欲しかった。

 ベルペインの王子がここにいると思われたくなかったのだ。


 俺とサラはすぐに着替えるが、誇り高い紫の部族であるグレンとラミはその服を触れるのも嫌なようで、


「こんなの着れるか!」


 と怒ったが、我慢できたのはせいぜい十分で、結局はサラの無言の圧に耐えきれず、渋々戦闘服を着ることになった。


 それからの一日は俺とサラにとってはいつもの待機時間であったが、グレンとラミにとっては、一生忘れられない時間になっただろう。


 いったいこんな所で何をしているんだという焦りに追われていた彼らも、森の奥から忍び寄る殺気をじわじわ感じ取ったに違いない。

 それはまるで静電気のように、バチバチと腕や首をなぞる。


 サラが言ったことが正しいと気づいた彼らは、緊張した面持ちでたき火の前から動かなくなる。


 やがて遠くから馬のひづめと男たちの叫びが聞こえてきた。


「赤の部族が動いたみたいね……」


 ラミが呟いても、グレンはそんなことどうでも良いとばかりに、焚き火の炎を睨みつけるだけ。


「王子……、グロウバの魔術師どもがここを通るとしたら、いったい何人来ると考えておられますか?」


「おそらく500」


 俺の見積もりにグレンとラミはがく然とする。

 たった四人で五百人の魔術師とやり合おうとしているとわかったからだ。


 無理だと戸惑うふたりに俺は今回の作戦内容が書かれた紙を手渡した。


 この段階に至っては敵がすぐそばに来ている可能性もある。

 これからすることを迂闊に声に出したら自分たちの動きを敵に悟られてしまう。


 紙にはこんな事が書かれている。

 

 森に潜む敵は伏兵であり、主力部隊は森を迂回して北から来るはず。

 伏兵は森を駆け抜け、赤の部族の集落を襲う。族長ゴルドを含めた戦士が戦いに出て行ったため、集落には女性と子供しかいないから、この状況で襲われたらひとたまりも無い。

 伏兵部隊はこれ見よがしに集落を燃やしてゴルドを動揺させる。

 大急ぎで戻ってきたゴルドの背後を主力部隊が襲う。これが敵の計画である。


 俺たちは伏兵部隊全員をここで迎え撃ち、追い返すのだ。


 この計画はサラとふたりだけで行うつもりだったが、急に二人増えたため、若干作戦内容を変えている。

 ラミやグレンがこの戦いにおいてどう動くべきか、きっちり書き込んだ。


 俺のメッセージを熟読したラミとグレンは深呼吸をした後、俺に小さく頷く。


 あのジュシンさんに選ばれた優秀な人材だ。

 いろいろ不満はあろうが、時が来ればしっかり気持ちを整えてくれる。


 そして、ついにその瞬間が来た。


 敵は姿を消したまま、杖の先をグレンの背中にピタリと付けた。


「動くな」


 魔法を放つための杖であっても、その先端はアイスピックのように鋭く尖っている。これで刺されたらひとたまりも無いだろう。

 

 グロウバの魔術師は日本でいうところの忍者みたいなもんだ。

 鋭い動きと不可思議な術で相手の先手をとり、制圧する。


「……」


 黙ったまま、両手を挙げて無抵抗の意思を示すグレン。

 それを良しとしたグロウバの魔術師は姿を消したまま俺たちを脅す。

 

「赤の民よ。お前たちはすでに包囲されている。死にたくなければお前たちの里に我らを導け。悪いようにはしない」


 しかし俺は言った。右手には固く尖った石がある。


「エッジと比べたら、君らの魔法はひどすぎるな」


 姿を消していると思っていても、俺にはバレバレだった。

 制作費のない映画のコンピューターグラフィックのような、一目で合成とわかるつなぎ目があるのだ。


 俺は持っていた石を相手のおでこ目がけて投げた。

 

 うわっという叫びと同時に魔術が消え、グロウバの魔術師が姿を表す。


 グレンはその瞬間を見逃さず、一本背負いで相手を地面に叩きつけると、すぐさま豪腕で殴りつけて失神させた。


「見たか卑怯者!」


 勝ち誇るグレンであったが、既に俺たちの周囲には十人を超える敵がばたばたと倒れていた。


「え……?」


 呆気にとられるグレン。


 視線の先にサラがいた。

 サラを中心にして、大勢の敵が倒れていたのだ。


「す、すげえ」


 つい本音をこぼしてしまうグレン。

 それくらいサラは速く、強かった。


 彼女の右手にはマイン王子が作った刃のない短刀が握られている。

 人を斬ることはできないが、刃に込められた強烈な電撃で相手の意識を奪う超強力な武器だ。

 サラはその剣を「ナディア」と名付けている。

 サラを産んだ直後に亡くなった母親が、もし妹ができたら「ナディア」で、弟ができたら「ルック」と決めていたそうで、そこからとったらしい。

 

 このサラとナディアの組み合わせはまさに最強タッグであり、グロウバの魔術師であろうとかなわない。


「坊ちゃま、はじめましょう」


 その声が作戦開始の合図だった。


 ラミが得意の弓で大木の枝にぶら下がっていた紙袋を射つと、開いた穴から大量の白い煙がこぼれだし、森を包んでいく。


 あらかじめ用意していた魔法の霧だ。

 この霧のせいで視界は一気に悪化し、グロウバの魔術師は敵が襲撃に備えていたと気づく。

 しかしその時点で彼らは後手を踏んでいたのだ。


 電光石火の勢いでサラが魔術師たちを「ナディア」の電撃でダウンさせていく。


「敵だ! 殺せ!」


 叫んだところでサラは見つからない

 彼女にとっては霧なんぞ何の障害にもならないからだ。

 

 森の中で聞こえるのはサラの一撃を浴びて失神していく魔術師の悲鳴ばかり。


 どうにかサラの攻撃を避けて森を抜けようとする魔術師がいたとしてもグレンとラミが弓と槍でダウンさせていく。

 彼らが持っているのは木製の武器なので殺傷能力は皆無だ。しかし二人とも優れた戦士であることに変わりは無いので、急所と呼ばれる部分に鋭く重い一撃を浴びせて、確実に相手をダウンさせていく。


 とはいえ、ずっとこんなことを続けているだけじゃ勝算はない。

 数に差がありすぎるのだ。いずれは包囲を抜けてゴルドの集落に辿り着いてしまう連中も出てくるだろう。


 勝利を決定づけるためには、俺の魔法が必要になる。


 この世界における最高位の魔法が神和魔法であり、七年前、俺はバンホーという神和魔法を使って事態を打開したことがあった。


 あれから少しずつ神和魔法についても学習を続けていた俺は、殺さない俺ルートを達成するために役立ちそうな神和魔法をいくつか見つけていた。


 その名もギルモア。

 

 この世界に必ず存在する風、水、木々のかすかな音を束ね、操り、それを耳にした相手を催眠術にかける。

 そして対象にある幻覚を見せる。


 相手が「見たくないと思っているもの」

 人によってその幻は違ってくる。

 家族が目の前で殺されていく幻、恋人が他の男に抱かれている幻、自分が愛した国が炎上して滅んでいく幻。


 いずれにしてもギルモアの魔術にかかった人間はその幻に耐えきれず、その場を半狂乱の状態で後にするしかない。


 俺は息を整えると、地面にあぐらをかき、目をつむり、呪文を唱えはじめる。

 

「ギルモア、お前の望むがままに。ギルモア、お前の欲するままに。ギルモア、彼らが拒むすべてのものを。ギルモア、お前が導け」


 ここら一帯から空気が抜けて真空になっていく感覚。

 ギルモアが発動していく。


 グロウバの魔術師たちが今、最も見たくないものは何か。きっとそれぞれ違うだろう。

 ただ最悪なものを見ていることに間違いはない。


 さらに俺はあらかじめラミに一つの指示を出していた。

 

 空気が変わったと感じたら、この森で一番大きな木にぶら下がっている赤い袋を撃ち落とせと。

 

 そうすれば赤い煙が大量に森を包むだろう。

 

 この無害な赤い煙が、ギルモアの術を浴びたグロウバの魔術師には業火に見えるはずだ。

 自分が一番目にしたくないものを見た状態で、自分の周囲が炎上している様を見る。

 まさに地獄絵図。


 どんな人間だって耐えられない。


 効果はすぐに出た。


 火を放たれた!

 逃げろ!

 どけ!

 

 戦い慣れているはずの魔術師たちが取り乱しながら森の外へ逃げていく。

 大事な武器まで投げ捨てて。


 ここまで来たら、俺たちが戦う必要はない。

 一目散に逃げていく魔術師の背中を見送るだけだ。


 グレンは唖然とした顔で俺に聞いた。


「あなたは……、何年も前からこうなることを予期していたのですか?」


「ああ、ジュシンさんとずっと計画を立てていた」


 事前のテスト勉強が大当たりといった感じだが、まだまだこんな所で浮かれてはいられない。


「まだ終わってないよ。今度は主力部隊が相手だ」


 伏兵部隊は追い払ったが、主力部隊は森を迂回してゴルドを背後から襲うつもりだ。こいつらを懲らしめないとこの戦いは勝ったといえない。


 しかしラミは待ってくださいと俺に訴えかける。


「今度も私達だけでするつもりですか? 相手は千を超えますよ?」


「基本やることは一緒だから問題ないよ」


「で、でもここから主力部隊に追いつくには距離的にもう……」


「心配ない。そろそろ来る頃だから」


 え? と、ふたりの新人が首をかしげたとき、絶妙なタイミングであの声が聞こえてきた。


「はーはっはっは! はーはっはっは!」


 もう何百回も聞いたあの高笑いが遠くから聞こえてきた。


「あ、あの声……」

「まさか……」


 狼狽するふたりの新人の顔には、


「めんどくせえのがくる」


 とはっきり書かれていた。


 そう、マイン王子が約束通り、ここにやって来た。

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やがてラスボスのサーガ - 史上最狂のラスボスの少年時代に転生した男。恨まれたくないので殺す予定の連中を原作無視して生かすと誓う! はやしはかせ @hayashihakase

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