第38話 やがてラスボスになる男とその仲間達。
それから俺とサラは新人二人を連れて、物見の崖と呼ばれる大きな岩山を登った。
普通に歩いて行ったら一日かかっても頂上に登り切るのは不可能なくらい高い山なのだが、マイン王子が作った魔法じかけのリフトのおかげでものの数分で頂上までやって来れてしまう。
ここの頂上からイングペインの土地のおおよそ全体を見回すことができるので、何かにつけて俺とサラはここにやってきていた。
ジュシンさんが押し付けた新人グレンとラミは今のところ、俺のやることなすこと全てに反抗的である。
「こんなところで一体何をするつもりです? 高みの見物をするとでも?」
帰りたい感丸出しのラミ。
戻って仲間達と石の争奪戦に加わりたいのだ。
グレンに至ってはさらにこうも言う。
「ここで稽古するのであれば、ぜひやりましょう。なんならお二人同時を相手にしても構いませんよ」
自分の力に絶大の自信があるらしい。
「あなた達をここから落とせば、石を手に入れるより価値のある行為になる」
「それは遠慮しとくよ」
俺は苦笑しながらサラに声をかける。
「様子を見る。サラ、あれを渡してやって」
あれ、とはマイン王子が作った双眼鏡である。オペラグラスのような小ささなのに、見事な魔法でとてつもない距離までくっきり見ることができる。
「こ、これはっ!」
さっきまで拗ねていたラミが子供のように笑顔になる。
「私たちの集落まではっきり見える! 私の家まで……! 私のこと見えるかな!? お父様〜!」
手をブンブン振ってはしゃぐラミ。
その背中をグレンが小突くと、ラミはハッと現実に戻った。
「こ、これがその、なんだっていうんです?!」
「リューべの森を背にして赤のゴルドが陣を敷いているね。あの人は黒のリンガムと小細工なしの真っ向勝負をしたくて動いてないんだ。そのためにはもう少しリンガムに近づいてほしい。ただそうすると、南にいる蒼の部族が邪魔になる。黒と戦ってる最中にアレックスが横から突っ込んできて襲い掛かったら黒も赤もたまったもんじゃないだろ」
俺の考えを聞いてもラミは納得しない。
「アレックスは長になったばかりでまだ体勢をまとめきれていません。彼等の集落を見る限り戦士達は鎧も着ていない。戦略を立てるとかそれ以前の段階に見えます。私がゴルドなら今のうちに蒼の集落を叩いておいて障害を一つ減らしておきます。黒のリンガムとぶつかるのはそれからでも十分間に合うはず」
それも正しい戦略だ。しかし、ラミはゴルドという男を理解していない。
その点をサラが指摘してくれる。
「ゴルド様は武人であり、武人であることを誇りとされる方。長老が亡くなり、エッジ様まで不在となって混沌としている蒼の部族をここで攻めるという行為は、ゴルド様の美学に反すると思われます」
「む……」
その指摘が正しいと感じたのか、ラミは少し顔を赤らめる。
「それにご覧ください。おそらく赤の部族から蒼の部族に大量の貢ぎ物が送られているはずです。生前のラーズ長老が愛されたお酒をゴルド様が大量に蒼の集落に送ったはずです。私には見えませんが、蒼の集落のどこかに大量の酒樽があるのでは?」
「確かに……」
頭の良いラミはすぐさま自分の考えをアップデートした。
「アレックスはゴルドと不戦の誓いをたてたんですね。これ見よがしに武装していないのは赤の部族を安心させるため」
「だろうね」
俺と話していた時は不安でいっぱいだったのに、アレックスはいざとなると実に手堅く族長をやっている。
赤の部族と戦うことを避けつつ、戦況がどちらに転ぶか冷静に眺めているのだろう。
いずれにしろ赤と黒の部族は近いうちにぶつかり合うはずで、それがウルツァイドの石をめぐる争いの最初の山場になるはずであり、それがわかっているからこそ、グレンくんは悔しそうに髪の毛をかきむしるのである。
「ああっ! そこまでわかってるのになんで俺はこんなところにいるんだ?! こうなったら俺だけでも宿営に戻っちまうか!?」
捨て鉢になるグレンを見てもラミは冷たい。
「そんなことしたら族長に怒られて、しかも追放されて、二度と戻って来られなくなる。族長にすれば私達なんかいてもいなくてもどっちだっていいんだから」
「……」
「自分に逆らうとどうなるか、みなに思い知らせるために私たちはここにいるのよ」
「えーっと、ここに来た目的をそろそろ説明していい?」
俺は腫れ物に触れるようにおそるおそる二人のやさぐれに声をかけた。
「どうぞご勝手に」
「手短にお願いします」
「えっとだね、知っての通り、リューべの森を抜けると北の帝国領に入るね。もう分裂しちゃったから厳密にいうとグロウバ国の領地になるわけだけど、彼等はゴルドの部隊が動き出すのを今か今かと待ってるはずなんだ」
しかしグレンとラミは俺の考えをあざける。
「奴らの軍隊なんかどこにも見えませんよ。あなたが貸してくださった凄い双眼鏡のおかげではっきり見えます」
「うん、まあ、隠れてるんだよ。北の帝国はそういう魔法が得意だったし、グロウバはそういうのを専門にしている魔術師が特に大勢いる」
北の帝国は魔術師組と騎士組の権力争いがこじれにこじれ、そこに民族の問題が複雑に絡んだことで四つに分裂してしまった。
グロウバは魔術師だらけだし、ロウザリオは騎士ばかりなのだ。
「グロウバは俺の兄に奇襲を喰らって領土の半分をベルペインに奪われてる。彼等はとにかく土地が欲しいんだ。そんな時にお隣さんのゴルドが全軍でリンガムとぶつかってくれるんだからグロウバからしたらチャンスだよ。相手の土地がもぬけの殻なんだから、一気に攻め込んでここの土地を奪えるだけ奪おうと企んでるはずだ」
割と説得力のある考えだと思っていたけど、グレンはまだ俺を嘲笑う。
「あり得ませんよ。ウルツァイドの戦いはイングペインにとって大事な戦いです。そんな時に相手の留守を狙うような卑劣なことをするはずがない」
「あ、うん……」
俺は戸惑った。
ここまで来て性善説で物事を考えられても困るのだ。
甘い、甘いよ。そう言いたくても遠慮してしまう俺と比べ、こういうときのサラは物怖じしない。
「お言葉ですが、誰もがそんなしみったれた理想を掲げて生きていると思われたら、それは愚かです」
「お、俺をバカと言ったな?!」
「バカではありません。愚か者と言いました」
「どっちでも同じだろ! 抜け! 勝負してやる!」
威嚇してくるグレンに対し、サラはあくまでも冷静だ。
「やめましょう。そんな暇はございません。あなたは感じられませんか? この地を覆い尽くそうとする、よこしまで、野蛮で、貪欲な、血の匂いを」
サラは光の失った目でグレンとラミを鋭く睨みつけ、その迫力に若い二人は完全に気圧され黙り込んでしまう。
生前のラーズ長老はかつてこう言った。
「この七年でサラ殿が最も強くなった」
確かにサラはアレックスが驚くほどの超感覚を身につけていた。
俺がここに来た理由はサラに敵の動きを察知して欲しかったからであり、彼女はいつだって俺が望む以上の成果を手に入れてくれる。
「坊っちゃま、時は迫っているようです。早急の準備を」
「わかった。森に向かおう」
さらにサラは若い二人に見られないようにしつつ、そっと俺の手を掴んで来た。
こういうときのサラは大きな不安に襲われているときだ。
「おそらくエッジ様も近くにいると思われます。最も用心すべきはエッジ様ではないかと」
「そうか。ありがとうサラ。覚えておく」
こうして俺たち四人はリューべの森に向かった。
ウルツァイドの石をめぐる華々しく美しい戦いの裏で、決して表沙汰にはできない、俺たちだけの戦争が始まろうとしていた。
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