第5話 ハーブコーディアルと百合根のあんを添えたお花畑のパンケーキ(9)

***


 ティーサロン・フォスフォレッセンスの庭の百合たちは、来客だけでなく店の主たちをも慰める。

 仕事を終えたデュボワは、セノイと並んで窓の外を眺めていた。


 コーヒーを飲みながらセノイが言う。


「皆川様、芯のある素敵な女性でしたね。世が世ならば、もっとあの方らしく人生を謳歌されたことでしょうに」


 計画を急がねば、という意気込みが滲み出る口調に、デュボワが諌めるように微笑んだ。


「何はともあれ、百合種の乙女たちの時代はすでに始動しました。あとは世界が求めるペースに任せるのみです」


 セノイはしばし沈黙し、青い月影に照らされる百合園に目を細めた。

 三日月の鼻梁びりょうと雪の肌が、百合と同じく青く染まっている。やがて、その形のよい唇が開かれた。


「いかに人の子が愚かであろうとも、彼らが一度大きく衰退することに、胸が痛まないわけではないのです。リリス様付きの堕天使たる、私とてね。

 しかし、このまま第三次世界大戦が起こり、より弱き者から苦しんで絶えていく未来よりは、百合種計画による緩やかな衰退と新人類の再生のほうがよかろうと——」


 デュボワが自らの指先を唇に当て、制止を促した。


「セノイ、あなたが優しいことは充分に知っています。罪の意識を分かち合いましょう。我々は共犯者です。あなたひとりに咎を負わせはしない」


 心を見透かされ、赤い瞳の若執事は苦笑した。そして「堕天使失格ですね」とつぶやいて、静かにデュボワの肩にこめかみを沈めた。


 思い思いに揺れる百合から、淡い燐光が溢れる。今夜も人の子らの傷が、気高く、美しく咲き誇る。



~第5話 ハーブコーディアルと百合根のあんを添えたお花畑のパンケーキ Fin.~

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