第22話 一級警戒警報

待ち続けて、七分が経過している。

悪い予感は、確信へと変わっていた。

ニコラスが、結果を告げてくる。


「お待たせしました。確認の結果をお伝えします。接続元のキャリアはディンでした」


当たった。

予感していた通り、最悪の結果である。

それでも、否定せずにはいられなかった。


「そんなはずはない」

「確かな情報です」

「……ビュッサーは、接続元でアクセス制限をしているはずだ。もう一度、確認してみろ」

「ヴァレリー社へ確認しました。間違いなく、ライツさんはディンを使って、アクセスしてきたそうです」

「つまり何か? お前とライツは、直接ではなく、ヴァレリー社を経由して話したんだな?」

「その通りです」

「どこまで話している? 案件の内容についてだ」

「イリスさんに整理して頂いた文言のままを、お伝えしてあります」

「……そうか。ディンへ伝わらなかったのは、貨物船の詳細と、離発着場所、エマシン数。それだけということか」

「ライツさんたちのエマシンについてですが、損傷はないそうです。いずれも、装備はブラスト砲と白兵戦武器が残っているということでした」


どうして、こうなった?

コンラートさん、ニニカと話がまとまった段階で、ニコラスに増援の確保を中止するように、伝えるべきだったのか?

そこまで俺が気を回さないと、いけないのか?

……そうなのかも知れない。

ニコラスという男と仕事をするのなら、常に最悪の事態を想定して、それを回避するようにしなければならないんだ。

……やってられるかッ!!

声に出すのを、すんでの所で堪えた。

喉元までせり上がった、怨嗟の言葉を飲み下す。


「やはり状況は好転なんかしていない。思い切り悪化した」

「何か問題が起ったのですか?」

「これから問題が起きるんだ。いいか。これ以降はライツたちと連絡を取るな。意味は分かるな?」

「はい。ディンに情報を提供しないためです」

「そうだな。それが分かっているなら、もっと用心深くなってくれ。……お前と話していると、本当に疲れる」

「他には何か、ありますか?」

「お前に出来ることは何かあるか? 考えてみてくれ」

「いいえ。思い当たりません」

「……切るぞ」


情報端末を放り出した。

手から離れると、中空で静止する。

操縦房を満たす流体が保持したからだ。


シートへ背を預けて、目を閉じる。

こめかみを揉みほぐした。

指で圧迫した部分に痛みを感じる。

深く溜息を吐いた。

言霊を信じて、希望を口に出してみる。


「ディンへ情報は流れた。だが、拾い上げられるとは限らないし、ヴォーランデルに常駐する部隊まで伝わるとは、限らない」


エンガインの操縦房で、待機を続けた。

ニコラスと話してから、およそ一時間が経過する。

時刻は、二十二時を過ぎた。

唐突に、ゴミの山に赤い光の点が加わる。


数は十数を超えていた。

ゆらゆらと動きながら、堆積物の間を移動する。

赤色灯が、回転しているようだ。


情報端末が震える。

ニニカに貸した予備の情報端末が、音声通話を求めてきていた。

深呼吸をしてから、通話を繋ぐ。


「……何が起きた?」

「ヴォーランデルで、一級警戒警報が発令されたみたい」

「発令されると、何が起る?」

「簡単に言えば、街の閉鎖。街の外周に規制線が張られて、検問所が設けられるの。対象は、人と車両だけじゃなくて、エマシンとフロウギアも。エマシンは人の乗り降り、フロウギアは離発着を制限される」

「何が理由で、発令されたかは、分かるか?」

「破壊工作を目的とした、エマシンの接近。聞いた限りだと、私たちの行動じゃないみたい」

「……すまない。そのエマシンは、この案件が手配した増援だ。それと、俺たちの行動もディンには、知られたと想定した方がいい。千五百十一人が、貨物船でヴォーランデルから逃げ出す。時刻は二十三時。そこまでが、漏れているはずだ」

「この場所のことは!? ここに人々が集まることも、知られているの?」


ライツたちへ俺の文言を、そのまま伝えたと、ニコラスは言っていた。

その文言に、廃棄場は含まれていない。

奴の無能さだけは、信用に足りる。


「知られていない」

「良かった」

「そっちの状況を教えてくれ。人の移動は、完了しているのか?」

「今、コンラートさんたちが、最終確認をしているところ。多分、揃っていると思う」


ニニカたちの居る方から、貨物船の離陸が続いていた。

飛び去っていく、十二隻の貨物船が目視できる。


「今、そこに貨物船は停まっているか?」

「いいえ。一隻も。今さっき、最後の一隻が飛び立ったところ」

「分かった。そこで待機していてくれ。周りに、よく注意をするように」

「こっちに、来てくれないの?」

「迎えの貨物船を守りにいく」

「どうやって?」

「今から考える」


情報端末に、新しい着信が届いた。ニコラスからである。

また連絡すると断ってから、ニニカとの通話を終了した。

これ以上、悪いことが起きないでくれ……。

叶わないと分かっているが、願わずにはいられない。

着信を許可する。


「問題が起きました」

「知っている。ヴォーランデルで一級警戒警報が発令された」

「はい。その件で、連絡を差し上げました。すぐに援護へ向かって下さい。ヴァレリー社の三名が、ディンのエマシン部隊に追われています」


最悪だ。

瞬間的に、呪いの言葉が百ほど脳裏に浮かぶ。

だが、それを吐き出している暇はなかった。


「……どこに行けばいい?」

「連絡があったときには中継基地でした。おそらく現在は、ヴォーランデル付近のはずです」

「それなりに時間は経過した。情報の分析は進んだだろう? ヴォーランデルに配置されているエマシンの数は分かったか?」

「はい。二十体です」

「いつの情報だ?」

「十分前です」

「……数が少ないな。何故だ?」

「ヴォーランデルの郊外から、多数の大型フロウギアが離陸しました。それらの追跡を行っているからです」

「追跡には、どのくらいの数が当てられている?」

「確認できたのは、グラッブ三十二機。そのうち二十七機はエマシンを空輸しています」

「戻られたら、終わりだな」

「貨物船は、予定時刻に到着する見込みです。ヴァレリー社のエマシン三体を同乗させて下さい」

「言うのは簡単だ」

「それでは、よろしくお願いします」


通話が終了した。


フットペダルを踏み込む。

エンガインが機敏に立ち上がった。

巨大な白い足を崖に食い込ませる。

駆け上らせながら、途中でスライトを作動させた。

流れゆく景色を、操縦房の中から見つめながら考える。


相手はディンのエマシンだ。

十分な装備を持ち、エマシン乗りは正式に訓練を積んでいる。

それが、二十体だ。

対して、こちらは俺一体と、素人同然の三体のみ。

さらに、二隻の大型貨物船を守って、無事に千五百十一人を逃がさなければならない。


あまりにも厳しいミッションだ。

まっとうな方法では、成功すると思えない。

……賭けるか?

リスクはあるが、方法を一つ思いついた。

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ナイン・ノード・クラスタ @ninth_

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