拝啓、2月29日の亡友よ

山田百舌:名誉猫又₍⸍⸌̣ʷ̣̫⸍̣⸌

そして忘れろ、ぼくは遺れた





 これは記憶だ。

 これは記録だ。

 きっときみの手元には届かないのだろう。だからこれは手紙ではなく日記だ。破いたダイアリーの1ページにすぎない。切り捨てた忘憂ぼうゆうをいま一度だけ、此処ここに。


 ▶︎ ▶︎ ▶︎


 たもとを分かれてから随分ずいぶんと経つが、はたしてきみはきちんと憶えているのだろうか。ぼくときみが離別するまでに至った発端を。袂を分かつまでに至った要因を。

 訊ねたところで答えが返ってこないのはわかっている。きみはもう此処にはいないし、そもそもあれに正解など無いのだから。

 自我欲に塗れて薄汚い、けれど幼い愛だけが在った。それすらも忘れていないことをねがう。きみは忘れたがりだからな。───ぼくだって忘れたいさ。だってあれは、どうしようもなく苦しかった。


 ◀︎ ◀︎ ◀︎


 あれを喧嘩と称していいものか、ぼくはいまだに悩んでいる。喧嘩の様相だったのか、そもそもとして喧嘩だったのか。

 互いの身をぎ合って、泣き叫んだ。苦しいばかりの慟哭どうこく嗚咽おえつが空間を支配していたあの惨状をただの喧嘩であると、そう単語ひとつで表すにはあまりにも痛む傷が多すぎた。だから、やはりあれは喧嘩などではないのだろう。

 剥き出しの感情のままに相手のこころをけずり合い、踏みにじり、叩き潰した。ひとつ削る度に、ほんの一瞬、刹那的せつなてきに我にかえって、相手を傷つけてしまったことに罪悪感を抱き。けれど止まることなんて到底できず、また拳を振るった。他人を削ったことによる幻痛と、自分が削られていることによる苦痛を同時に受け、さいなまれ、痛みに絶叫し、半狂乱になりながら相手にいきどおり、またなじる。それの繰り返しだった。

 どこまでも不毛で、突き抜けて愚か。どうにも救いようのない人間がそこにはいた。ぼくと、きみだ。

 本当に可〝愛〟想なくらいに───この衝突しょうとつの根源はそもそも───根底にあったのは、沈澱ちんでんしていたのは、互いを想う愛のみだった。相手への愛情。恋愛感情を伴わない、ただただ大切な友達を想うだけの、相手を尊重しすぎるあまりどこにも進めなくなった人間ふたりの、単なる友愛だった。

 其処そこった愛を沈め、底に沈んだ愛を凶器に加工してなぶり合った。独善的どくぜんてき稚拙ちせつな愛をいたずらに振りかざした。

 

 ───なんて言ったりした日には、趣味の悪いきみのことだ、さぞや大喜びすることだろう。これを「ドラマティックだね」とでも言って微笑わらいそうだ。想像に難くない。勘弁かんべんしてくれ。

 だから「そんな美しいものでもない」と、いまここで返しておくとしよう。そう、あれは硝子瓶がらすびんに閉じ込めて保管しておきたくなるような、美しく煌めいた物ではなかった。

 年端のいかない子供ならともかくとして、おとなふたりが遠慮の仕方と配慮の加減を見誤った末に起こった、感情のステゴロだ。血湧き肉躍ると表現するならまだ百歩譲って頷きようもあるが、一万歩と二千歩分の地面を踏み締めたとしてもドラマティックな場面ではないと断言できる。つまり、譲る余地など存在しない。潔く諦めてほしい。


 ▷ ▷ ▷


 そうした果てに、ぼくときみは一人と一人から、独りと独りになった。

 その果てに行き着く少し前に、きみとはなしをした。沈静化した脳と、表面上は落ち着いている精神状態でやりとりをした。関係を修復するためではない。一切の泥なく、たださいごに抱き合って別れを告げたいがために言葉を交わした。離別を決めた局面になってようやっと、きみと向き合うことができた。随分と久しい会話だったように思える。

 きみを大切に想うあまり、ぼくはなにも言えなくなった。ぼくを大事に想うあまり、きみはぼくに告げなくなった。互いを化粧箱けしょうばこに仕舞って眺めるだけの人形にしていたのだ。───ね。愚かだ。泣いてしまいたいくらいに哀れで、けれどやはり、どうしたって愛しかった。恋でないのが嘘のように、愛していた。


 ◁ ◁ ◁


 聞け、驚け。もうすぐこの頁はおしまいだ。

 どうせきみの手元には届かないだろうが───まあせっかく書いたんだ。やっぱり気が向いたときにでも読んでみてくれ。




 

 燃やせば、あるいは。

 届くかもしれないだろう────……?




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