【R12?】新人サンタ採用のお知らせ

まんごーぷりん(旧:まご)

大人って、なんでしょうね

 早い子は小学校入学を迎える前に知っているし、遅い子は小学校を卒業するまで気づかなかったりもするその事実を、僕はちょっぴり遅いタイミングで知ったんだ。きっかけは通っていた塾で扱った国語の教材、出題された物語文で傍線部アのセリフを口にしたときの主人公の心の動きを追いながら、「マジか」と口に出しそうになった。クリスマスの秘密を題材にした物語文。先生の採点後、戻ってきた点数はクラスで一番だったけれど、僕の心臓はバクバクだった。ってか、偉くない? こんな衝撃の事実をその場で知らされながら、皆よりいい点数を取った僕。周りを見回したところで、サンタの正体を知らなかったヤツなんていなさそうだった。あいつらは単純だから、仮に僕みたいにサンタの正体をその場で知ったら「え? サンタって――」と授業中に口に出してしまうだろう。そんな奴が居なかったことを鑑みるに、このクラスで一番のガキは、僕だ。

 さて、クリスマスの秘密を知った僕は、「僕がクリスマスの秘密に気が付いていること」を隠しとおすことに決めた。当たり前だ、サンタはサンタを信じる子どものところにしか来ないんだ。わざわざ背伸びして大人アピールをしたことで、プレゼントをもらえなくなってしまうなんて、損だろう? それに、僕には三歳下の妹がいる。あいつに聞かれたら不公平だ。だって、僕はこの年になるまでサンタのことを知らなかったというのに、あいつは僕より三歳も若くして真実に気が付けるなんて、ずるい。……それに、サンタの秘密を知ったらプレゼントがもらえなくなるのだとしたら、俺はつい最近までもらえていたのに、妹は俺より三年分損してしまうし、それに……うん、いろんな意味で不公平だ。だから、少なくとも妹の前でこの話は絶対にしない。バレてはいけないんだからな?


 しかしその晩。母親が、台所から僕を呼ぶ。


壮太そうたー、今日の国語の試験、どうだったの」

「え? ……っと、クラスで一番だったよ」

「へぇ、すごいじゃない。見せて」


 困った。


「別に、一番だったんだからわざわざ見なくたっていいじゃん」

「一番だったんだったら、別に見せてくれたっていいじゃない?」


 困っている。


「もういいじゃん、終わったテストのことなんて」

「何? 隠し事?」


 隠し事である。


「壮太が隠し事なんてしたってね。先生に電話したら、嘘ついているかどうかなんてすぐにばれるんだからね!」

「ああもう! そんなに疑うなら勝手に見ればいいじゃん。……でも、僕の部屋から絶対に解答用紙を持ち出すなよ?」

「どういうこと?」


 母親の足音が遠ざかる。リビングでテレビを流し見しながら、僕は大きなため息をついた。






 それから数日後。町はイルミネーションに彩られ、あちらこちらからクリスマスソングが聞こえる。クリスマスの一週間前、僕はどういうわけか母親と一緒におもちゃ屋に来ていた。


「んで? 綾香あやかは何が欲しいって」

「なんかね、お菓子メーカーキットだって」

「具体的な商品名は?」

「特にこれって決まってるわけではないみたい。わたあめでも、ポップコーンでもクレープでもいいみたいだけれど……」


 妹の綾香のクリスマスプレゼントを、母親と一緒に買いに来ているのだ。この日、妹は友人の家でクリスマスパーティーをしていた。彼女の欲しいものをどうやって事前リサーチしたのか、僕は知らないが、とにかく母親の言葉を元に、それっぽい商品を探す。

 最終的に、妹が好きなアニメキャラクターの描かれたポップコーンメーカーを買い物かごに入れた。


「壮太は何が欲しいんだっけ?」

「え、何? 僕ももらえるの」

「そりゃそうでしょ。クリスマスなんだから」

「そういうものだっけ? じゃあ遠慮なくス○ッチで」

「ゲームは中学に入ってからって約束でしょう?」

「冗談だよ。……こないだ、国語の模試で出題された文章が面白かったから、全体を読みたいなって。本屋行っていい?」

「どうぞ」

「ついでに、『決めつけの付け焼刃』十五巻も」

「はいはい」


 母が、呆れたように笑った。




「……カバーはおかけしますか?」

「いえ、大丈夫です。あ、その代わりにギフトラッピングって可能でしょうか?」

「はい、できますよ。無料でしたらこちらの深緑のラッピング、+100円で、こちらの赤、黄色、青のリボンのついたラッピングになりますが」

「では、こちらのカラフルな方で」

「かしこまりました」


 そんなやりとりを見ていた僕は、プレゼントを受け取った後、母親に尋ねた。


「わざわざラッピングなんていいのに」

「何言ってるの、プレゼントは綺麗にしなきゃでしょ?」

「でも帰って破くだけじゃん」

「……忘れてない? これ、帰ってすぐに開けちゃだめだよ。二十五日の朝までとっておかなきゃ」

「え? ……あ、そうか」


 二十五日の朝、妹が枕元を見たときに、もしも僕の分だけプレゼントがなかったらどう思うか。「お兄ちゃんは大人になったから~」などという言い訳は一応立つけれど、妹からすれば不自然だろう。きょうだい二人分、仲良く並べておくのが丸いってことだ。まったく、人を騙すってのは、難しいものだ。






「そういえばアンタ、こないだの国語の話を読んで初めてサンタのこと、知ったの?」

「まさか。もっと前から知ってたよ」

「へぇ。今までなんも言わなかったから、気づいていないもんだとばかり思っていたよ」

「ガキ扱いやめて」


 図星だった。僕はふんと鼻を鳴らした。


「いやぁ、でもアンタ偉いねぇ。普通小学生って、そういうの気づいたらいろんな子に言って回るもんじゃない」

「偉いも何も、わざわざ騒ぐほどのことじゃあるまいし」

「綾香にも全然言わなかったじゃない? なかなかいないよ、そんなに口の固い兄貴」

「それやったらさすがに野暮だろ」


 呆れたように笑いながら、僕はなんだかちょっとだけ誇らしかった。







 二十四日の夜。僕は、夜遅くまで塾の宿題に励んでいた。乗りかけた船――妹へのサンタ業に、参加するつもりでいたのだ。


「あんまり夜更かしすると体調崩すぞ。早よ寝ろ」

「でもさ」

「後は任せろ」


 ちなみに母親はすでに寝ている。我が家の場合、サンタは買い出し班と設置班に分業しているのであった。


 翌朝、僕は妹にたたき起こされた。


「ねぇお兄ちゃん! サンタ! 届いてる!」


 父親は無事にサンタ業を成し遂げたようだ。僕は僕で、「おお、本当だ!」と、わざとらしくならないように喜んでみせた。

 希望通りのプレゼントに喜び、不思議がり、はしゃぐ妹。その横で、すでに中身を知っている自分のプレゼントを開く。――嬉しいものをもらったときに、誰にお礼を言えばいいのか分からなかった。その感覚はちょっぴり心地悪いものだと思い始めていた僕にとって、クリスマスの秘密を知ったのはちょうど潮時と言うか、いいタイミングだった。


「ありが……」


 両親の顔を見て、危うく口を滑らせそうになった。


「ありが……たいことだねぇ、毎年毎年サンタさんが来てくれるなんて」


 まったく、夢というのはなんてフラジャイルなのだ。

 両親はそんな俺をみてクスクスと笑っていた。……うん、サンタ側のクリスマスも、悪くない、か。




『【R12?】新人サンタ採用のお知らせ』――fin.

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