最終話「この先も、ぽっちゃり双子は暗躍する」
♢♢♢
――お、ねぇさま、お姉様ぁ……っ!!
――体を離して!!僕たちを庇ってたらお姉様が……っ!!
――大丈夫よ、貴方達は必ず幸せに生きていける
――永遠に愛しているわ。ベル、ルーシー
結局、あれは予知夢だったのか。それとも実体験だったのか。その真相は神のみぞ知る、愛され双子の数奇な運命。
セントラ王国において、満月の夜に生を受けた男女の双生児は繁栄と幸福の象徴として啓示を授かり、それは大切に育てられる。遥か昔からの習わしであるが、言ってしまえば根拠のないただの伝承。けれど文献を漁ってみれば、彼らが誕生した時代には必ず、国になんらかの恩恵がもたらされていた。
エトワナ公爵家の双子ルシフォードとケイティベルは、姉リリアンナやその周囲の協力の下で暗殺という未来を退け、幸福を手にした。果たしてそれが偶然か必然か、今さら考えたところで答えを導くことは不可能だ。
本当に神の加護を受けた双子であるならば、そもそも暗殺という悲劇は起こらないのではないか。それはやはり、同じ夜に誕生した痣持ちの双生児が厄災をもたらしたからだと、穿った見方をすればそうなるかもしれない。
けれどルシフォードとケイティベルは、一度もそんな風に考えたことはなかった。むしろあの体験は、今の幸せを掴む為に必要な出来事だったのだと、感謝すらしている。あのまま気付かずに過ごしていれば、大切な姉との大切な時間を、永遠に失ってしまうところだったのだから――。
「やぁ、ベル。こんばんは」
「こんばんはルーシー。今日は素敵な夜ね」
無事に結婚宣誓式その他諸々を終えたケイティベルは、一晩だけ実家であるエトワナ公爵家で夜を過ごしている。第二王子の妃として、明日から始まるであろう目まぐるしい日々の前にゆっくりと家族と過ごせという、レオニルの気遣いであった。
既に初夜は済ませた後で、普段は主導権を握るさしものケイティベルも、彼の腕の中で恥じらいながら甘い鳴き声を上げることしか出来なかった。反芻すると動悸と息切れが襲ってくるので、しばらくは自重しなければと思いつつ、ふとした瞬間にすぐレオニルの艶姿が浮かんでくるから始末に負えない。
「君がいる気がしたんだ」
「偶然ね、私もよ」
今は使われていない子供部屋、一度だけリリアンナの子エドガーとリリが宿泊したが、それ以降使用者はいない。それでも母ベルシアは毎日必ず、この部屋の清掃をメイドに言いつけていた。三姉弟の中でいつ誰の子の面倒でも見られるように、と。
そんな思い出の場所で、二人はまるで示し合わせたかのようにバルコニーで鉢合わせた。互いに驚きはなく、やはり自分達はどれだけ歳を重ねようと切っても切れない仲なのだと、顔を見合わせながら笑った。
「夕方は少し曇っていたけれど、今は晴れているわね」
まん丸の月を見上げながら、ケイティベルが呟く。ふっくらとした白い手を空に向かってかざすと、まるで掌から透けているように見える。
「なんだかマロングラッセが食べたくなってきちゃった」
「そう言うと思って、用意してあるよ」
得意げな顔を見せながら、ルシフォードはポケットから小さな箱を取り出す。開けてみると、中には艶々と光る蜜を纏ったマロングラッセが二つ。
「さすがに察しが良過ぎない?」
「本当は、僕が食べたかっただけなんだ」
ぺろりと舌を出す彼に、ケイティベルはくすくすと声を上げた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、ルーシー」
ひょいと掴んでぱくりと口に頬張ると、華やかな甘さが口いっぱいに広がる。ほくほくとしているのに滑らかな舌触りで、ほんのりと鼻に抜ける洋酒の香りが楽しい。
「明日お姉様にもあげるんだ」
「ええ、きっと喜ぶわ」
いつの間にか空になっている箱を、今度はルシフォードが空に透かした。なんの変哲もないものだが、明月に照らされると特別な宝箱に見えた。
「君が結婚式の時につけてくれた宝石の髪飾りの次は、このマロングラッセの箱に細工をしようかと思ってる」
「まぁ、それってとても素敵!男性からそれを贈られたら女性は喜ぶわね!」
手を叩きながらはしゃぐケイティベルは、いつだってルシフォードを肯定してくれる。家族や友人はもちろん大切だが、やはり彼女は特別だった。
「私が王宮に輿入れしたら、女性達の宝飾品は任せて!」
「あはは、それはありがたいです。ケイティベル妃殿下」
「そうでしょう?貴方が良いものを作れば作るほど、私の評判も上がるだろうから、よろしく頼んだわよ」
「はい、貴女様の為に尽力する所存でございます」
恭しく視線を下げるルシフォードに、ケイティベルはすましたようにつんと顎を上げる。しばらく侍従ごっこを楽しんだ二人は、同じタイミングでふっと噴き出した。
「僕達って昔から、結構性格悪いよ」
「確かに、さり気なく相手を誘導するのが上手いのかも」
「つまり暗躍してるってことだよね」
彼女は空色の瞳をまん丸にしながら、ぱちぱちと手を叩く。確かに自分達は昔から、陰でこそこそと行動するのが得意だった気がする。それは悪い意味でなく、誰も傷付かなければ良いという思いが含まれていた。
「これからも僕は、ベルの為ならなんだってするよ。命を賭けるって言ったらお姉様に怒られるから、怪我しない方法を考えてさ」
「ええそうね、ルシフォード。私も貴方が困った時は、必ず手を差し伸べるわ。だって私達は、唯一無二の双子なんですもの」
夜の帳が下りた空にぽっかりと浮かぶ満月を見つめながら、ルシフォードとケイティベルは静かに手を繋ぐ。ふっくらもちもちで柔らかくて温かなそれは、二人の幸福の証。愛されぽっちゃり双子はこれからも、皆が幸せになれるようこっそりと暗躍を続けていくのだ。
愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する。 清澄セイ @seikashimizu
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