人間の人生では10億かかるらしからもう手放せば?

ちびまるフォイ

人権がないってことはムテキってことだ!

「はあ、数学なんてなんの役に立つんだ……」


3時間目の授業内容を見ながらため息をついた。


もしも宝くじが当選したりして、

一生遊んで暮らせるお金が手に入ったなら。


こんな学校なんて辞めて自由な時間を過ごせるのに。


「買ってもいないから当たるわけないけど……」


授業の休み時間に酔狂なお金持ちが学校にやってきて

自分にブラックカードでも手渡さないかと、

そんなチャンスを夢見てスマホを開いたときだった。


ふと、広告に目が留まる。



『 人権を捨てるだけで10億円! 』



「じゅ、じゅじゅじゅじゅうおく!?」


宝くじのような運まかせではなく、

自分の手で10億が簡単に手に入るなんて。


広告を開き指定された場所へと向かった。


広い事務所には窓口の人が市役所のようにならんで座っていた。

自分以外にも疲れたサラリーマンや、ホームレスっぽい人などがいる。


「あの、この広告を見て来たんですけど。10億ってマジっすか?」


「ええ、本当ですよ。いくつか注意事項に同意する必要はありますが」


「注意事項?」


「10億は手に入りますが、あくまでもそれはあなたが我々に

 10億円で人権を売ったということの同意をしていただきます」


「……? まあ、はい」


「よろしければ同意を」

「同意するために来たんです」


人権同意書にサインをすると、キャシュカードを渡された。


「10億入っています。使い道はおまかせします」


「うおおおお!! こんなあっさり手に入るなんて!!」


大喜びしていると、アラームが鳴った。


「っと、やばい。そろそろ学校に戻らないと」


「戻る? どうしてですか?」


「体調不良っていって抜けてきたんです。

 6時間目には戻らないとぜったい疑われるんですよ」


「どうして戻る必要が?」


「いやそりゃ義務教育だからですよ。

 卒業したら高校なんかぜったい行かないですけどね」


「いえ、そもそもあなたは人権がないんです。

 なので義務教育も受ける必要がないんですよ?」


「へ? あ、そ、そうなの……?」


事務所を出ると、急に解放的な気分が押し寄せてきた。


自分は人権というくさびから解放されたのだと。

もう学校なんかいかなくていい。


10億で自分のためだけの時間をめいっぱい過ごせるだろう。


「さぁーーて! ゲーセンにでも行くかなぁ!!」


暇を持て余した平日の学生が集う場所はだいだい決まっている。

ゲーセンに向かおうとしたとき、スマホに通知が届いた。



『 あなたの宗教が決まりました。

  あなたの宗教はズンダバモーファイ教です 』



「……なんだこれ。新しい詐欺かな?」


通知の送信先は人権を手放したあの事務所だった。

ズンダバ教の経典が送付されている。


「朝6時には起床してコンクリに逆立ちして神への感謝。

 朝7時には裸で水を浴びて身を清める……。

 

 こ、こんなのをやれってか!?」


こんな頭のおかしい宗教にはかまってられないと、

すぐに事務所へとUターン。


「ちょっと! なんだよこの怪しい宗教勧誘は!」


「勧誘ではなく、強制ですよ?」


「強制!? ふざけんな!

 いいか、俺には宗教の自由というのがあるんだ!」


「それは人権がある人の法律でしょう?

 あなたは人権がないから対象外です」


「え゛」


「ズンダバモーファイ教は信者を募集していたので、

 私どもであなたを信者にいたしました」


「そんな勝手に……!」


「あと、ちょうど教祖の娘さんも結婚相手を求めていたので

 ついでにあなたと婚約いたしました」


「俺まだ十代だけど!?」


「結婚年齢なんて人権ない人には関係ない話でしょう」


「ええ……!?」


いくら教育が不要になっても。

いくら10億円を手に入れても。


俺が本当に欲しかったのは自由であり、

お金は自由を手に入れるためのツールでしかない。


人権を手放したとたん、別のしがらみが発生するなら意味がない。


「もう限界だ! 人権を手放してこんな目にあうならキャンセルする!

 俺の人権を返してくれ!!」


「承知しました、では12億お支払いください」


「ええ!? 10億じゃないの!?」


「宗教への入信などの付加価値がついたので、

 あなたの人権はちょっと値上がりしたんですよ」


「に、2億も払えるわけ無いだろう!!」


「でしたら、すでに我々の方であなたを職場に登録しました。

 そちらでお金を稼いできてください」


「職業選択の自由は!?」


「あるわけないでしょう。あなたに人権ないんですから。

 さあ、もうすぐカニ釣り漁船は出港しますよ。早く港へ」


「行くわけ無いだろ!! 早く人権を返せ!!」


「ですから2億……」


「俺の人権なんだ! 俺が自由にして当たり前だ!!」


「おいガードマン! こいつをつまみ出せ」


黒服のガードマンが子猫でもつまみ上げるようにして追い出した。


外は雨が降っていて、人権がなくなった絶望感をますます引き立てる。


「人権がないだけで……なんでこんな目に……」


スマホにはひっきりなしに通知が飛ぶ。

人権がないことで勝手にあれこれ俺の人生を決めていくようだ。


「人権はなくても心はあるのに……くそぅ……」


はやく人権を取り戻さなければ。

けれど2億なんて大金をかせぐことはできない。


長引けば長引くほど、人権がないのをいいことに勝手に俺の人生が切り売りされてしまう。


人権がないばっかりに……。



「……そうだ。そうだよ。俺には人権がないんじゃないか」



あらためてその事実に気がついた。


人権がないということは、法の外にいるということ。

義務教育を受ける必要もなければ、犯罪に問われることもない。


なぜなら、あれはあくまで人権のある人に向けたものなのだから。


「はは、ははは! もっと早くに気づくべきだった!

 俺はいま無敵の人間だったんだ!!」


その事実に気づいたとき、2億なんてはした金に思えてきた。

今の自分は治外法権そのもの。なんだってできてしまうのだから。


「ようし、この一帯で一番の金持ちを調べてやる……!」


ちょうど近くに馬鹿でかい豪邸に囲まれた場所があった。

あそこを襲撃すれば2億なんて秒で手に入る。


人権を失ったタイミングで大金をせしめて、

10億で人権を取り戻せばあまったお金が手に入る。


人権がないときの犯罪だから、人権を取り戻しても逮捕されないだろう。


こんな考えが浮かぶとは。

自分はやっぱり天才だと思う。


「っしゃあ、いくぜ!!」


近所のホームセンターでバールを買って豪邸へと突入した。


「おらぁ!! 金を出せ!!」


豪邸の安楽椅子でゆられていた老人は驚いていた。


「き、君は……」


「警察なんか無駄だ! 俺は人権がない!

 呼んだって俺を逮捕できないぜ!!」


「じ、人権がないだって……!?」


「そうさ! 俺は無敵だ!

 さあ、早く金をだせこのやろう!!」



「そうか、人権がないのか……」



老人はそうつぶやくと、

壁にかけていたショットガンを手にとって

迷いなく俺の体へと撃ち込んだ。


「えっ……」


最後の言葉はなんの意味もない。

ただ驚きだけの言葉で俺の人生は終わってしまった。


バカでかい銃声が家に轟いだので、

2階にいた孫があわててリビングへと降りてきた。


「おじいちゃん、今すごい音したけど……」


老人は孫にやさしい笑顔で答えた。



「なんでもないよ。ちょっと人の形した虫が入り込んだだけさ」

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