3-8 運命への、ささやかなる抵抗
「おいおい、嬢ちゃん。いきなりどうしたんだ?」
ヴァラキがそう言ってエッツェルに近づこうとすると、突然横にいた狼に壁まで吹き飛ばされる。
狼はサッとエッツェルの近くに寄るとキール達に牙を見せて唸り声をあげる。
「なんでいきなり吹っ飛ばされにゃならねーんだ。」
ヴァラキが不満げに戻ってくる。
「そう言うもんだ。じゃれついた腹いせだろう。」
「いや、兄弟子もちゃっかり撫でてたよな!?」
仲の良い2人の会話を他所に、キールはエッツェルに声を掛ける。
「これは、、、戦うってことか?そんなことはしたくないんだが…」
そう言ってキールはエッツェルのオッドアイの瞳を見つめる。
青い瞳と、赤と黄色の瞳が交差する。
「この扉は、開けさせない。」
「さっきまでは手伝ってくれたじゃないか。」
「分かってる。これは私の
エッツェルの発言にキールは首を傾げる。
“
「
「貴方には関係ない。ただ、私は貴方たちを通したくない、それだけ。」
そう言うとエッツェルは瞳を閉じ、息を吸う。
再び開かれた彼女の瞳に、もはや感情はなかった。
「アルス、2人をお願い。」
エッツェルに言葉に呼応して巨大な狼がその体躯を揺らす。
灰色の毛並みが逆立ち、にわかに身体が輝く。
「来るぞっ‼」
キールが叫ぶと同時に狼はモンタックとヴァラキに突進する。
モンタックが何とか盾でそれを受け止め、そのまま2人は戦闘に入る。
「どういうつもりだい?」
キールは少しの怒気とともにエッツェルに声を掛ける。
エッツェルは紫金色の剣を構えて、キールを睨む。
エッツェルは地面を蹴ってキールに接近する。
そのまま振り下ろされた剣をキールが自分の剣で受け止める。
「俺は女性に剣は振らないよ。」
「この扉を開かないで。」
再び剣が振られ、キールが受け止める。
幾度も剣がキールに迫り、受け止められる。
「扉を開かなければ皆で飢え死にするだけだよ。」
「私をこの先に連れ出そうとしないで。」
「君を置いて出ていくわけにはいかない。もう君は封印されている訳じゃないんだ。腹も減るし、眠くもなるんだろう?なら、ここから出ていくしかない。」
「出ていくなら、殺してでも、ここで一緒に過ごす」
「そんなに外の世界が怖いのかい?」
その言葉を聞いた瞬間、エッツェルが少し固まる。
見開かれた瞳と青い瞳が交差する。そしてキールは本能的に理解する。
その瞳は、その感情は、以前に見たことがある物だった。
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かつて、酒呑童子は1人の姫君を攫ったことがある。
その姫君は入内を翌日に控えた、未だ幼い少女だった。
「なんで泣いてるんだい?」
雲が月を覆う夜に、部屋で泣いている姫に青年が声をかけ、姫はビックリしたようにそこに佇む青年を見上げる。
2人は幾つかの言葉を交わす。
そしてその晩、姫君は姿を消した。
もぬけの殻となった部屋に残されたのは、脱ぎ捨てられた着物と化粧道具だけだった。
この事件は帝の逆鱗に触れることとなった。
酒呑童子は結果的にこの姫君誘拐が発端となって死ぬこととなる。
それでも、彼の心に後悔はない。
少女が運命に抗うこと。その力を与えたことを彼はきっと誇るだろう。
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「そんなことない。」
そう言うエッツェルの言葉に力はない。
キールの口角は自然と上がっていた。かつてと同じ高揚感が胸を打つ。
少女は外の世界を恐れている。
少女は分かっている。自分が外の世界に行かなければならないことを。
少女は分かっている。自分の役目が外の世界にあることを。
それが逃れられないものだと、分かっている。
「
そう呟いたキールは剣を投げ捨てる。
エッツェルの振り上げた剣がキールに迫ってくる。
「来いよ、エッツェル。受け止めてやる。」
キールがそう言ってニヤリと笑う。
腕を広げて迫りくる剣を待つ。
その剣がキールに届くことはなかった。
エッツェルは気づけばキールに抱きしめられていた。
「外の世界を怖がるなとは言わない。」
キールは強く少女を抱きしめる。
「迫りくる運命は恐ろしいかもしれない。」
少女の身体から力が抜けていくのを感じる。
「その運命からは逃れられないかもしれない。」
囁くようにキールは言葉を紡ぐ。
「それでもだ。たとえ逃れられない運命だとしても、たとえ絶望的な運命だったとしても。君の進んだ歩みの実りは、きっと君に恵みも与えてくれる。」
キールはそっと少女の頭に手を載せる。
「踏み出した先がたとえ苦しくとも、その歩みが間違いではなかったと信じられるように。君がそれを選ぶんだ。選ばされるんじゃない、君自身の足で運命に踏みだすんだ。」
気が付けばエッツェルは泣いていた。
溢れ出す熱いものを抑えられず、エッツェルは肩を震わせる。
キールはただ黙って少女を抱きしめる。
あと少しだけ。せめて、彼女が晴れやかな顔で歩きはじめられるように。
いつの間にか狼も戦闘を止めている。
狼はヴァラキとモンタックと共にキールに抱きしめらるエッツェルを見ている。
その視線はどこまでも暖かい。
…横の2人はズタボロにされていたが。
「あの時みたいに逃がしてはやらないからな。」
キールは遥か彼方の、誰かに向けてそう呟く。
かくして時計の針は動き出した。もう留まることは許されない。
▽ △ ▽
「きっと何かを掴むためには、何かを捨てなければならない。ならば、その本質を追い求め、蛇足に惑わされるべきではないだろう。」
緑色の魔石が輝き最後の文章が壁に浮かび上がる。
それと同時にガチャンという音が鳴り、閉ざされていた扉が開かれる。
少女は踏み出す。
少女を、キール達を、そして大陸をも巻き込む運命の渦の中に。
A--------------------------あとがき----------------------------Z
ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!
これにて第3章終了です!!
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それでは引き続き本作をお楽しみください!!
龍骨の皇帝~追放された元皇子は、酒呑童子の生まれ変わりでしたっ⁉ かつての記憶とともに少年は英雄へと成長します‼~ 梯子田カハシ @noblesseoblige1231
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