誰かに聞いた話

@mytsb

ついてくる女

 これは私がとあるタクシーの運転手から聞いた話です。


 その日は仕事終わりに会社の同僚と飲みに行き、自宅最寄りの駅に着いたのが夜の12時を回るころになってしまいました。

駅から自宅までは歩けば15分ほどの距離なのですが、仕事の疲れと飲み会の酔いが相まり、どうにも歩きたくない気分でした。そんな折、駅前にタイミングよく流しのタクシーがやってくるのが見えたので、短い距離でしたがタクシーを使うことにしました。


 タクシーに乗り込み、運転手に目的地を告げ、背もたれに深く身体を預けたところで、普段はしない行動を思いついたのです。

「運転手さん。何か、怖い話ありませんか?」

もともと怪談話や心霊系の動画はよく見ていたので、偶然乗り合わせたタクシーの運転手に怪談話を聞く というシチュエーションに若干のあこがれがあったのです。

お酒で気分もよくなっていたので、勢いのままに話しかけたのですが、運転手さんからの返答はありませんでした。

やっぱりだめか。そりゃあ急にこんなこと聞かれても困るよな。と思い、話しかけたことを若干後悔したところで、運転手さんが静かに話し始めたのでした。


「この辺に心霊スポットあるでしょ。あの森の近くの。

普段は薄気味悪いから通らないようにしてるんだけど、そこの道を通らないと送迎に間に合わなくなっちゃってね。いやいやだったんだけど、その道を結局通ったんだよ。」

てっきり無視されたかと思っていので、多少驚いたが、自分が聞いた話に返答してもらえたのだ。先ほどまでの酔いもさめ、クリアに聞こえるようになった運転手さんの言葉に耳を傾ける。

「心霊スポットの近くまで来たところで送迎がキャンセルになってね。ああ、こんなことなら、こんな道通らなければなあなんて思っている。」

先ほどまで流れていたカーラジオはもはや耳に入らない。

「そこでね、女の人。長く黒い髪で白いワンピースを着た女の人が立っていたの。

それでこちらに向けて右手を上げててさ、呼んでるわけよ。

こんな時間に変だなとは思ったんだけどね。一人であんな薄暗いところに立たせてるわけにもいかないし、結局乗せてさ。行先聞いたらお墓だって。」

運転手さんもスイッチが入ったのか、どんどん話すスピードが上がってくる。

「これは本当に幽霊乗せてしまったかななんて思ってね。とはいえ降りてくださいとも言えないからお墓まで行ったのよ。で、到着したから車止めて、後ろ振り返ったら、誰も乗ってなかったのよ。」


 心霊スポットで幽霊を乗せてしまう、タクシー運転手としては鉄板の話だな。やっぱり急に話を聞いてもこの程度か。まあ、前からやりたかったことができただけでもよしとしよう。運転手さんの話は止まらず、少しづつ声も大きくなっていた。


「お客さん、この話実はね、ついさっき起きた出来事なんですよ。」

ほう、それは珍しい話だな。今までの話とはオチが違うのかな。そんなことを考えていると、運転手さんが続けてこう言ったのです。

「私が怖いなって思っているのはね、心霊スポットにいったことでも、幽霊を乗せたことでもないんですよ。ミラー越しに見ると、その女がまだ後部座席にいることなんですよ。」

「全然車から降りてくれなくて、今もお客さんの隣に座っているんですよ。ねえ、お客さんにも見えてますよね。」


 その時、私の右側に誰かいるような気配がした。

先ほどタクシーに乗った時には誰もいなかったので、よく考えずともばかげた話である。恐る恐る横目で見てみても、何も視界には映らない。だが、確かに誰かが座っているような気配だけがあるのであった。

しばらくの沈黙ののち、視線を前方に戻すと、バックミラー越しに運転手と目が合った。厳密にいえばあってはいなかったのだろう。後部座席を見ていたのは確かだが、その目は私ではなく、隣にいるという女を見ていたのだろう。


 何か言葉を発しようか迷っているうちに、目的地である自宅についてしまった。

料金を支払う際にも、運転手さんは私と目を合わさず、いや、後部座席をなるべく見ないようにしていたのでしょう。

私が車から降りると、ドアが閉まるまでにしばらくの間がありました。まるで私の次に誰かが降りるのを待つかのように。


 タクシーの走り去る音で我に返ると、急ぎ足で部屋に入り、後ろ手ですぐにドアと鍵を閉めました。まるで後ろについてきた誰かを締め出すかのように。

そのあと私は、いつも開けっ放しであるカーテンをすぐに閉めました。

もし、あの運転手の言う女が私の方についてきてしまっていたらと思うと、もしガラスに反射して、部屋の中の誰かが映ってしまうのが、たまらなく怖かったのです。

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