第4話 最高のクリスマス・イブ

 子供たちがあくびをし始めた。そろそろ、子供たちは寝る時間だ。もうこのクリスマス会はお開きにしなければならない。


 「そろそろおねむの時間ね、かえろうね!」


 熊子ゆうこちゃんがそう言うと、女性陣はみな母親モードに切り替わった。子供をあやして、帰ろうと誘導している。


 「いや! 帰りたくない!」


 熊加ゆうかちゃんがそういうと、ボクにぴったりとくっついた。どうやら、さっきのボクのカエル劇場とプラレールがいたく気に入ったらしく、帰りたくないようだ。でも、もう遅い時間だから当然帰らなければいけない。


 ボクはカエルを指にはめると、「また会おうね! 今日はバイバイ!」と言って、カエルに手を振らせて、ちょこんとお辞儀させた。


 それでも、熊加ゆうかちゃんは帰りたくないとぐずっている。ボクは、「ボクも今日は帰らないといけないですねぇ。残念ですけど、また会いましょうねぇ」と言った。


 そのとき、「あれ?」と思うほど自分の目から涙があふれているのにボクは気づいた。


 ああ、ボクも、むかし母方のおばあちゃんの家に行って楽しく遊んで、夜になって帰るときこんな思いをしたな… という感覚が、ぬるいお風呂を追い炊きするような感じでゆっくりとよみがえってきたのだ。


 現在のボク自身も、もっと遊びたいな、子供たちともっと遊びたいな、という強い気持ちと、大人としてそろそろ帰るべきだという分別が心の中に内在していて、その葛藤が涙として溢れてきたのだと思った。ボクがポケットからハンカチを出して涙をぬぐおうと思った瞬間に、ボクの右手にティッシュが手渡されていた。


 ふと見ると、クロイさんがにっこりと笑っていた。


 「クマイ、何日もしないうちに正月だぜ。またみんなで遊んで、みんなで酒のんで、みんなで楽しくおしゃべりできるぜ。」


 「クロイさんは、なんでもお見通しなんですねぇ…」


  とティッシュで目を拭いながらボクは言った。なんだか、今年のクリスマスは生まれてから一番楽しかったような気がした。気づけば、ボクの自作スピーカーは「アメイジング・グレイス」を奏でていた。


 本当に楽しい時間が終わってしまうと言うのは、こんなにも悲しいことなんだと思いだした。ボクが子供のころ、例のおばあちゃんの家に行った帰りがこんな気持ちだったのだ。日常から離れて、おばあちゃんに可愛がってもらって、子供好きなおじさんに思いっきり遊んでもらって、公園を駆け回って、ごちそうをほおばって、そんな信じられないくらい楽しい時間が終わってしまう、という感覚だった。


 いい年をして、ボクの目から大粒の涙がポロポロ、ポロポロとこぼれていた。こんなにも貴重な時間を過ごせた嬉しさと、それが終わってしまう悲しさが急に押し寄せてきたのだった。


 「本当に、うちのクマはバカです。ほんとですね。」


 きづくと、そう言いながらクマスタシアがボクの目にハンカチをあて、寄り添っていてくれた。


 「こんなバカクマの奥さんは、私しか出来ないですね。」


 そんなクマスタシアの言葉をきいて、ボクは生まれてきて、生きていて本当に良かったと思っていた。ボクはなんだかわけのわからない気持ちになって、新鮮な空気を吸うために「トラットリア・クロジ」の前庭に出た。


 クリスマス寒波の凍てつく空気がボクを襲った。でも、今はそれすら心地いいくらいだった。12月の澄み切った夜空には満天の星空が輝いていた。


 「気温が低いと空気分子の運動が不活発になるから、ちりなどの動きも静かになって、空がきれいに見えるんですよねぇ…」


 などといつも通りのことをボクは考えた。その刹那…


 キラっと空に一筋の光が走った。まったくの偶然だが、ボクが見つめていた方向に流れ星が走ったのだった。


 「あなた、来年はきっといい年になるわよ。」


 クマスタシアがそういった。


 ボクは、クマスタシアの手をギュッと握って、絶対にいい年になる、そうに決まってる、そう思ったのだった。


 冬の澄み切った空気に宇宙そらはどこまで広がり、そこに散らばる星々がみんなボク達を見守ってくれているように感じた。ボクは、心の中で全ての星々に「ありがとうございます。」と伝えると、笑顔にもどってパーティの後片付けに向かった。


 12月の冷たくどこまでも透き通った空気を肺に吸い込み、吐き出したボクの吐息は幸せに満ちていた。目の前で幸せが凝結し、白い湯気となってまた世界に戻っていくのをボクは感じた。


 今日は、間違いなく人生で最高のクリスマス・イブだ。そして、来年もきっと人生で最高のクリスマス・イブを過ごすんだと、ボクは何か確信めいたものをひしひしと感じるのだった。


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クマたちのクリスマス クマイ一郎 @kumai_kuroi

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