税金対策サンタ

オオバ

配達員

よしよーし....おい!中田なかたぁ!!積荷は終わったんだろうな!割れもんには気ぃつけろよ!!」

「うっす!!若頭!バッチリす!外のバンに1周目は積み終わりました!!」


12月24日の深夜

日付が変わろうとしている頃、強面の男が2人、サンタのコスプレをして、事務所から出てきていた。


「ん。じゃあ行くとするか。中田ぁ!!車出せ!」


若頭は銀色のバンの後部座席に乗り込むと、勢いよくドアを閉めた。それに続いて中田も運転席へと乗り込んだ。


「ちょっと若頭!もう夜中なんすから静かにしてください!銃声だと思われたらどうするんすか!大体近所迷惑ですし!」


中田がバックミラーを睨みつけると、若頭は気まずそうに視線を逸らした。

ため息をつきながら、中田は鍵を車へと挿しこみ、横へと回した。しかし、エンジンは音をたてるだけで、一向に付かない。


「あえ....若頭。付かないんすけど」

「....コイツも年代物だからな....冬は寝坊ぐらいする。中田、お湯を持ってこい。フロントにぶっかければつくはずだ。」

「そういう事は早く言ってくださいよ....若頭はそう言うところが甘いって皆が」


したり顔でそう熱弁しようとした中田の座席に、強い衝撃が疾った。若頭が思い切り蹴ったのだ。


「つべこべ言わずに持ってこい。」


中田は黒ひげ危機一髪のおじさんの様に、車から飛び出すと、5分程してから、ヤカンを持って戻ってきた。

フロントへとお湯をドボドボとかけると、たちまち水蒸気が上がったのが若頭からも見えた。


運転席のドアを開きながら中田が疑問を投げかける。


「こんなんで本当につくんですか?俺も詳しくないんですけどこういうのって」

「運が良ければつく」


座して待つ事しかしない若頭がツンとした顔で言い放つ。また、中田がため息を吐くと、息が白く染まる。

外の風が車内に流れ込んできているのだ。


エンジンをふかす音が大きく鳴り響いたかと思うと、安定した音へと変わった。


「うわ、マジでついた....」

「とっとと閉めろ中田。寒い。」

「ああ、はい、すみません。ヤカン置いてきマース」


こうして、やっと2人のサンタは、ソリを動かす事が出来たのでした。

ーーーー


「........」

「若頭?次どっちに曲がればいいんすか?真っ直ぐ行っちゃいますよ。」

「........」

「若頭?え?毒でも盛られて今死にました?」


車が大きく揺れた。

無言の重圧に、中田はニヤニヤしながら黙り込む。

ラジオから漏れでるクリスマスメドレーだけが、やけに楽しげに車内に響いている。

やがて、信号待ちから解放された車は、動き始めた。


「中田。さっきのとこ右だわ。」

「はぁ?!だからそういう事は」


またも車内が大きく揺れる。


「....若頭ってそれしかないんすか」

「うるせぇ。つべこべ言わずに働きゃいいんだよ。ト中イ」

「ヘーイ。でもあの衣装は着ないっすからね!」


車は、手っ取り早いコンビニで、Uターンすると、元きた道を戻り始めた。


「あ、さっきのコンビニ、ケーキ売ってるみたいっすよ。帰りとか安くなってませんかね。」

「お前、さっきあれだけ食っといてまだ食うのか....?」

「いやぁ....うめぇもんはいくらでも腹に入るじゃないですか?ほら、デザートも別腹だって言いますし。....ここを....左と....」


車が遠心力に引っ張られると、車内の2人も、引っ張られ首が傾く。


「中田。」

「なんすか?」

「お前、運転代われ。」


前途多難なサンタ達の夜は長い。

ーーーー


「ごくろうさ....?!」


チャイムを受けて、玄関を開けた父親は、ビビり散らかし、フリーズしてしまった。

玄関先には強面サンタが2人、佇んでいたからだ。


(これじゃ極道様じゃねぇか........!!!)


「こちらのご家庭の坊ちゃんが欲しがってたのは....このBotanってゲーム機で間違いねぇか?」


イカにも若頭です。みたいな風格を持った方が、父親の元へ受取票を差し出してきた。


「え....えぇ....問題ないです....!!」

父親は震えた声で伝票を受け取るとサインをして手渡した。すると、イカにも下っ端です。といった風貌のサンタが、若頭サンタの肩を叩く。


「もうちょっとマイルドに!若頭みたいな顔してたらサンタって言うより訪問殺人鬼ですよ!」

「うるせぇな。生まれつきだバカ。」


そんな2人のやり取りに、父親は焦りのあまりに、心の中でマシンガントークを開始していた。

(案外怖い方々じゃなさそうか....?でも若頭って言ってたしやっぱり極道サンタか....?やべぇなおいやべぇなおいおい)


放心状態の父親に、下っ端サンタが声を掛ける。


「確認取れました!一応規則なんで....寝ているお子さんの元へこちらで置かせていただきますね。使い捨て靴下は使います?」

「ああ....ああ。お願いします....あ....と、靴下はあります。家の中、少し散らかってるんですけど....少しすみません。」


父親がサンタ達を家の中へ招くと、サンタ達の目には一番に、玄関に置かれた幾つものゴミ袋が写った。


「親父さん。このご家庭はシングルファーザーと書かれてたが、上手く家庭が回ってねぇのか?」

「はい....?」


若頭サンタからの問いかけに、父親はハッと我に返った。


「ちょっと!若頭!デリケートな話っすよ!」

「一応、児相からも依頼を受けてるんだ。これも仕事だ。で、どうなんだ、親父さん。」


父親も心の中では理解していた事、自身だけでは家庭が回りきらない。その事を指摘されて、ビビッていた頭はすっかり冷えきった。


「....分かってしまいますか....息子の部屋へ案内しながら言い訳をさして貰います。」


決して広くない廊下に、ギチギチと3人が歩く。

床もミシミシと唸り、父親の心境を表す様だ。


「あの子の母親が死んだのが今年の始めなんです。」


父親の頭の中に、妻の記憶が溢れ出す。そんなしんみりとした話を、サンタ達は神妙な面持ちで聞いていた。


「家の事はずっと母さん....妻に任せ切りでしたから、初めての連続で、あのザマですよ。....やっぱり私は親としての責任を果たせていないのでしょうか?」


父親が、息子の部屋の襖を開けると、そこには小学低学年程の男の子がトナカイのぬいぐるみを抱えてスヤスヤと寝息を立てて寝ていた。


「....そうだな。もう少し頑張れたらいいかもな。」

「若頭!!」


父親が自分の不甲斐なさに、床を見つめると、その肩が若頭サンタに叩かれた。

若頭は眠る息子に指を指す。


「でもよ、息子さんはあんなに安心して寝れてるじゃないか。子供部屋も片付いてる。無理すんなよ。それが息子さんの為だ。」


若頭サンタはそう言って、父親に電話相談の番号が書かれたカードを手渡した。


その瞬間、父親の目頭に暖かいものがこみあがってきた。随分と、1人だけで戦っていた気がしていた。しかし、認められた事により、焦燥が自信へと変わったのだ。


「泣くなよ。親父さん。息子さんが起きちまう。」


そそくさと、下っ端サンタが息子の枕元にプレゼントを置くと、グーサインを出した。


そうして3人は玄関へと戻って行った。戻る間も、父親は仕切りにありがとうございますと呟いていた。


「本当にありがとうございました....!....本当はこの制度で来る方は、嫌らしい人なのではと思っていたんです....それは思い込みだし、大間違いでした。」


下っ端サンタは照れながら答えた。


「それ程でもないっすよ!喜んでもらえてこっちも嬉しいっす!」


しかし、父親の目線は若頭サンタにしか向いていなかった。


「....電話相談で足りない様なら、近くにあるウチの組に来るといい。手が空いてる奴がいれば子守りぐらい寄越してやる。」

「....!本当に極道の方だったんですね....もし限界になったら頼らせて頂きます。」


父親は若頭サンタの目の前で、腰を落とし、仁義を切って見せた。


「馬鹿野郎。そいつは気軽にやるもんじゃねぇ。....中田。行くぞ。」

「え....えぇ....なんすかこの展開....?!待って!待ってくださいよ若頭ぁ!!」


サンタ達の後ろ姿が見えなくなるまで、父親は仁義を切っていたのでした。

ーーーー


2人のサンタは、1件目の仕事を終えて、次の家へ法定速度ギリギリで向かっていた。


「若頭!次を左!」

「おう!」


スタッドレスタイヤが、左折に頼もしき悲鳴をあげる。もう、車通りも少なくなった道を銀色のバンが駆ける。


「それにしても、この制度割とアリっすね!税金対策にもなるし....地元住民の方々にウチの組の善良さを伝えられる。フィンランド発案の「ふるさとサンタ」」


ふるさとサンタとは、非課税世帯の家や、片親家庭と言った、いくつかの条件を通った家庭に、所謂お金持ちが、自腹を切ってサンタさんを遂行すると言う、最近施行された制度だ。

なんと言っても、この制度に会社、組織、で参加すると、来年分の経費にかかる税金が幾らか免除されるのだ。そこがサンタの大きすぎるメリットだ。そのせいで倍率が高く、抽選会が開かれた程だ。


「まぁな。」


若頭は素っ気なく返事を返した。だが、バックミラーには、バッチリと若頭の満更ない顔が写っていた。


「まぁすね!次のご家庭は....女の子!プレゼントは....いいっすね〜ゴールドファミリー全員集合の家....女の子らしいっすね〜」

「中田ぁ!無駄話をしていると、間に合わなくなる。集中させてくれ....速度をギリギリで保つのが難しいんだ。」


若頭は、車のアクセルをチラチラと小突く。


「焦って事故んないでくださいよ?」

「うるせぇぞ!中田ぁ!!沈められたくなかったら黙っとけ!!」


若頭がアクセルを怒りのままに踏み抜くと、車のエンジンが大きな音をあげた。


「ちょ!!マジでやばいですって!こんなとこで即断即決の暴龍の2つ名を発揮しないでくださいって!!」


そのあとも、暫く速度チキンレースは続いたのでした。

ーーーー


聖夜。それは愛する人と過ごす為の物。

あたしはそう教わってきた。周りがクリスマスだとかイブだとか、騒いでいる頃、あたしは家で1人、いつものご飯をつついていた。

そう、あたしには、あたしの家にはクリスマスなんてなかった。

なのに....「バカお前、クリスマスはなあ、あの子と一緒に過ごしてやれよ。この前出来たサンタ制度もある事だし」だなんて、彼氏が言うもんだから、あの子と一緒に過ごす事になった。


本当だったら、今頃彼氏と吐くほどの甘い時間を過ごしていたはずなのに、そう思うと、腹の底からムカムカと気持ちが押し寄せてくる。

そんな中、スマホにメールが入る。「もう少しでお届けです♪」だって。

どんな頭お花畑が来るのやら....


化粧をしていると、玄関からチャイムが聞こえてきた。

せめてもの抵抗に、ゆっくりと玄関に向かい、ゆっくりとドアを開けた。

するとそこには付け髭を摩る強面サンタが2人いた。


「うーす。こちらゴールドファミリーお届けのお宅で間違いなかったでしょうか?問題なければサインをお願いします」


見るからに下っ端のサンタがあたしの眼前に、伝票を差し出してきた。

随分と馴れ馴れしいチンピラだと思いながら、ペンを受け取り、乱暴に走らせてやると


「あざーす。じゃあ規則なんで、申し訳ないんすけど、娘さんの枕元に俺達が直接置くんで中に入れて貰えますか?」


だなんてほざいてきた。こんな夜中になんてはた迷惑な奴らだ。


「ええ?そんなん危険でしょ?こっちは女子供しかいないんだから。あんた達がホントにサンタ制度とやらの保証あんの?」


玩具だけぶんどってやろうと、威嚇する。

下っ端の方は困り顔でアタフタとするだけだったが....若頭風のサンタは違った。


「この伝票が証拠だ。」

「捏造よ!」

「....あんたの娘さんが欲しい物を持ってきてるんだ。暴漢には知りえない状況だろう。」


散々な日だ。こんな夜中まで起こされて、こんな無様な言い負けをするだなんて。

渋々サンタ野郎達を入れると、あたしは小言をボソボソと呟く。


「はぁ....なんであたしがあの子の為にここまでしなきゃならないのよ。」


その声が聞こえたのか、若頭サンタがあたしを睨みつけてきた。


「なによ」

「アンタは娘さんをどう思ってんだ」

「ちょい!若頭!時間ないんですから手早く....済ませましょうよ!」


最初は無視を決め込もうと思ったが、若頭サンタの睨みには気迫がこもっていて、クソ親の事を思い出して答えてしまった。


「....別に、人並みよ。あの子を育てているのはあたし。文句あんの?気分悪い」

「....」


若頭サンタが黙り込む。

何を思ったのかは知らないが、何かがクリーンヒットしたらしい。ざまぁみろ。

何だか、楽しくなってきて、また小言をこぼしてやる。


「キリストの誕生日がなによ!この制度だって金持ちの娯楽に過ぎない....どーせ見下してるんでしょう?」

「若頭!やっぱりこいつとっちめてやりましょうよ!」


あたしの態度が気に触ったであろう、下っ端サンタがあたしに食いかかってきた。

しかし、意外な事に、若頭サンタがそれを制した。


「やめておけ中田。ブツを置いてさっさと次行くぞ。お前の方が十分短気だろうが」

「....うす....チッ....」


そこからは下っ端サンタが時々あたしの事を睨むだけで、比較的何事も無く大人しくプレゼントを置いたので、早々に玄関外にに追い出した。

強いて言えば、リビングのドアを開けっ放しにしていたせいで、散らかった様子を見られたのがウザイ。


「どーもどーもあざした。」


出来るだけ強く玄関を閉めると、下っ端サンタのキーキー声が聞こえてきた。爽快ね。


これでやっと、一日の終わりを迎えられる。

そう思い、リビングの片付けへと乗り出す。

....振り返ってみれば今日一日、悪かったのはあのサンタ野郎達だけだったかな。


そうして机に広がった大量の食器を片付け始めた。


ーーーー


銀色のバンと言うソリの車体がユラユラと揺れながら、次の家へと向かっていた。


「なんすかあの女!!こっちが下手に出てりゃ調子に乗って!あれいいんすか!娘さん大事にしてるんすか!」


駄々をこねる中田を鬱陶しく思った若頭は、中田の事を大声で一喝した。


「うるせぇぞ!中田ぁ!!てめぇには見えなかったのか?」

「....何がすか」

「玄関には飾り付けがしっかりとされていた。あの受け答え....極めつけはリビングだ。」


バックミラーに暴龍の眼光が反射して、中田を萎縮させる。中田は考え込むが


「いや、覚えてないっすね」

「はぁ....今日からお前は即断即決の雑魚サンタだ。」

「納得行かないっす!どういう事ですか」


中田の質問に、若頭は運転の片手間に語る。


「あんな憎まれ口は叩いちゃいるが....やるこたしっかりやる良い母親だよあのアマは。言葉が上手い方じゃないだけだ。」


中田はほう、と頷いた。


「つまり、若頭と似たもの同士だから、シンパシーを感じたと。納得っすね」

「んなわけあるか!!お前帰ったら覚えとけよ。今日のクリパを最後の晩餐にしてやるからな」

「じょーだん!じょーだんですよ!若頭は心がひろ....ちょ!だからアクセルふみこうとするのやめてくださいっす!!!怖い!音が!鳴ってる!!」


ーーーー


それから2人のサンタは、順調にプレゼントを配り終え、2週目に突入し....ついに最後のプレゼントとなったのであった。


「若頭!もう日が昇ってきましたよ!」

「急かすな!これ以上スピードを出すと....サツが大義名分を掲げてウキウキで捕まえに来る。」

「でも子供達の夢の方が....!」

「馬鹿言え!もうすぐ....だ?!」


無慈悲に照らされる赤い色。それは法によって守られた安全。

最後の家はもうすぐだ。だから、だからこそ、若頭の足はアクセルを踏むのを我慢を出来なくなって行く。


「おい中田ぁ!!お前降りて行ってこい!!俺は止める所を探してくる!」


若頭の魂の叫びに、中田は素早く反応すると、もうスタンバって、抱えていたプレゼントを持って、バンを飛び出した。


(若頭の犠牲は....忘れないっす....!!)


サンタ達のテンションは、夜明けに合わせて順当に狂っていた。

中田の目に涙が浮かび、そしてこぼれ落ちた。


ーーーー


中田は地図を辿り、最後の家へとたどり着いた。

見るからに壁の薄いアパート。チャイムすら付いていないドア。出来るだけ小さく、小さく、ドアをノックした。


(頼む....聞こえてくれ....!)


その願いに呼応するかの様に、中から物音がした。

30秒ほど経って、ドアがパジャマ姿の小さな子供によって、ゆっくりと開かれた。それは正に死刑宣告。


「....だれですか?」

(終わった....?!俺が子供の夢を....サンタさんを....壊した....)


中田の頭の中が真っ白になっていく。

それは今日一日を強く否定された様な、強烈な物だった。


(あ....あ....あ)


パクパクと口を開け、白目になる中田。

しかし、中田の風貌は正に正しくサンタ。それが功を奏したのだ。


「サンタ....さん?....そっか。家は煙突がないから、玄関から来てくれたんだ!わぁ....!初めてみました!サンタさん!....えっと....おはようございます!」


中田の頭の中に「ほあぁんあぁん」と音が鳴り響いた。まだ試合はコールドではなかったのだ。


「そ....そうじゃよ!ワシはサンタさんじゃよ。君の言う通り、煙突が無いから困ってしまってなぁ。」


中田は思いつきのサンタ像を自分へと貼り付ける。

今はただ、サンタである自分を想像する。

その思いで頭を無理やりに埋めつくした。


「サンタさん!」

「ちゃんとプレゼントはここにあるぞ!はいどう」

「寒かったでしょう!中へ入っていってください!お茶をだしますよ!」


ーーーー


中田は蜘蛛の巣に囚われた、蝶のように、身動きを取れなくなっていた。


「へ〜....サンタさんはフィンランドって国から来たんですね。」

「ああ、そうじゃよ。ワシはサンタクロース村から来たんじゃよ」


中田は辛うじて知っていた、その名前1つで何とか乗り切ろうとする。


「サンタさんの村....!サンタさんがいっぱい居るんですか?!」

「ああ、そうじゃよ。サンタクロース村じゃからな!」


もし、語彙力世界大会があるとしたら、今の中田はぶっちぎりで最下位だろう。

折を見て抜け出すべく、早々にプレゼントを渡す事にした。

この子のプレゼントは、何とも不思議で、アルバムだった。

手に持っていた綺麗にラッピングされた物を渡す。


「メリークリスマス!ワシからのプレゼントじゃ!」

「わぁ....!ありがとうございます!大事にします!なんだろう....!!」


子供らしく目を輝かせて、ラッピング包装を解いていく子供を見て、中田はそそくさと立ち上がろうとした。


「わぁ....!アルバムだ!ありがとうサンタさん!ちょっと待っててください!!」


中田の目には、子供の輝く目が、今だけ、今だけは、ゴルゴンの目にすら思えた。


石化した中田が大人しく待っていると、隣の部屋から、子供が小さなカメラ....使い捨てカメラを持って戻ってきた。


「記念撮影しましょう!!記念すべき1枚目はサンタさんと!!」


中田にとってこの提案は最悪だった。中田が撮られては不味いのだ。


サンタ制度のおことわりには、こう記されている。

「サンタたるもの、サンタらしく子供の夢を守るべし。撮られる様な事があればギルティ。故にもし」


ここからは恐ろしくて語る事が出来ない。

とにかく不味いのだ。

中田はIQ90の頭を働かせて、最善と思われる択を弾き出した。この間3秒であった。


「分かった!じゃがのう、他言無用じゃぞ....?本当は秘密なんじゃから!サンタさんとのお約束っす!」


この問いには、この子供の純粋さへの挑戦が含まれている。諸刃の剣。しかし、中田の頭ではこれが全ての箇条を満たす唯一無二の手段なのだ。


「....ご迷惑でしたか....ではやめておきます....おんをあだでかえすようなことをして....ごめん....なさいっ....!」


聖夜に流れゆく、子供の涙....それを許せる程、中田はサンタになりきれていなかった。プロサンタ失格だ。


「いやいや!迷惑なんてことない!ごめんごめん!ごめんね!いやね!冗談!冗談!好きなだけ撮って!なんでも言って!俺!サンタクロースだからね!」


中田の慌てふためく回答に、子供は笑顔で頷くと、中田に見えない角度でニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。


「それなら....トナカイさんとも撮りたいです!!」


ーーーー


あれから30分。子供の部屋のチャイムが鳴らされた。

ウキウキの子供と、青ざめた中田が玄関へと向かう。


中田は心の中で生きている事を懺悔していた。

そう。若頭にあの衣装を着ることを強要しただけでなく....姿勢まで指定したのだ。これもまた、子供の純粋さが問われる。

普通に考えれば無理だと出る決断も、今の疲労困憊した2人には無理だった。


「トナカイさんですか!」


子供が扉の前で悪魔の言葉を言った。

中田の頭痛が酷くなっていく。これは寒さによるものではないのだ。

扉の外からは高い声....例えるならば某有名テーマパークのキャラの様な声が聞こえてきた。


子供が嬉々として開けたドア、その先に居たのは....信じられない形相をした、赤鼻のトナカイ(四つん這いのコスプレ若頭)だった。

中田の口から思ってもいない声が漏れ出始める。壊れたテレビの様にセリフをはいたのだ。


「トナカイよ。中にはいるが良い。この子供と写真を撮るのだ。」


その中田のセリフに、ドスの効いたトナカイの鳴き声が刺さる。しかし、中田ももう止まれないのだ。


「入ってください!トナカイさん!寒かったでしょう!」


子供はそう言うと、若頭を招き入れる。

ここに、サンタ(下っ端)トナカイ(若頭)子供(子供)と言うチャリティー劇の幕開けだ。


中田は若頭の鳴き声を聞く度に、青ざめ、青ざめ、いつしかそれはオーバーフローして、愉快な気分になっていた。

そう。笑ってしまったのだ。


「じゃあ撮ります!えっと....自撮りにして....」


中田と若頭が並ぶと、若頭は子供に聞こえない位の声でこう囁いた。


「中田。冗談で済まなくなったな。」


しかし中田には何も響かない。何故ならば、今、中田をどうこうすることは、若頭には出来ない。今は好き勝手できるし、五体満足なのだ。


「あとはボタンを押すだけ....!笑ってください!」


3人が収まる画角で、子供の合図と共にシャッターは切られた。

しかし、使い捨てカメラは現像するまで撮れているか、確認する事が出来ない。それを知っていた中田は口を出す。


「念の為もう1枚撮っておこう....じゃ。俺....ワシがとりますっすじゃよ」


トナカイの鳴き声(舌打ち)が虚しく響き渡る。

止めるものは誰もいない。


「お願いします!えへへ....一生の思い出にします!」


そうして、また3人、肩をよせあい、シャッターを切った瞬間、襖の奥から物音がした。

誰かが居る。そう、恐らくは子供の親であると、瞬時に理解した2人、焦る必要は無い。無いはずだった。

子供が気を利かせ、2人を外に出そうとしたのだ。

その子供の慌てように、中田のカメラを持つ腕が大きく揺れた。


「お2人とも!!早く外へ!お母さん起きてきちゃう!」


子供がそう囁いた。

そして、この状況から解放されると悟った若頭はそそくさと、四つん這いのまま、神速のハイハイで玄関へ走り去った。

その後を渋々と付いていく中田。


そうして3人は外へと飛び出したのだった。

ーーーー


全てが終わった後のバンは、やけに静かだった。

先程までとは打って違い、乗っているのはサンタでもトナカイでもなく、極道が2人。


「....」

「....」


運転席に座っているのは中田。

後部座席でバックミラーを睨みつけているのは若頭。


先に口を開いたのは若頭だった。


「終わってみれば、案外早かったな。」

「....そうっすね....そうすっね....」


中田の口は回らない。お調子者のレッテルは何処へやら、もう今は調理されるのを待つ、店売りの豚だ。


「普段のブツ運びなんかより、随分とたいっっっへんだったがな!」


中田は背中の衝撃に備えたが、思いの外、その衝撃は来なかった。それが今の中田には恐怖でしかない。


「....ったくよ」


若頭は足を組み直すと、大きくため息をついてから、中田に疑問を残す一言を放った。


「クソガキに1本取られやがって....」

「....え?」

「お前気づいてないだろ。あのクソガキ、家を出る時お2人とも!なんて言いやがった。あの後別れる時だって、アイツはニヤついていやがった。所詮ガキはガキ。最後にポーカーフェイスが崩れたって訳だ。あれは分かっていて俺たちを泳がせたんだよ。どこまで知ってんのかは分からんがな。」


そう若頭が、何やら満足気にそう語るのを見て、中田は記憶を思い返す。

言われてみれば、と中田はテンションのままに、乗せられていた事に気づく。


「....って事は....バラされるんじゃ....?!」


そう情けない声を上げた中田に、若頭の一喝がまたも飛ぶ。


「中田ぁ!!俺の見立てじゃ....アイツはいつか、写真を持って組に脅しをかけてくるだろう。これを公開されたくなければ、言う事を聞けってな。それは明日かもしれないし10年後かもしれん」


若頭は神妙な面持ちをしたかと思うと、ニヤニヤと笑い始めた。それが恐ろしくなった中田の手に力が入る。


「こいつは逸材だ....ウチの組にスカウトしなきゃなぁ?なぁ?中田ぁ!!そうじゃなきゃお前はただの戦犯だもんな?」

「うっす!!」

「んなら!ケーキ買って帰るぞバカ!ヤケ食いで覚えながら忘れんだよクソ!!」

「うっす!!!!!」


この後、彼らの事務所では、2人だけのクリパ二次会が開かれたのは言うまでもない。

その後の中田の末路も....言うまでもない。


ーーーー


「愉快な人達だったなぁ....今度遊びに行って見ようかな。きっとこの写真があれば........ブレた方は大事に閉まっておこう。」


子供は大事そうに使い捨てカメラを抱きしめた。

25日の朝

1人の子供に大きな大きな思い出が出来たのでした。

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