異世界コールセンター24時~『我が御名において呼びかけに答えよ、イフリート!』「イフリートですか? 今席を外しております」~

ナ月

第1話

 体の芯まで凍えそうなほどひどい吹雪の夜だった。

 勇者たちは剣を手に、戦士は大盾と手斧を持ち、僧侶と魔法使いは杖を握りしめる。

 勇者は二十代前半の若い顔立ち。精霊の加護を受けたミスリルの鎧に、勇者の剣を持っている。

 その勇者が、剣を杖のように地面に突きさし、やっとの思いで立っている。

 ひゅう、と大穴の空いた壁から冷たい外気が吹きすさぶ。

 塔の外壁には、星空と一緒に宙に浮かぶ魔族の姿があった。人のように服を着て、黒い翼に銀のレイピアを持っている。


「くそ、何て魔力だ……!」


 その力の前に、勇者一行は攻めあぐねていた。


「勇者様、我が背に……!」


 戦士は三十代後半のベテランの面構え。重厚なだけの鋼の鎧に大盾、鈍重な斧を持っている。


「治療します」


 僧侶は十代前半の少女。先端が丸い形状の杖を持って、灰色の修道者のローブを羽織っている。

 

「……私が」


 そして、魔法使い。十代半ばの少女。黒いショートカットヘアーをして、猫のように凛とした目をしている。魔法使いらしい黒いローブに、煩雑に絡み合う蛇のような杖、肩には黒猫が乗っている。


「私が、召喚魔法を使います!」


 その言葉に、おお、と一同は希望の声を上げる。


 『召喚魔法』。時空を超え、契約を交わした強力なモンスターを使役する、超上級にして、高等な魔法。

 魔法使いの少女は、足元に魔方陣を展開し、がじ、と指を噛んで血を滴らせながら、詠唱を開始する。


「我が名はサリナ。黒き森に住まうゼルナの一族にして、その長の娘。我が御名とこの高貴なる血にかけて、今、召喚の門を開き給え……!」


「サリナが召喚魔法を展開した! 詠唱完了まで援護するぞ、お前ら!」

「おう!」

「はい!」


 勇者一行は手に入れた希望を前に、最後の死力を振り絞り、魔族からの猛攻を耐え凌ぐ!

 氷の槍が降り注ぎ、風の刃が肌を切り、光弾で体を弾き飛ばされても、なおも立ち上がり、剣を向け、吠える。


「ぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」


 その勇者たちの戦いを無駄にしないためにも、サリナは詠唱を続ける。


「燃え滾る地獄の竈、灼熱の炎熱、地の底、地球の核たる部分に触れし者よ、その炎獄の景色を大いに切り取りお貸し給え! さぁ、我が御名において、出でよ、イフリートッ!!!!」


 ―――RRR..

 ガチャ。


『はい。こちら異世界コールセンター、タケナカです。サリナ様ですね。あ、また指怪我されてますけど大丈夫ですか? ひとまずご用件をお伺いいたします』

「くっ……! 我が御名と魔力の根源を持って、イフリートよ、お願い、来て―――!」

『イフリートですか? 恐れ入りますが、ただいま全員席を外しておりまして……』

「わ、私にはまだ、扱えないというの……?」


 勇者たちにはサリナとタケナカの会話は聞こえない。

 高度な魔法だ。苦戦しているのだろうと思い込む。


『マナのお支払いただいたところ恐れ入りますが、イフリートたちはその……昨晩の宴会がまだ響いているようでして』

「この極寒の景色を払拭する大いなる炎を、我が元に、何卒―――!」

『あー、炎ですか。申し訳ありませんが炎を扱える者は他に……え、ヒモリさん行けます? でも今回のマナはこれだけで……Cランクのイフリートの代わりにSランクの貴方が? まぁ、貴方が良ければ……。ええ、ええ。かしこまりました。それでは今回は特別に、他の者を手配いたします』

「よ、よし! 出でよ! 名前……えと、えと、その名と体を、我が前に見せよっ!!」


 ばあん、とハデな音と煙とともに、召喚陣から召喚獣の腕が生えた。

 人の子など一握りにできそうな巨大な腕がにょきりと生えてきて、続いて頭が。肩が、もう片方の腕が、ずるりずるりと顔を出す。それはかつて、古の大魔術師がその人生の全てを投げ打って作り出したひとつの究極だ。イフリートなど片手でねじ伏せられるほどの巨漢。常に溶岩のように滴るマグマの皮膚を持ち、その場にいるだけで周囲の物を焼き殺す、溶岩ゴーレムだった。


『おで……溶岩ゴーレムの……』

「よし、いけ! 溶岩ゴーレム!!」


 挨拶もそこそこに、サリナが指をさす。

 溶岩ゴーレムはその口腔にマナを込めると、きぃぃぃん、とその場にいる者が凍り付くほどにマナが超圧縮されていき、魔族もあんぐりと口を開ける。

 例えるならば、レベル30のボスを相手に、レベル500の助っ人を呼んだようなもので。

 魔族も。


「えっ、ちょっと待って、何そいつ、えっ、待って、えっ」


 明らかにレベル違いのモンスターを前に、ただただ啞然とするしかなくて。

 ボッ、と放たれた溶岩ゴーレムのビームに反応できるわけもなく、じゅっ、という情けない音とともに一瞬で浄化された。


「勝った!」


 わぁぁ、と勇者たちに歓喜と安堵が訪れる。

 溶岩ゴーレムは役目を終えて、すぐに帰っていった。


「すごいぞサリナ、あんなモンスターを召喚するなんて!」

「とっておきだったのか? 俺たちにも内緒にしていたのか」

「きっと一度限りの大技を取っておいてくれたのね。ありがとう、サリナ」

「あはは」


 そんな勝利ムードの中、サリナの脳内に最後のアナウンスが流れた。


『それではこれにてお電話を切らせていただきます。今回は異世界コールセンターをご利用いただき、誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』

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