第10話

「大丈夫か!」 


 突然に現れ、一瞬に獣魔じゅうまを倒し自分を助けてくれた目の前の男性に、将也はくぎ付けであった。そして、その男性に差し出された手を握ると、お礼を言いながら立ち上がり、衣服についた砂埃を払う。


将也まさや!」


 一目散に駆け寄ってきたゆうは、将也の体を見回し何ともないことに安堵のため息をついた。

 将也を助けてくれた男性に、お礼と自己紹介をすると、その人は「桜花飛勇おうかひゆう」と名乗り、一緒に戦ってくれると言ってくれた。

 その心強さに優と将也の中で安心感と高揚こうよう感が生じる。しかし、その感情に浸っている時間はなく、優はさとるに状況を確認する。前の報告ですぐに相当数の獣魔が来ると聞いていたからだ。


 「数は50程度。まだ増える可能性もある。動きはゆっくりだから、到着までまだ時間はありそうだ」


 優がその時間を利用し、お互いの状況を確認し合いながら大群相手の念魔ねんまの対応を考える。


「優さん、戦いの陣形や戦術はありますか?」


 智の情報の下で指示を出していることを伝えると、飛勇は自分にも指示を出して欲しいと願い出てくれた。


 ――俺よりも、この人の方が戦いも組み立てもできるのではないか…………


 優は先ほどの飛勇の突撃を見ても、彼の人となりを見ても明らかだと考え、


「良いのですか? 自分より、飛勇さんの方が……」


 それが最善とはおもいながらも顔はうつむいていた。

 将也が、どうしたものかと飛勇をチラリと見ると、微笑みが返された。まるで「優なら、大丈夫だよ」と言ってくれているようだった。


「君のような勇敢な若者に指示を出してもらえるなんて、むしろ光栄ですよ。それに、君の友達の力を100%発揮できるのは君しかいない。僕じゃできない」


 友人の力を引き出すには友人しかできないと、その言葉に優が再び自信を取り戻す。

 そして飛勇が「息子の前で格好つけたいのもあるんだ」と話すと、建物の前で彼の息子と女性が立っていることに気が付く。

 優が軽く会釈えしゃくをすると、その女性も会釈で、息子の方は笑顔で返してくれた。二人を見て込み上げてくるものを感じたが、作戦の確認をしているうちに気持ちも落ち着いていた。

 将也の方はといえば、剣術の稽古で会ったこともある宗太郎に軽く手を挙げて挨拶をすると、宗太郎は小さくピースを返して来た。


 「みんな、将也は大丈夫だ。次の戦いに向けて確認をしておこう……」


 優は飛勇たちのことや次の戦いに向けて、一通り確認を仲間たちと確認すると、再び胸がざわついてくる。


 ――なんだろう、この胸の苦しさは、この人の強さに安心したのかな。でも、嫌な気持でもない。けれども、泣きそうになってくる。


 歩きながら優は自分の心が大きく揺れ動いていることを感じた。心力しんりょくで戦う念魔ねんま戦を前に心の乱れは危険である。だが周りにき起きた風の流れを感じると、途端とたんにに落ち着いてきた。


 「京子先輩、あれは…………」


 さやかが優の周りに生じている風の流れを見つめている。


 「さやか、そうね、あなたなら感じられるわよね。ええ、いやしの風よ」


 優にまとわりついている風。その風には魔力があり癒しの効果がある。気が付かれないようにカモフラージュが施されているが、優に関する隠し事はさやかには無意味だったようだ。


「京子が展開したのか?」

「まさか。破邪はじゃの結界ならまだしも、こんな緻密ちみつな癒しのフィールドなんて無理よ」

「そうか……ん? 癒しのフィールド? 気が付かなかった…………どうりで矢こぼれもタイミングが良かったわけだ」

「今は内緒よ」

「ああ、分かってる」


 京子と一矢かずやの話が、半分程度しか理解できなかったさやかであったが、言われてみればいつの間にか、みんなが元気になっていることに気が付いた。


「さやか。今日は優にとって大切な日になるわ。しっかりと援護してあげるのよ」

「はい!師匠の大切な日に花を添えます!」


 何故、大切なのかは分からなかったが、それはどうでも良かった。優にとっての大切な日と聞いた以上、全力で闘志を燃やすであった


        ♢


「みんな、念魔の群れが100メートル切った。数は6,70程度。獣魔を中心とし魔人も少々いる。加えて念魔にしては人の形に近いものもいる」


 智の声には今までにない緊張が満ちており、インカムを通して全員に伝わった。いよいよ戦闘が繰り広げられることとなる。そして、これまでとは違う規模の戦いが始まる。滝山高校の全員が緊張した面持ちであった。

 ただ一人、飛勇だけは変わらぬ微笑みを浮かべて、優と将也に話しかける。


「優、将也、君たちとこうして戦えること嬉しく想う。苦しくなったら、いつでも僕の名前を呼べば良い。どこにいようと駆け付ける」


 なんだか嬉しそうにも見える飛勇を見ていると、優にも将也にも微笑みが浮かんできた。飛勇から突き出された拳へ二人が自分の拳を合わせる。


「構え!」


 智から獣魔が間もなく侵入してくると報告が入る。そして獣魔が門を超えるやいなや、飛勇が一瞬に突撃する。その突撃の勢いに隣にいた優の髪がなびく。


 ――速い!!


 と優がおもった瞬間に、将也も飛勇に合わせるように突進した。

 飛勇の初撃で獣魔たちが吹き飛んでいく。滝山高校の生徒たちが、その飛勇のすさまじさに目を奪われていた。

 ただし将也以外はである。


 ――右にぎ払うか……


 将也は突進しながらも、冷静に飛勇の動きを見ながら彼の動きを理解する。

 飛勇は右の獣魔を薙ぎ払い、体をそのまま右へ流し、左側に空間を築く。


 ――良い動きです!


 右へ流れた飛勇の動きは、将也が左側へ切り込むと予測し、彼の視界と間合いを確保するためであった。あまりも戦いやすく、将也もおもわず感嘆する。

 獣魔が一斉に飛勇に襲い掛かる。


「させるかぁぁ!」


 その動きを完全に見通していた将也が斬りかかる。

 飛勇が間合いを確保してくれたお陰で大振りができる。


 ――師範みたいな人だ


 自分、相手、そして味方とそれぞれの間合いを把握はあくすることを宗義むなよしは常に言っていた。

 それを見事に実演してくれた飛勇に宗義の言葉を重ねた。飛勇はさらに獣魔を薙ぎ払うと後方を見る。


 ――なるほど、一旦、間合いを取るために下がりたいのか……


 今度は、飛勇の意図を理解した優が駆け出す。


「ひぃ、スイッチ!」


 その言葉に飛勇が後ろへ下がる。

 飛勇とすれ違いながら、優には言いようのない嬉しさが込み上げてくる。その嬉しさが一層に優の能力を高めると、今まで以上の一撃が獣魔の頭上から叩き込まれる。その一撃いちげき熟練じゅくれん隊士たいしが繰り出すような衝撃波しょうげきはのおまけ付きであり、獣魔をまとめて霧散むさんさせていくのであった。


「智くん!」


 智が自分を呼ぶ飛勇に目を向けると、槍を構えなおし前傾姿勢を取り始める。


 ――なるほど。了解です!


 飛勇の意図いと即座そくざに理解すると、


「優、将也、3秒後に後ろへ!」


 二人へ指示を出す。智は飛勇の軽快けいかいな動きに気持ちが高まるも、どこまでも冷静に尽くし彼の動きを予測よそくする。


「将也、右翼へ集中を。優、ひぃさんへ左へ広がるように伝えて」


 より獣魔が密集みっしゅうしているのは左翼であり、それならば飛勇が左翼に攻撃することを予測すると、その通りに飛勇が左翼へ薙ぎ払いを仕掛ける。

 左翼を攻撃した分、今度は右翼が突出する。そこに飛勇が攻撃を仕掛けることも予測しており、


「ひぃ、そのまま左へ広がって!」


 だからこそ、優に飛勇が右翼へ攻撃を仕掛けないように指示を出してもらう。

 飛勇は右翼を攻撃したいのではなく、獣魔と人魔を分離させたいのだ。左翼を中心に攻撃していたのも右翼の人魔を巻き込まないためにであった。その飛勇の意図を完全に読み取っている智は見事であった。

 そして、突出した右翼の獣魔を削る効果的な攻撃が繰り出されようとしている。


「構え!」


 京子の声が響く。

 京子、一矢、さやかが一斉に弓を構える。


「山口、一番手前を狙え。京子、後ろは任せろ」

「さやか、動きを止めればそれで十分よ」

「了解です!」


 先ほど獣魔を倒しきれなかった、さやかの重圧を解きほぐし、三人が一斉に矢を放つ。

 全員の矢が獣魔に当たるとさらに京子の第二射が獣魔を射抜く。繰り返された矢の応酬に数体の獣魔が霧となっていく。


「よし!!」


 智が、その大きな声と共に珍しくガッツポーズを見せる。彼の思惑通りに飛勇の目の前に一直線に獣魔を並ばせ、かつ獣魔と人魔を分離させることができたからだ。


「ひーーーぃ!」


 優が祈りをこめながら叫びかけると、飛勇が目の前の状況と滝山高校の生徒たちが築いた想いを受け止め、攻撃態勢を整え始めた。


「え!?」


 獣魔の不測の行動に備え、弓矢を構えていた京子は、その構えを解くと手から矢がこぼれ

 落ちる。


 ――あれは、獣魔を止めている? それに、あの念魔は明らかなほどに人の意志を感じる。あれが本当の意味での人魔なのね……


 人の形をした念魔、すなわち『人魔じんま』の中の一体が他とは違う動きをしている。京子はその人魔を見ていると、恐怖ではなく、むしろ安心を感じる。


 ――あの人魔は…………いいえ、あの人は……


 飛勇が宗太郎と真弥に笑顔を向ける。間もなく獣魔と人魔を一掃するための攻撃が開始される。

 智が汲み取ったことと同じように、京子も一つのことに気が付いた。それは飛勇が、当初から獣魔と魔人にしか攻撃を加えてなく、右翼後方にいた人魔には攻撃があたらないように意図していたことだった。

 それは、飛勇が破邪の呪文で人魔をはらうためであった。


 ――ひぃ、その人魔はね……


「人魔を祓わないでください」とは言えない、もはや人であって人ではないからだ。神社の娘としても、邪念じゃねんりつかれた人を解放してあげなければならない。


「でもあの人は…………」


 その交錯こうさくする想いに胸が張りそうになりながら、目にあふれてくる涙を浮かべ飛勇を見る。

 そして、京子が飛勇を見る前から、飛勇は彼女のことを見上げおりその視線を受け止める。


「大丈夫だよ」


 満面の笑顔と共に彼がそう口を動かしてくれた。言葉が思念しねんとなり心に響いた。


「はい……ありがとうございます」


 京子の心に大きく響いた飛勇の言葉に安心すると、彼女の目に浮かんでいた涙がこぼれおちた。


 飛勇が人魔たちに向けて言葉をかける。


「そうだね。分かっているよ。君たちは誰も傷つけたくない」


 人魔に向けてはっきりと聞き取れるとおった声だった。


「そうだ! 君たちこそが、その痛みを耐え抜いた勇者だ!」


 滝山高校の生徒全員が涙を流す。

 涙を見せまいとする優も将也も歯をくいしばり目を赤くし、その目を必死に人魔に向けている。

 高校の方からこっちへ来る人の形をした念魔が誰に憑依ひょういしているのか、誰もが分かってはいたが口に出さなかった。「自分たちは生きなければならない」そう言い聞かせていた。

 そんな彼らが飛勇の言葉を聞き、こらえていたものが関を破ったように流れ出てきた。


 ――ひぃ…………


 全員が手を組み願った。

 全員の願いはただ一つ……


「みんなを救ってあげてください!」


 ただそれだけだった。


 飛勇は跳躍ちょうやくし槍を構えた。それは投擲とうてきをするような構えだった。


「そこに在りしこの世の理よ」


 彼の言葉に槍が光を帯びていく。


「この槍に集いし光にて解き放て」


 槍を振りかぶり投擲に備える。


「その勇気へ祝福をあれ」


 そして、右腕に力と意識を集中させる。


「シャクーーーーナ!」


 飛勇が、その言葉と共に槍を投げる。

 槍は人魔と獣魔の群れ中央に突き刺さると光を放った。

 辺り一面の輝きと共にほとんどが消え去っていく。


 しかし、まだ数体の人魔が消えずに立っていた……


 飛勇が手を上げると全員が動きを止め、ゆっくりと人魔の方へ歩き始める。


「随分と勇敢だったね」


 飛勇は人魔たちへ語りながら近づいていった。


「立派に生徒を守ったよ」


 人魔の一体がうなり声を上げた。


「もう、生徒たちは大丈夫だ」


 飛勇は、うなり声を上げた人魔の前に立つとそのまま抱きしめた。


 その人魔から黒い霧が立ち上がり、一人の女性の姿が現れる。

 その女性は、生徒たちが見慣れた顔だった。

 いつも優しくて、でも厳しくて、一緒に笑ってくれて、悩んでくれて、とても綺麗で、みんなが大好きだった人。


「たえ子先生!」


 全員がその名を叫んだ。

 たえ子を見ながら京子は心の中で語りかけた、


 ――先生、分かっていました。だって、止めようとしている人魔がいるのですもの。でも信じたくなかったんです。だけど、もう逃げません、だから……


「先生! 私も先生のように生徒を守れるような人になります!」


 彼女の力強い声が響き渡る。

 飛勇がたえ子に語りかけると、たえ子が周りの人魔と共に上空へとゆっくり上がっていく。

 屋上辺りの高さに来るとたえ子は京子たちの方を見た。


(あなたなら、きっとそうなれるわ)


 たえ子の優しい声が京子の心の中で響く。


「でも、先生。辛いおもいをしている先生を射抜くことができませんでした」


(辛くおもっている人を射抜いぬけないことは当然だわ。あなたの矢は人を救うためにあるのだもの。だから、最後に私たちの頭上にあなたの想いと共に矢を放ってみて)


 その言葉に京子が毅然きぜんとして立ち直す。一矢が落とした矢を拾い彼女へ渡し、ゆっくりとうなずく。


 ――私にも先生のような心の強さを……


 弓を握りしめると、射法の動作を開始した。


 少し早めに……けれど、一つ一つを丁寧に想いを込める。


「きれい…………」


 さやかが言うほどに、彼女の美しさが際立つ。

 そして、一つ一つの動作につれて弓があわく光をまとい、最後には京子自身も輝いているようだった。


 ――先生、ありがとうございました!


 放たれた一本の弓がたえ子の頭上で光を放つとその光が彼女たちへと降り注がれた。

 そして、その光の中でたえ子は役場の方へ会釈をし、他の人魔と共に空へと消えていくのであった。


 その時と同じくして、優も仲間たちと同じく飛勇とたえ子のやり取りを見守っていた。

 飛勇が放った光の一撃、それは奇跡と呼べるものであった。自分たちの祈りと共に槍が輝いていく、飛勇の力なのか、自分たちの想いがそうさせていたのか、けれど、優には一番気になっていたことがある……


 優はその方向に目を向けた。

 その目線の先、役場の入口前に立っている飛勇の息子も自分を見ていた。


 「…………!?」


 優は何かを想い出し、おもわず声はなく口だけを動かした。

 飛勇の息子が、その口の動きに呼応して満面の笑みでうなずく。

 その笑顔につられるように隣の女性も微笑んでくれる。

 泣くまいと耐えていた優だったが、もはやそれはできなかった。

 飛勇がたえ子たちへ哀悼あいとうの動きを見せた。それに乗じて自分もまた哀悼の構えをし、空を見上げ涙をこらえる。


『そうたろう』


 口だけを動かした言った名前を心の中で言うと、誰にも聞こえないようにつぶやいた……。


「ひぃ、おかえりなさい。そして、そうたろう……ただいま」


 最前で哀悼の構えと共に上空を見上げていた飛勇の頬にも、人知れずに一筋の涙が伝わっていた。


「おかえりなさい、優兄ちゃん」


 そしてそれは同じく、宗太郎のつぶやきを聞いた真弥の頬にもであった。



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勇気の記憶 ~たとえ勇者になれなくとも~ 風沼 @sefmina

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