第9話

一矢かずや……すまない」


 周りから見れば、高校生離れした動きの連続である将也まさやだったが、剣士として納得のいくものではなかった。


「どうした? いつものお前なら、居合いあいの間合いだろ。へばったか?」

「冗談いうな。へばったというより油断したぜ。まあ、それも気に入らないけどな」


 前衛で連戦続きの将也に負担がかかっていることは容易に分かる。ただ、将也との付き合いから彼には気遣いの言葉よりも、はっぱをかけた方が効果的であることを一矢は理解している。


 ――確かに、将也に連戦させ過ぎたかもしれない。あんな斬撃ざんげき連発れんぱつしていたら、足腰あしこしに来るのは当然だ。代わる代わるに戦うようにしないといけない。だが、俺には武器が…………


 二人が交わした言葉を聞きながら、ゆうが将也への負担を懸念けねんする。


「まさかとは思うが、余計な心配はしていないよな?」


 優の気持ちを見透みずかした将也が声をかけ、優が引きつった笑顔を見せる。

 そんな二人に一矢が苦笑しながら、家から持ってきた刀を優へ差しだす。


「将也に『休め』なんて言っても無駄だからな。優が負担を軽くしてやれば良いさ。家から持ってきた模造刀もぞうとうだが、強度と破邪はじゃ効力こうりょくはそれなりにある。とはいえ、心剣しんけんには及ばない。切るというよりは、叩きつける感じになるな」

 「それで十分だよ。ありがとう、一矢」


 優も一矢の言う通り自分が戦闘に加わることで将也の負担を軽くしようとおもった。


さとる、俺が戦闘に加わったら、全体の指示をお願いするよ」

「それは了解だけど、弓の位置を考えないといけないね」


 智は指示を代わることは良いとしても、先ほど京子たちが弓を撃てなかった状況を危惧きぐしていた。


「そうね。この場所はさっきのように矢道やどうが重なる危険性はあるわね」


 京子がそう言いながら辺りを見回すと、


「今日は風もないし、いっそ屋上からの方がやりやすいわ。一矢はそれで良いかしら?」


 京子の提案に一矢もうなずくと、


弓力きゅうりょくの強いものを持ってきたので俺はある程度の距離は構わないが、京子や山口さやかの弓は射程圏内しゃていけんないが60メートル。確実を狙うなら50メートルというところか…………」


 一矢が目測もくそくで50メートルの辺りに目印を置き、残っていた生徒にその位置へポールか何か分かりやすいものを立てるようにお願いする。

 加えて、矢を屋上から放つため、安全を確保できる範囲で、矢を回収して屋上へ持ってきて欲しいことも合わせて伝えた。


「よし、それでは弓隊は屋上で準備をしてくれ」

「分かったわ。あと、時間があるなら私も弓道着に着替えたいわ」


 京子がたえ子の車に弓と一緒に入っていた弓道着袋を持ち上げる。そして智に着替えの時間が確保できることを確認し役場の中へと着替えに向かう。

 一矢とさやかも屋上に向かおうとしたが、優はさやかを先に行かせた。一矢が悲しそうな顔でため息をついたからだ。


「一矢、大丈夫か? 何かあったのか?」

「俺の家の近くに幼稚園があるよな?」

「ああ、高校にも近い、大沢幼稚園おおさわようちえんだろ?」

「そこにも獣魔じゅうまがうごめいていてな…………」


 一矢が優にその状況を説明すると、それを聞いていた将也と共に怒りの表情を見せる。

 誰だから良いということはないが、それでも子供たちまでもが犠牲ぎせいになることにはいきどおりを隠せない。


「怒りは、これから来る獣魔たちにぶつけてやろう!」


 優、将也、一矢の三人は互いの拳をぶつけ合い、一矢は屋上へと向かった。

 みんながみんな、なんでこんな事になっているのかとおもっている。だが、誰もが分からない状況であり、考えるよりも、今はこの状況を打破することに全力を注ぎ、切り抜けることが最優先なのだと考えるようにしていた。


「優、みんな、滝山方面の念魔ねんまに動きがある。10体程の獣魔と魔人まじんが群れてやってくる。左右の展開が大きい。その後ろにはまだ距離があり、数までは分からないが、相当数の念魔かもしれない」


 今度の智の報告にはいつも以上の緊張感がある。


「ありがとう、智。今度は数が多いので、俺も戦闘に加わる。その時は智に指示をお願いしたい。将也と俺は中央の獣魔を相手する。獣魔が広がっているようだったら、弓隊は状況を見て左右への攻撃をお願いできるかな」

「了解!」

「それと、今回は数が多い。最初の10体をさばけても、次の念魔たちは状況次第で撤退てったいの可能性もある……」

「撤退の際は、俺と優が殿をするから、安心して全力で逃げてくれ」


 将也が優の指示に一言加える。自分を心配そうな顔で見る優の心境を察したようだった。


「優、本当に俺がへばってると思ってるんじゃないよな?」

「まさか。今、試合しても将也に勝てるとはおもえないよ」

「じゃあ、俺を巻き込みたくないとか考えていないよな?」

「…………」

「おし、じゃあ、俺たちはどっちかを置いて逃げるのはなし。死ぬときは一緒ということでどうだ? シンプルで良いだろ?」

「良かった。そういう臭いセリフは、将也でないと言えないからな」


 二人はそう言いながら、思いっきりハイタッチを交わすと、すぐさまお互いの目を見られないように別々の方向を向いた。


「優、将也、獣魔が役場に入って来る。数は10体。左右への広がりを見せている」


 智から連絡が入り全員が気を引き締めなおす。


戦闘態勢せんとうたいせい!」


 優は大声で指示を出すと同時に武器を構える。獣魔が左右へ展開したまま敷地内しきちないへ入ってくる。


「将也、正面にかかる」

「了解だ、優!」


 二人は、最も集中している正面の人魔5体へと体を向けた。


「3......2......1......」


 優が弓矢の射程しゃていに入るタイミングをカウントダウンする。


「ゼロ!」


 一斉に優と将也が駆け出す。


「ぜぁぁぁぁぁぁぁ!」


 雄叫おたけびを上げ二人が切りかかる。

 優が1体めがけ飛び上がり、刀を頭上に叩き落すと、後ろにいた獣魔じゅうま共々に黒いきりと化す。

 将也は居合の姿勢から二体をまとめて切り払う。そして互いに目で意思疎通いしそつうし、最後の一体に同時に突きを放つ。

 成すすべなく正面の獣魔が全て霧散する。


 二人は顔を合わせうなずくと、後方へと下がり距離を取る。

 残りの獣魔たちが左右から迫ってくると、


「放て!」


 京子の声と共に屋上から矢が放たれる。

 弓力重視きゅうりょくじゅうしの一矢が、一番大きな左翼の魔人をめがけ一撃を放つ。疾風のような矢がその魔人を穿ち、瞬く間に黒い霧を上げる。

 さやかの矢は一体を射抜いたが霧散むさんさせることはできなかった。


「さやか、それで良いのよ。当てることができれば上出来だわ」


 京子が冷静に優しく声をかけ、さやかが悔しがりながらうなずく。

 そして京子が弓を構えた。たえ子が絶賛ぜっさんするほどに美しい射法しゃほうから右翼の獣魔に矢を放つと、次の瞬間しゅんかんには既に新たな矢が構えられている。


天女てんにょみたい……」


 さやかが流れるような動きの美しさに目を奪われている。

 瞬く間に、左右に一体ずつとなった獣魔と魔人にめがけ、後ろに下がっていた優が左へ将也が右へと構え、地面を蹴りだし駆け出す。


「チェェェェェイ!」


 優の一撃が魔人の頭上に叩き込まれる。同時に将也の繰り出す刃が最後の一体を切り裂く。優と将也はお互いを見ると勝利の拳を上げる…………だが、


「まさやーーーー」


 優の声がひびき渡る。

 将也が後ろを振り返ると、彼が切り裂き霧散むさんした獣魔が分離ぶんりし、さらなる1体が現れていた。


「ちっ!」


 将也は飛び跳ね距離を取ろうとしたが、地面がすべり、連戦による脚力の低下も加わり、そのまま滑り倒れた。

 その将也へ容赦なく分離した獣魔が襲いかかる。

 優が全力でその獣魔に駆けるが間に合わない。


 京子が冷静に矢をつがえるが、将也と獣魔の距離が近すぎる。

 針の穴を射抜くほどに正確に放たなければ将也に当たる。


「先生…………」


 たえ子の力を宿すかのように京子はつぶやき、魔人に向けて照準を合わせる。

 京子が矢を放とうとしたその瞬間、


「させるかぁぁぁ!」


 一人の男性が獣魔へと突進していく。


「ひぃ!」


 京子は間に合わず矢を放とうとしたが、げんがはじかれ矢が下に落ちる。

 突進した男性は獣魔を一瞬に倒すと、将也に手を差し伸べ引き起こし、駆け付けた優も交え会話をしているようだった。

 京子はその様子から将也の無事を確認し、矢を拾いそれを見つめる……


「京子、咄嗟とっさに矢こぼれとは、さすがだな」

「先輩、一瞬の判断、すごいです!」


 一矢とさやかが京子へと駆け寄った。


「ええ……そうね、間に合って良かったわ……」


 京子自身も無意識むいしきに矢こぼれをさせたと思うこともできたが、明らかな違和感いわかんも覚えている。

 いずれにしても、誰も傷つけなかったことに安堵し、駆け付けてきた男性とその連れである女性と少年に目を向ける。


 ――ひぃ、宗太郎、それに真弥さん……


 この時点でその三人の素性すじょう認識にんしきしていた一人である京子は、違和感を覚えていたことが確信になり、真弥と目線で挨拶をするのであった。

 人知れずに自分へVサインをしている宗太郎の健気けなげさに口元が緩みそうなのをえながら……

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