KillinG

戦闘開始1分

キリンジは今、フィールド左側の遮蔽物に身を隠し周囲の様子を伺っている。


開始直後にシーカーは「キリンジは左へ行け、俺は右へ行く」とだけ言い残し屋内エリアへと消えていってしまった。


キリンジは手元のライフルを撫で、シェリフの言葉を思い返す。

(銃に浸る……何か意味があるのかな)




約10分後、最初に聞こえたのはシェリフの声だった。

「嬢ちゃん、そこに居るんだろ?」

彼の声がフィールドに響き、キリンジは身を震わせる。



ライフルを持つ手は震え、汗が首筋を伝う。

するとシーカーの姿が脳裏に浮かんだ。


「シーカーはどうしたの?」


「ああ、あのすばしっこい小僧か? あいつは離脱したぜ」

「へ?」


空いた口が塞がらない。何故途中離脱などするのか、キリンジには理解ができなかった。


「え? なんで?」


「そりゃ、俺と嬢ちゃんへの気遣いさ」


「意味分かんないですよ!」


「グダグダ言ってねえでドンパチしようぜ」


「クッッ! そんなに戦いたいなら…付き合ってやろうじゃない!」

キリンジは覚悟を決め、遮蔽物から顔を出しシェリフへと照準を合わせる。


(貰ったッッ)

引き金を引き、砲声と共に弾丸が放たれた。


しかし信じられるだろうか。狙いは完璧だったにも関わらずシェリフに掠りもしないのだ。


「狙って当たらないなら弾数で勝負するまでよ!」


射撃からの素早いレバー操作で連射するも、全て外れる。


シェリフは余裕の笑みを浮かべながらキリンジへと歩み寄る。


「焦るな嬢ちゃん、よく狙え」


しかしキリンジがレバーを引いた時、その手が止まった。


それと同時にシェリフも歩みを止める。

「どうした嬢ちゃん、撃たねえのか? それとも弾切れかな? どちらにせよお前の負…」


「甘いッ!」

隠し持っていた一発を素早く装填口に込め、レバーを引く。


「なるほど、頭は切れるようだな」


シェリフは今の一瞬でキリンジのすぐ後ろまで移動していた。


(時が…飛んだ?)


振り向いても間に合わない事を悟ったキリンジは硬直しその場に立ち尽くす事しかできない。


(動け、動けよ私の身体ッ!)

身体が心を否定し、恐怖が戦意を蝕んでいく。


(どうせ負けるなら、この一発くらいぶっ放してやる!)


錆びたように固まった身体をなんとか動かし、引き金に指を掛ける。


「喰らえッ!」

勢い良く振り向き、引き金を引こうとするも弾が出ない。


「…?」


「嬢ちゃん中々度胸あるなぁ、だがまだだ。まだ浸れてねぇ」


ライフルを握る自分の手へ視線を落とす。するとシェリフの左手がハンマーを押さえており、引き金を引こうとしても動かない。


「そいつは激鉄がファイアリングピンを押して雷管を刺激することによって弾が出る。こうして激鉄とピンの間に指を入れてやりゃ撃つことはできねえのさ」


「そんな…」

「戦場はいわば面接会場だ。利口な奴は残り、無知な奴がどうなるかは……言うまでもないだろう?」


キリンジはその場に力無く座り込み俯く。


「お前は狙ってから射撃までのタイムラグが長すぎる。弾道を読まれたくなけりゃタイムラグを極限まで短くするんだ」



その時試合終了がアナウンが響き渡る。

「勝者 Sクラスガーディアンシェリフ!」







試合後キリンジは自室のベッドに腰掛け、手も足も出なかった無力な自分を悔やんでいた。


(まだ足りない、もっと強くならないと)


その時、外から様子を伺っていたニャルテが部屋へ入ってきた。


「キリンジ、お茶を淹れたニャ! クッキーもあるから一緒にどうニャ?」


精一杯作った笑顔のニャルテも、すぐに俯き。紅茶とクッキーが乗せられた盆を机に置いた。


「ニャルテ、どうすれば強くなれる?」

キリンジは俯いたまま問いかける。


「キリンジはガーディアンになって日は浅いのニャ! 焦る事ないのニャ!」


「それじゃ…ダメなんだよ」

ニャルテは硬く握られたキリンジの拳に数滴涙が落ちている事に気づき、胸が張り裂けそうになった。


「強くないと、私の存在価値なんて」


「そんな事言うニャ!」

ニャルテが怒鳴り、キリンジの言葉を遮る。


「キリンジは、ミャ〜が見てきた中で間違いなく最高のガーディアンニャ!」


「最高…ね」

キリンジは自分自身を嘲るように笑い、ニャルテは何か言おうと口を開くも再び俯き立ち上がった。

「今日はもう寝るニャ、ご飯はキッチンに置いておくニャ…」


そう言うとニャルテは足早に部屋を後にし、一人部屋に取り残されたキリンジは紅茶のカップを手に取る。


淹れてから時間が経ち緩くなった紅茶を一口飲み、ソーサーに戻す。



その時突然ノックが鳴り、強引に開け放たれたドアから入ってきたのはシェリフだ。


キリンジは面を食らい、勢い良く立ち上がった。


「な、何しに来たんですか?」


キリンジの問いかけに対し、シェリフは酒瓶を片手に部屋を見回しながら「相棒は泣かせるもんじゃねえぞ嬢ちゃん」と言い、酒を一口飲む。


「シェリフさんは、ガーディアンになる前は何をしてたんですか?」


「知りたいか? 英雄シェリフの誕生秘話を!」


するとシェリフは酒の残りを全て飲み干し語り始めた。


「俺がガーディアンになったのは10年前だ。それまでは小さい時計屋をやっててな、妻とチビが一人いて貧しいながらも幸せだった」


「今、奥さんとお子さんは?」


「死んだ…と言うとでも思ったか? 映画の見過ぎだ嬢ちゃん。しっかり生きてるさ、ただ此処とは離れた安全な場所に送ったよ」


「二人に会いたい?」


「そりゃあ会いたいさ。だが死んだら元も子もねえだろ? 俺は化け物を殺して世界を平和にしながら稼ぎ、その金で家族に昔より良い暮らしをさせてやれる」


「家族か…」

キリンジは俯き、拳を握り締める。


「お前さん家族は?」

「母親は仕事で遠くへ、父親はギャンブル中毒」


するとシェリフは徐にキリンジを肩に担ぎ、部屋を出て歩き出した。


「な、何をやってるんですか! 恥ずかしいですよ!」


「やっぱりな、お前さんに足りねえのは浸る事だ。とっておきの場所に連れてってやる」


そしてキリンジが連れられてやって来たのは射撃場だった。


「え、ここ?」

「そうだ」

「マジ?」

「マジだ」

「リアリー?」

「オフコース、てかこれいつまで続ける気だ?」


シェリフはSAAを取り出し、弾を込め始める。

あっという間に六発の装填を終え、丁寧にシリンダーを戻した。

それを見て渋々キリンジも弾を込め、レバーを引く。


「まずは一発目だ、お前は銃に浸れているか?」

そう言ってシェリフは引き金を引き、ターゲットの中心に見事命中させた。


「浸るも何も、定義すら分かりません」


キリンジも発砲するが、中心から2センチ程着弾点がずれた。


「浸るってのは、銃と同化するって事だ」


銃を置き煙草に火をつけるシェリフを横目にキリンジは再び狙いを定める。


「余計分からなくなったじゃないですか」


するとシェリフはキリンジの後ろに立ち、ライフルを握っている右手に手を添えた。


「的全体を見るな、センターだけを見ろ」


「え?」


「的全体を見てると甘えちまう。センター以外は外れだと思え、そうすりゃ必ず当たる」


(センターだけを、見る)

意識を集中し、構える。

すると周囲の音は遮断され、視界は次第に的の中心へと絞られた。


シェリフは手を離し、後ろへ下がる。

「そうだ、もっと浸れ」


(今!)

キリンジは引き金を引き、発砲音と共に視界は広がった。


弾丸は見事に的の中心を射抜き、彼女は安堵の溜息をついた。


シェリフはキリンジの頭をわしゃわしゃと撫でながら高らかに笑う。

「パーフェクトだ嬢ちゃん! お前さんはいつか必ず最高のガーディアンになる! この俺が保証するぜ」


「最高の…ガーディアンに?」


「キリンジは、ミャ〜が見てきた中で間違いなく最高のガーディアンニャ!」

ニャルテの言葉を思い出し、心臓が締め付けられるように苦しくなる。


「シェリフ! 今日はいろいろとありがとう、けど私急いでニャルテに謝りに行かないと!」


シェリフはその言葉を待っていたかのように、親指を立てて見せた。


キリンジが射撃場を出る直前に「おい!」とシェリフが呼び止めた。


「はい?」

「お前さん、明日の任務は?」

「融合エリアの攻略任務です」

「パーティは?」

「私一人です…」

「1人だ? いくら推薦枠だとしても新米を一人で任務に向かわせるなんて上は何考えてやがる」


そしてシェリフはしばらく考え、指をパチンとならしキリンジにある提案をした。


「よし、俺が同行する。報酬は俺が2割でお前さんが8割だ、文句ねえだろ?」


「ええ?! いいんですか?!」


「オフコース! もちろんだ」


「どうしてそこまでしてくれるんですか?」


「理由なんてねえよ。ほら、早く相棒のところに行ってやれ」

そう言うとシェリフは側にあった冷蔵庫から水のボトルを取り出し、奥の部屋へと消えていった。



キリンジは去っていくシェリフの背中に向かって深々と一礼し、部屋を後にする。


廊下ですれ違うガーディアン達からの声かけも無視し、ひたすらに走って走って走り続ける。


息切れしながらもニャルテの部屋の前に到着し、一呼吸置いた後ゆっくりと扉を開けた。


しかしそこにはニャルテの姿はなく、テーブルの上には【KillinG】と書かれたファイルが置かれてあるのみである。


彼女はファイルを手に取り、最初のページを開いた。


そこにはキリンジのクラステストの結果から改善点まで事細かくニャルテの直筆によって書き記され、ページの最後には 最高の相棒! と書かれていた。


ページを捲っていくも内容は2ページまでしか書かれておらず、それ以降は白紙のままである。


「それから先はこれから埋めていくニャ」


背後からニャルテの声がした瞬間さっとファイルを閉じテーブルの上に戻す。


「ニャルテ、さっきは黙っててゴメン。私さ、誰からも期待されたことなんか無かったから皆の力になれてるのか不安で」


するとニャルテは腹を抱えて笑い出した。

「ニャハハハ! それで謝りに来たニャ?」


「おかしかった?」


ニャルテは笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭い、再び話し始める。

「そもそもミャ〜は怒ってないニャ。キリンジはここ最近で色んな経験をしてるし、不安になるのも当然ニャ」


「けど、ニャルテに対して冷たくするのは間違ってたと思って…」


「キリンジ、ミャ〜はキリンジの何ニャ?」


「相棒?」


「そうニャ、それが分かってるにゃらもう大丈夫ニャ」


「ニャルテ〜!」

キリンジはニャルテを抱きしめ声をあげて泣き始めた。


「またニャ〜? 本当涙脆くて積極的な子ニャ〜」


その状態はしばらく続き、部屋の外で様子を伺っていたシェリフは満足そうに部屋を離れ去っていった。

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玲瓏のディストピア @RangvellAya2

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