最終話 これからずっと
あれから、マリーゼ邸には幾つかの変化があった。
まず、ジョンがいなくなったこと。
この屋敷への思い残しが無くなったのだろう。
「あの女がいなくなって、ようやく罪を償えました」
その一言と共に、彼は孫のレンの成長を間近で見たいからと、ジュリエナさんの屋敷に引っ越していったのだ。
最後の戦いで、ジョンが悪魔の魂に腹を噛まれた時には驚いたけれど……
元々死んでたわけだし、特に差し障りが無くて良かった。
それから、ジェームスが幽霊屋敷ツアーの収益を元手に、本格的に事業を立ち上げた。
ゴーストを題材にしたアミューズメントパークだ。
ジュリエナさんが経営するラバン商会とも提携して、グッズ展開も始めている。
事業の名義は私だけれど、ジェームス自身、もともと経営に興味があったらしく、ある意味第二の人生を謳歌している。
アニーは長身のピアニストの霊と、なんとなく良い雰囲気になっているらしい。
その辺の話は本人にはあまり深く聞いたりはしないけど……いい方向に進めばいいなと思う。
……いや、今は人の事よりも、自分の事だろう。
「マリーゼ。これから一緒に侯爵邸に来て欲しい」
目の前で、柄にもなくソワソワした様子のアールにそう言われて、嬉しくない訳がない。
なのに、私の口から咄嗟に出た言葉ときたら……
「ごめんなさい、しばらく時間をちょうだい」
だって、私には白い結婚とはいえ、結婚歴がある。
しかも帝国の筆頭公爵家の嫡男のアールに対して、大陸の隅っこにある小さい国の、一代限りの子爵の私。
身分に差があり過ぎる。御両親に反対されないだろうか?
祝福されない花嫁を二回経た後だと、どうしても二の足を踏んでしまう……
それに……これまで一緒にいた皆を、マリーゼ邸に置いて去るのが忍びない。
ジェームスとアニーは実体化できるとはいえ、それ以外の人間は普通の主婦だったヘレンだけだし、もしもの時の不安が残る。
……アールが好き。
すごく感謝もしてる。
ずっと一緒にいたいと思う。
だけど、やっぱり今「一緒に行く」と即答はできなかった。
もしもそれで嫌われでもしたら、一番ショックを受けるのが自分なのは、分かっているのに。
どうしたらいいのか、何に折り合いを付けたらいいのか……
まだ答えが見つからない。
ごめんなさい、もう少し考えさせて。
***
ここはホイスト探偵事務所。
雑然とした事務所の片隅の、形ばかりの接客コーナーのソファに、大の男が二人、向かい合って座っていた。
「断る。なんで寄子の俺が本家の跡目を継がなきゃいけないんだ」
難しい顔で腕組み足組みをしたディアスが、アールに向けて悪し様に言葉を放つ。
「本家のために、寄子がどれだけの犠牲を払ってきたか、わかるか?
呪いが消えたって言うなら、本家じゃなくて、それこそ自分の家を立て直したいんだよ」
「そうだな……すまない」
ディアスは足を組み替えながら、俯くアールを見据える。
「女か?」
「……」
「あの人か」
「……ああ」
「あんた、そういうことを言いだす奴じゃなかったのに、驚きだよ。
なんだよ、プロポーズでも断られたのか?」
「いや……だがしばらく待って欲しい、と」
アールが気不味そうに目線を反らすと、ディアスはゲラゲラ笑った。
「だったら、待つしかないだろ!
……俺達はたまたま年齢が近いし、子供の頃よく一緒に遊んだから、二人の時はこんな風に口をきいてるけどな。
本来だったらこっちは敬語を使わなきゃいけない間柄だ。
それを今でも許してくれてるのは感謝するよ。
跡目の方はまあ、正式に返事があったら、その時一緒に考えよう」
「すまない」
「いいって」
二人はすっかり冷めたコーヒーカップを手に取った。
***
それから半年後。
私はバリークレスト帝国にやって来た。
貴族のタウンハウス街から少し外れた場所に、アールを呼び出した。
デートというより、ビジネス対応に向いたカチッとした服装に身を包み、私は彼を待っている。
約束の時間まで、あと数分というところで、近付いてくる自動車のクラクションが鳴った。
「マリーゼ!」
「アール、久しぶりね!
半年も待たせて、ごめんなさい」
「いや、だが、呼び出したからには、今日返事をもらえると思っていいのかな?」
「ええ! でも、まずはここを見てもらいたいの」
目の前にあるのは、ロープが張られ、立ち入り禁止になっている広い空き地。
「ここがどうしたんだ?」
「ここにね、マリーゼ邸とそっくりな屋敷を建てて、住人皆で、丸ごと引っ越してこようと思うの」
「は?」
「もちろん、公爵家の仕事はなるべく手伝うわ。
でも、今までの幽霊屋敷ツアーに、テーマパークの経営の仕事も続けたいのよ。
私、欲張りなのかも」
「……」
「あまりに公爵家の間近で幽霊屋敷を経営するのは憚られるもの。
通勤は苦にならないけれど、スープがちょっと冷めるくらいの距離のこの場所に職場を構えて……
……なんて、ダメかしら?」
「ダメなわけがないだろ。
……いや、本当にあんたは変わった人だよ。
でも俺は、そんなあんたが良いんだ。
……頼むから、俺と、一生を共にして欲しい」
アールの真剣な顔は何度も見たけれど、こんなに顔を紅潮させるところは初めて見た。
「ありがとう……私、ずっと、あなたの傍にいるから」
彼の両腕が、私を囲うように引き寄せられ、そのまま抱き締められる。
私も彼の背に両手を回した。彼の鼓動に、吐息に、直に触れる。
私より少し高い体温が、唇に伝わる。
もう離れたりしない。
……その刹那、帝都最大の時計台の鐘が、彼方から時を打ち始めた。
ゴーン ゴーン……
一気に現実に引き戻される意識と共に、私はアールの腕の中でもがいて、窮状を訴えた。
「大変! そろそろ契約の時間だわ」
「契約?」
「この土地の売買契約よ! アールにOKの返事をもらうまで、契約を延ばしてたの。
だって、もしアールに振られた場合、こんな近くに引っ越してきたら、気不味いでしょ!?」
「なんと答えたらイイのやら……
じゃあ、一緒に行こう。
助手席に乗って」
「ありがとう!」
苦笑するアールに、行き先を伝える。
青空の下、車は豪快なエンジン音を立てながら、私達を乗せて走り出した。
FIN.
++++++++++++++
これでこの物語は終わりです。
最後までお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
次に何か書くとしたら、短めのものに挑戦したいです。
ではまた、どこかで。
三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる 村雨 霖 @Kurumi_Hitachi
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