母をたずねて、異世界に。〜外伝SS〜

藤原祐

ある山脈にて(2023:クリスマス)

「今日は、クリスマスだよ」

 私は、友達にそう告げた。




「クリスマス? ああ……の行事か」

「そ。こっちのこよみにむりやり合わせたら、だけど」


 すると彼は小首を傾げ、牙をのぞかせて笑う。


「新年の一週間前、だったか? おれ、人の暦っていまいち覚えてないんだよなあ」

「確か、八日前の夜からがお祝い……だったよね」


 もうひとりの友達がおずおずと補足する。

 彼女は、彼の姉であり——私たちは幼馴染なのだ。

 

「そうそう、よく覚えてたね。でね、今夜から明日にかけて、ケーキとか、鳥の丸焼きとかを食べたりするんだ。あとはプレゼントを送りあったり」


 姉の方の記憶力に感心しつつ、私は情報を追加する。

 弟の方がうーんと考え込んだ。


「それ、昔もやってたっけ?」

「何度か、やったことある、よ。子供の頃、プレゼント、もらったじゃない」

「ああ、あれがそうか!」


 弟の方は思い出したように翼をばさりと広げた。

 それに驚いた姉の方が尻尾をびーんとさせる。


「いや、プレゼントは忘れてないし、もちろん今でも大切にしてるぜ? ただ、いつどんなふうにもらったのかすっかり忘れちまってた」

「たくさん、あるもんね。もらったもの」


 優しい目をしながら、姉の方が空を見上げた。

 冬の、晴れた空。

 いつまでも、昔から、今も、きっと未来も。永遠に変わらない——青。


「にーちゃんたち、定例行事にしてくれてたらよかったのにな。そしたらおれも忘れたりしなかったぜ」


 弟の方が不服そうに角を傾ける。

 だから私は、地面に腰を下ろし——牧草を撫でながら返す。


「きっと、の風習をあまり持ち込みたくなかったんだろうね。私たちが、変にあっちに憧れたりしないように」


 ただでさえ私はの、不思議なものに囲まれて育ったのだ。


 火もないのにお料理ができる台。

 入れておくだけでものを凍らせることのできる箪笥たんす

 勝手に服を洗濯してくれる箱。

 まあどれも、私にはあまり縁のないものだったけれど。


 ——それでも、今でもはっきりと覚えているものがある。


 光だ。


 夜になると家中に灯る、光。

 篝火かがりびよりも明るく、太陽よりも優しい、あっちの世界の技術。

 熱のない、けれどあったかくて、眩しい光——。


「ねえ、ケーキ食べに行こうよ」


 人の営みを思い出したからだろうか。

 私は姉弟に、そう提案した。


「ケーキって、シデラにか?」

「うん。『雲雀亭ひばりてい』」

「わ、わたしたちが行っても、迷惑じゃない、かな……」

「それは大丈夫だろ。俺らまだ、親父よりはだいぶちっこいんだし」

「うう。けっこう大きくなったと思ってるんだけどなあ」


 まあそれでももう、店の中に入れはしないだろうけど。


「テラスを借りればいいよ」

「よし、じゃあ行くか! どっちの背中に乗る?」


 弟が翼を広げ、姉が鎌首をもたげる。

 最近になってふたりとも、ようやく私を背に乗せられるようになったのだ。とはいえ、まだ私ひとりでぎゅうぎゅう。ふたりのお父さんみたいに——家族全員を乗せて悠々と空をけることができるようになるには、あと何百年かかるのやら。


「おれにしろよ。おれの方が速いぜ」

「わ、わたしの方が安定してる……もん」


 互いの利点を主張する姉弟を見比べて、ひとしきり悩んだ後、


「この前、街に行った時はジ・ネスに乗ったよね。だから今日はミネ・オルクにする!」


 私は姉の背中に、ぴょんと飛び乗った。



※※※



「ところでクリスマスって、なんなんだ? なにを祝うんだ?」

「どうなんだ、ろ。……ミント、知ってる?」

「わかんない。スイも、よくわかんないって言ってた」

「あははは、なんだそれ!」


 森を眼下に空を飛びながら、私たちはけらけらと笑い合う。

 メリークリスマス。

 なにを祝うのかはわからないけど、それが祝いの言葉だ。


 ——あなたから教えてもらったことなら、なんでも覚えてるよ。


 首元のペンダントを握る。

 空には雪が舞い始めていた。もうすぐ森も白く染まるだろう。


「メリークリスマス」

 私は小さくつぶやいた。

 そう言って頭を撫でて、ぎゅっと抱き締めてくれた——懐かしい、遥かないつかの記憶を思い出しながら。

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