The back I couldn't reach

大隅 スミヲ

第1話

 その事件が発生したのは、12月24日の夜のことだった。

 警視庁通信指令室への入電は、午後8時17分と記録されている。

 通報者は女性。現場にあった固定電話を使って通報してきた。

 誰かが刺されたようだ。通報者は、そう電話で伝えた。

 パニックが起きている。通信指令室のオペレーターはそう感じて、通報者を落ち着かせること優先させた。

 現場となったのは、新宿歌舞伎町にあるレンタルスペースで、店名を『パーティー×パーティー』といった。当日、このレンタルスペースはイベント運営会社によるクリスマスイベントで貸し切りとされており、大勢の客が訪れていた。

 イベント運営会社からの説明によれば、この日開催されていたイベントはバーチャルアイドルとクリスマスを楽しむといったものであり、最新の技術を使ってバーチャルアイドルがあたかもそのイベント会場にいるかのような体験ができるというものだったそうだ。

 そのため、イベントに参加している客もスタッフも全員がコスプレ仮装をしていおり、会場内は大いに盛り上がっていた。

 中でも人気だったのは、男性バーチャルアイドルの天内あまないかけると一緒にクリスマスを祝うというもので、このイベント参加はパーティーの参加料金である1万5000円とは別に、3万円の特別チケットを購入した人間だけが参加できるというものだった。

 天内翔は人気バーチャルアイドルとして有名であり、オリジナル曲を出せばメガヒットし、歌ってみたなどの動画を出せば再生回数がミリオン超えをするような人物である。髪の色はエメラルドグリーンで、瞳は琥珀色。全体的に整った顔立ちであり、ファンたちからは『天内様』の愛称で呼ばれている。


「おい、高橋。この報告書を書いたのは誰だ?」


 新宿中央署刑事課の部屋に、笹原刑事課長の声が響き渡った。

 そんな大声で叫ばなくても聞こえてますよ。

 高橋佐智子は、心の中で呟きながら自分の席から立ち上がった。


「どの報告書ですか」

「昨日の夜のやつだ。クリスマスイベントの殺人未遂だ」

「ああ、あれはわたしじゃないです」

「じゃあ、誰だ」


 笹原が鋭い目つきで刑事課の部屋を見回す。

 すると一番端の席に座っていたひとりの若い女性が手をあげた。


「あの……それ、私です」


 日向ひゅうがこなつだった。こなつは、4月に新宿中央署刑事課に配属されたばかりの新人刑事であり、佐智子が教育係を務める後輩でもあった。


「……日向か」


 半ばあきらめのようなため息交じりで笹原は言うと、振り上げた拳をどこに下ろしていいのかわからなくなったといった様子で言葉を続けた。


「日向、ちょっと来い。高橋、お前もだ」


 なんで、わたしまで。

 佐智子は心の中で呟きながら、課長席の前に向かった。


 問題は、こなつの書いた報告書にあった。


「あのさ、こんなことを俺も言いたくないんだけどさ、もうちょっとちゃんとした報告書を書いてくれよ」

「えっ、ダメでしたか?」

「……いらない情報が多すぎるんだよ、日向の報告書は。なかなか知りたい情報に辿りつけない」

「そうなんですね」


 まるで自分ではない誰かが書いた報告書の話をしているかのように、こなつは返事をする。


「高橋、もう一度指導してやれ。日向、次はきちんとした報告書を書いてくるように」

「わかりました」


 本当にわかったのかわかっていないのか、よくわからないような返事をするとこなつは自分の席へと戻っていった。


「なあ、高橋。あれ、大丈夫か?」

「どうでしょうね」

「どうでしょうねって、お前が教育係なんだからさ……。ほんと、頼むよ」


 笹原は佐智子にそう言うと、自分のデスクの引き出しから胃薬を取り出した。

 中間管理職も辛いのだ。

 佐智子は笹原に同情しつつ、報告書を笹原から回収して、こなつの席へと向かった。


 こなつの書いた報告書は、詳細が事細かに書いてあった。ただ、事細かに書きすぎているため、事件の本質が何なのかが全然わからないのである。

 たとえば、今回の現場となったイベントスペースで行われていたクリスマスイベントについてなど、必要のない情報までもが事細かに書かれている。

 メインイベントであったバーチャルアイドルの天内翔についての情報で、報告書のページを一ページぎっしり使い、さらにはイベント主催会社がどのようなイベントを今までやってきたかといった情報もこれでもかというくらいに書かれていた。

 確かに笹原課長の言う通り、こなつの書いた報告書は情報が多すぎるのだ。


 さて、どうやって指導しようか。佐智子はそう考えながら、パソコンの画面と向き合うこなつの後ろに立った。

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