第4話

 久我は目を開けた。

 異能者。久我が特別捜査官として警察庁から雇われている理由であった。

 残留思念と呼ばれるものがある。それはモノに残された記憶であり、久我はその残留思念を読み取って捜査を行う捜査官だった。


「犯人は会場で発生した混乱に乗じて会場から脱出したようですね」


 久我はそう言うと、インスタントカメラを手に取ってから、また目をつむった。

 今度は何をするというのだろうか。

 新宿中央署の面々の視線が久我に集まる。

 久我は額にインスタントカメラを当てると、シャッターを何度か押した。


「先輩、あれって何やってんですか」

「知らないわよ、わたしだって。初めて見たんだから」


 ヒソヒソと日向こなつと佐智子が言葉を交わす。

 確かに奇妙な行動だった。

 額にインスタントカメラを当てて写真を撮る男。

 普段、街中で見かけようものなら、間違いなく職務質問をしているだろう。


「この女を探してください」


 目を開けた久我はそう言うと、カメラから出てきた写真を佐智子に手渡した。

 そこにはキャップを被った女の姿が映し出されていた。

 一枚目はキャップを目深に被っているため、顔がはっきりと見ることは出来ない状態だったが、二枚目の写真にはしっかりと顔が写っていた。それはまるで鏡の前で化粧のチェックをしているかのようにも見える写真だった。


「これがモノの記憶ってやつですか、久我さん」


 写真を見て驚いていた織田が久我にいう。


「ええ。一枚目はこの会場に残されていた、クリアファイルから読み取った記憶です。そして、もう一枚はそこに置かれていた鏡から読み取らせてもらいました」


 久我が指さした先には、柱のところに貼り付けられていた鏡があった。


「本当にこんなこと、あるんですね」


 佐智子は目の前にある写真を見ながら呟く。


「よし、富永と高橋は周辺への聞き込みをしに行ってくれ。私と日向でこのあたりの防犯カメラをチェックして犯人の足取りを追う」


 織田は部下たちに指示を出すと、自分もイベントスペースから出るためにコートを手に取った。

 自分の仕事は終わりだと言わんばかりに、久我もコートを着る。


「久我特別捜査官。ありがとうございました」

「いえ、私は自分の仕事をしたまでです」


 久我はそう織田に告げると、頭を下げてからビルを出た。

 左腕にしている腕時計へと目を落とす。

 時刻は午後21時半を過ぎたころだった。

 すでに目的だったホラー映画の最終上映時間は過ぎている。


「参ったな」


 久我は独り言を呟くと、新宿の街を歩いた。

 新宿歌舞伎町というところは、歓楽街という場所柄か防犯カメラがあちこちに設置されている。普段は誰も気がつかないような場所。そんなところにあったりするのだ。

 きっと犯人の足取りはすぐにわかるだろう。

 特別捜査官には犯人を逮捕する権限というものは存在しない。

 あくまで捜査をするだけなのだ。

 事件解決の最後まで見届けることの無い仕事。久我はそれが自分の仕事だと思っていたし、別に犯人逮捕の瞬間に立ち会いたいと思ったこともなかった。

 映画に行くつもりだった時間をどうやって消費しようか。

 少し腹も減ってきた。

 どこかで、食事でもしようか。

 そんなことを考えながら、しばらく新宿の街を歩いていると、背後から声を掛けられた。


「久我さん」


 振り返ると、そこには新宿中央署の刑事がいた。

 たしか、高橋といったはずだ。


「ああ、どうしました?」

「先ほど、マル被の身柄を確保しました」

「もう?」

「はい。久我さんの写真のお陰で。マル被は現場のすぐ近くに潜んでいました」

「そうか。それは良かった」


 久我は安心した表情を浮かべると、頭を下げて高橋刑事の前から去ろうとしたが、途中で思いとどまった。


「そうだ。高橋さんはこの街に詳しいよね」

「ええ、詳しいですけれど」

「どこか、うまい飯屋を教えてくれないかな。腹が減ってしまって」


 その久我の言葉に佐智子と富永は顔を見合わせた。


「ちょうど、我々もいま仕事が終わったところです。一緒に行きませんか」

「いいんですか?」

「ええ、もちろん。クリスマスらしく、チキンなんてどうですか」

「チキン?」

「そう。チキンの店です」


 佐智子はそう言うと普段から仕事終わりに行く、焼き鳥屋の暖簾のれんをくぐった。

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