後
どれだけ不幸せを呪っても
わたしとあなただけ
拡散して 溶けて このまま薄まっていくの
もう嫌で
翼だけを生やして飛んでいって
近いようで遠くて 一面のあおでは分からなくて
空ではなくて海で
泳げないわたしは海の底
希釈されて 静かなみんなに薄まっていく
あなたに還れたらいいな
ら、ら、ら、ら――
終わった。
何気なく聞いていた早川さんの声。その、少し高くて震えるような声は、歌声になると、刃物で刺すように僕の心へ入ってくる。
その歌は短い、抽象的な歌だったけれど、アンドロイドの境遇を歌っている気がした。
打ちひしがれている僕に、彼女は言う。
「ど」
──う
「だ」
──っ
「た」
イヤホンを通した声と声帯とを器用に切り替えて、いたずらっぽく笑う。それはきっと照れ隠しで。
「よく有線イヤホンなんて持ってるね。そういう時代遅れのものを使ってるの、好きだなぁ。わたしと同じ」
彼女は自分のポケットから、白い有線イヤホンを引っ張り出して、ぷらぷらと揺らす。
「ところで、ど、どうしたの、それ」
「これ? この前、我慢できずに開けちゃった」
彼女は首元をさすりながら、ピアスの穴を開けた、みたいに無邪気に言う。
一般的に、アンドロイドの物理インターフェース──ケーブルのコネクタやフラッシュメモリのポートなど──は生体
「音楽の再生くらいは脳内で出来るけど、やっぱり、イヤホン通して鼓膜センサで聴きたい。悪ぶってる部分も、正直あるけど」
最近は、違法なアンドロイド用の身体改造キットが流通しているらしく、彼女はそれを使ったのだろう。
「何となくわかるよ、その感じ」
「霧島君には分からないよ、人間だもん」
ああ。またあの笑みに戻ってしまった。この世の全てに失望した、厭世家の笑みに。実際自分に向けられると、ほとんど嘲笑に感じてしまう。
そして、早川さんの言う通り、その感覚は分からない。
その理由は、人間だからではなく、僕はイヤホンを擬態に使っているから。
白状しよう。僕もアンドロイドだ。
標準
「急にごめんね。こんなこと話しちゃって。なんか、気持ちがふらふらしてるみたい」
いつの間にか、早川さんの声は震えていた。あんなことがあったのに平然としているのが不思議だ、と先ほどは思ったけれど、やはり悲しみはあったのだ。無理に彼女と接して、僕自身がその悲しみを抑圧させていたのではないか。
両の下瞼に、いっぱいに涙を湛えて、彼女は呟く。
「今まで誰とも分かり合えなくて。でも、たとえ人間だったとしても、霧島君はわたしと同じものを持ってる気がして」
涙が一筋。頬を伝う。
「打ち明けてもいいかも、って思ったの」
そうして、彼女はぽろぽろと涙を落とす。
『どれだけ不幸せを呪っても』『拡散して 溶けて このまま薄まっていくの』
そう歌った、彼女の
そういう孤独を、僕も確かに持っていたのだった。
そして、僕はどこまでも腰抜けだ。こうして彼女が落涙しているのにも関わらず、何も出来ずに立ち尽くしているだけ。醜い庇護欲を発揮させる気にもなれなかった。
早川さんは泣き腫らした目を拭って、立ち上がる。
「もう大丈夫。さ、帰ろ」
未だ腰を上げることのできない僕に、手を差し出しながら続ける。
「どうしたの、そんなに感動したの」
それはもう、感動した。感動、という言葉で表すのをためらうくらい。しかしそれを伝える前に、言わなければいけないことがあった。
僕は無い勇気を振り絞って、彼女の名前を呼ぶ。
「早川さん」
「名前で、いいよ」
「
霙さんの手を借りて、今度は僕が立ち上がる。
言わなければ。
僕は、空いている左手で右手首の生体フィルムをびりびりと剥がす。このフィルムはそれなりに高価なのだけれど、気にしていられなかった。
霙さんへ、露わになった手首を示す。
そこには、標準規格の通信コネクタが、僕の肌の上で異物感を主張している。
目を丸くしている彼女。
僕は告白する。
「僕もアンドロイド、なんです」
勢いで語尾が揺れてしまう。
少しの沈黙の後、霙さんが笑う。
その笑みは、喜び一色で。
ずっと彼女が纏っていた諦観が、今晴れた気がした。
《了》
Connector 還リ咲 @kaerisaki
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