【最終話】ADHD/ASDで生きるのも悪くない


私は間も無く30歳を迎える。

生きづらさを感じる場面に何度も直面しては来たものの、凸凹な自分に生まれてきてよかった、と漸く思えるようになってきた。


子供の頃から少しでも「普通」になりたかった。どうにか世の中に馴染んでやっていきたいという気持ちの強さゆえ、最初は社会人、特に「会社員」として働いて生きることに執着していた。そうして社会集団に属することが出来なければ、一生はみ出続けて孤立してしまうのではないかという恐怖があったからだ。


しかし続けるうちに、そんな自分をごく自然に受け入れてくれ、自分の持つ凸凹特性へも理解を示してくれる今の職場に出会うことができた。子供の頃には、いやごく最近までは自分が一般就労で会社員を続けられるなど到底想像もつかなかったことで、大袈裟に言えば奇跡みたいだなと思ったりする。単にラッキーだった、と言ってしまえばそれまでだが、やはりこれも社会人生活を続けてみないと分からなかったことだと思う。


勿論ひと口にADHDやASDと言えども人により程度や事情は異なる。本当に辛いならば、死ぬより逃げるほうが絶対に良いと思う。だがそれらと同じように、「続けてみる」という選択肢も存在すると思う。


何より、自分を理解してくれる場所は必ず世の中のどこかにはあるのだ、ということを知ることが出来たのは大きい。子供の頃に強く抱いていた孤独感や疎外感から漸く這い出ることができたような気がする。

正直この先仮に会社員ではなくなったとしても、この考えさえ持っておけば、精神的に孤立することはいくらか避けられると思う。


また、凸凹は弱みではなく、個性だと考えられるようになったことは大きい。

どうしても「出来ない」ことに意識が向きがちではあるものの、なるべく「出来る」ことへもフォーカスしてやるということも覚え始めた。


最も多感な中学生の頃に出会った音楽や美術の影響もあるが、物心ついた頃から好きだった絵を描いたり物を作るという行為の延長で、会社員として一般就労する今も、本業の傍ら音楽活動や作家活動を行っている。

これはある意味自分の"凸"と向き合い大切に育む行為で、心の均衡を保つことのできる、今や生活に欠かすことのできない活動である。

そもそも自分が凸凹でなければ最初にやろうなどと思い立ってはいないだろうし、今の自分は無いだろう。今となっては自己表現は自分の生き甲斐となった。そういった意味で、自分の生まれ持った個性(=凸凹)に感謝している。


最後にひとつ、ここに来て得た大きな気付きを書いておきたい。

私が長い間陥っていたこと、それは「出来ない」ことを悲観して塞ぎ込んでしまうことである。

家族ならまだしも、他人には自分のことを伝えないことには、人間関係は何も始まらない。確かに生きていてハンディキャップを感じる場面は度々あるが、それでも自分のことを悲劇のヒーローか何かだと勘違いするべきではない。自分を自分で変に特別扱いせず、至ってフラットに他人へ、自分のことを伝える努力も必要だと思う。

とにかく「察して」アピールだけは何も生まない(これは多分ADHDやASDに限った話ではないと思うが)。

コミュニケーションには、何通りもの方法がある。それが決して「上手い」とは言えなくとも、自分なりの最良のやり方を模索する余地はいくらでもあるのだ。



以上のようなことを考えられるようになるまで、随分と長い時間がかかった。

頭では分かっているが、どうしても心が落ち込んでしまうことはこの先も沢山あるだろう。

でもこれからは、適度に自分を褒めてやって、時には人を頼って、そうやってどうにか上手くやっていきたいと思う。


私は私で生まれてきて良かった。




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発達障害でもフルタイムのサラリーマンはできるのか Mai-kou @maikou94

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