第15話 巨大魚

「弟くんに取り付いた禍津血の悪意。それがこの日里にいて魚に悪さをしている。なら、居場所は必ず水辺付近なはず」

「水辺といっても範囲が広いですよ。日里は川が多いですし」

「たぶん、上流のほうだと思う。川に毒を流すなら上の方からだから」

「な、なるほど」


 持ち歩いている日里の地図を広げて目ぼしい位置に印を書く。候補地は四つ、急げば一日で回り切れる距離関係だ。


「行こう、天南ちゃん」

「はい!」


 禍津血の悪意を見つけ出して叩くため、二人で駆け出してからしばらく。

 二箇所空振りに終わり、次が三箇所目。そこは特に川幅が広く最有力候補だ。


「見えた、そこだ」


 川辺で足を止め、息を切らしながら、周囲に目を配る。

 傾き始めた日差しが川の小波に反射してキラキラと輝き、川の半ばほどで魚が跳ねた。

 綺麗な光景だけど、目的の禍津血の悪意は見当たらない。


「ここでもない……じゃあ、次に賭けるしか」

「いや、そうでもなさそうだよ」


 俺の両目に宿る星霊王の神眼に反応してか、瘴気か靄のような姿をした禍々しい魔力が川の半ばから這い出てくる。

 禍津血の悪意。この魔力だけの存在は、どうやら星霊王様の装備に反応する性質があるらしい。

 元から敵同士なのだから当然と言えば当然か。

 とにかく、お陰で見つかった。


「取り憑かれないように気を付けて」

「了解です」


 お互いに刀を抜いたその瞬間のこと。

 一匹の魚が小波を越えて水面を跳ねた。

 それを禍津血の悪意は見逃さず、俺や天南ちゃんではなく、魚に取り付く。

 魚はあっという間に取り憑かれ、肥大化し、巨大魚となって宙を泳ぎ始めた。


「おっと、これは予想外」

「あんなに小さかったのに、あんなに大きく……」


 巨大魚は川から水を巻き上げると身に纏い、そこから水弾を高速で乱射し始めた。

 直ぐに回避動作に入って事なきを得るも、水弾の威力は高く、着弾地点は深く抉れてしまっている。

 直撃したら一発で終わりだ。


「刃重開放、穿炎彼岸」


 天南ちゃんの周囲に炎の華が咲く。

 雨の如く降り注ぐ水弾を、朱い穿炎が貫いて蒸発させる。天南ちゃんが水弾を相殺してくれている間に、おれも開放させてもらおうかな。


「刃重開放、瞬停春風」


 魔力放出を伴う跳躍で高く舞い上がり、巨大魚と同じ目線まで到達。魔力の流れに干渉して空中に足場を構築し、それを起点に刃重を発動する。


「それじゃちょっと、格好いいところ見せようか」


 瞬停春風の刃重は二つ。

 風を纏い超高速で移動する動の時間、刹那。

 周囲の時間を遅くする静の時間、長閑のどか


「刹那」


 一瞬にして巨大魚の身を斬り裂いて馳せる。

 尾びれの先まで剣を通した。刻みつけた一閃をなぞるように魔力が吹き出し、巨大魚が大きく怯む。


「長閑」


 怯みながらも水弾を乱射する巨大魚の攻撃を交わすため、周囲と自分の時間を遅くする。

 水弾の直撃コースから外れるために幾つか足場を構築して回避。

 振り回される尾鰭の範囲外に離脱し、再び刹那を発動する。


「蒼鍵隊長……凄い」


 空中で何度も角度を変えながら、幾度となく斬撃を浴びせ続ける。

 魔力装甲となった鱗も、弟くんの時より脆い。繰り出される攻撃も、長閑で回避は簡単だ。

 このまま決めさせてもらう。

 巨大魚の頭に回り、足場を構築。

 真正面から刹那を発動して突貫する。

 水弾を突き破り、このきっさきで捉えるのは巨大魚の脳天。針を刺すような一撃を見舞い、絶命に追いやった。


「やった、流石蒼鍵隊長!」


 巨大魚と共に墜落し、川の水面に足場を構築して着地。巨大魚の亡骸は禍津血の悪意が消滅したことで、元の大きさまで戻っていた。

 水面に浮いて流されていたけど、直後には我に返って深く潜っていった。


「やったね、天南ちゃん。とりあえず、これ以上は酷くならないはずだよ。お疲れ様」

「お疲れ様です。と言っても蒼鍵隊長がほとんど一人で倒しちゃいましたけど」

「いやいや、天南ちゃんの援護に助けられてるよ。ありがとね」

「だ、だったらいいんですけど」


 天南ちゃんはすこし赤くなっていた。


「さて、じゃあ帰りながら陽滋草を探そうか。すこしでも患者を救おう」

「はい!」


 星霊王の神眼で選別と強調表示の対象を陽滋草に指定。いつも通り育ち切ったものだけを摘み、成長途中のものは残しておく。

 そうして桜灯の医療施設に赴くと、何故か医者や看護師が大慌てで行き交っていた。


「な、なんだ?」


 一体なにが起こってる?


「あ、隊長さん。また陽滋草を?」

「この前の。えぇ、まぁ」


 異常事態を前に困惑していると、以前に陽滋草を渡した看護師さんが来てくれた。


「なんなんです? この騒ぎ」


 陽滋草の入った袋を渡す。


「実はついさっき、どういう訳かトカウ病の毒性が通常の値まで下がったの」

「それって……」


 天南ちゃんと顔を見合わせる。

 たぶん、禍津血の悪意を消滅させたから。


「これで陽滋草の必要量も下がるし、これだけあれば十人は救えるはず。ありがとうございます。早速、使わせてもらいますね」


 そう言い残して、看護師さんは忙しそうに陽滋草を運んで行った。


「やりましたね、蒼鍵隊長」

「あぁ、一件落着にはまだ早いけど、光明が見えたよ」


 これからも定期的に陽滋草を届ければ、いずれトカウ病の患者はいなくなる。

 陽滋草集めは魔力の乱れ潰しと並行してやればいい。

 なにはともあれ、これで解決の目処がたった。


§


 軽い後日談。

 専門家が調べたところ、魚の変異もなくなっていたとか。

 禍津血の悪意が、トカウ病の毒性を底上げし、菌の生息範囲を拡大させた。

 悪意一つで、何人もの人が苦しんでいる。

 俺たちの敵はそういう恐ろしい存在なのだと、改めて思い知らされた。

 使命を全う出来るよう、頑張らないと。

 これからもずっと。

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人生灰色な平凡人間【神眼】を手に入れて最強になる 〜星霊王から与えられた至高の瞳ですべてを見切って無双する〜 黒井カラス @karasukuroi96

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