第14話 唐揚げと魚釣り
天南ちゃんに手を引かれてやってきたのは、上界の街に店を構えた、唐揚げ専門店だった。
「唐揚げ専門店なんて上界にあったんだ」
「さぁ、入りましょう。さぁさぁ」
「わかった、わかったから」
背中を押されるようにして店内へ。
店員さんに案内されて席につくと、早速メニューに目を通した。
「わお、流石がは専門店。唐揚げの種類が多くていいね。目移りしちゃうよ」
シンプルな鶏の唐揚げはもちろんのこと、塩、醤油、唐辛子、レモンソルト、などなど味付けが多岐にわたる。
唐揚げに掛けるタレも豊富で、油淋鶏やチリソース、すだちに岩塩もあった。
「迷うけど……こうしようかな」
「決まりましたか?」
「あぁ、天南ちゃんは?」
「私も決まりました。すいませーん!」
天南ちゃんが元気よく店員さんを呼び、二人の注文を済ませる。お冷やを軽く口に含みながら唐揚げが来るのを待つ。
「この店は天南ちゃんの行き付けなの?」
「いいえ、初めてですよ。この前、見掛けていいなって思ってたんです」
「そっか。たしかに惹かれる響きだよね、唐揚げ専門店」
俺も街を歩いていて見掛けたら立ち止まる自信がある。唐揚げに一点集中して他に脇目も振らない心意気に敬意を表したくなるくらいだ。
「お待たせしました」
「お、来た来た」
運ばれて来たのは、一つ一つが湯気を放つ、数多の唐揚げたち。食欲をそそり、駆り立てる匂いや彩り。
「いただきます」
合わせた手が箸を持ち、唐揚げに向かう。
口の中に運ぶとさくさくの衣が音を立て、旨味の詰まった肉汁が止めどなく溢れ出す。
味がしっかりと染み込んだ皮も完璧と言わざるを得ない。
「はあ……美味い」
白米も進む進む。
「美味しいですね! 私、この油淋鶏のタレが気に入りました! あ、チリソースも捨てがたいかも!」
「ははは、そう。俺はこのレモンソルトをつけて食べるのが気に入ったかな」
「レモンソルトですか。いいですね、私も試して見よっと」
二人して夢中になって唐揚げを平らげ、気づけば皿の上は空に、腹の中はいっぱいになっていた。
「ふぅ……やっぱり食べるっていいねぇ」
「元気出ましたか?」
「え?」
「蒼鍵隊長、悩んで元気なさそうでしたから」
「それで俺をこの店に?」
「はい」
「そっか。ありがとう、天南ちゃん。お陰で気分が前向きになれたよ」
トカウ病について、あれこれと悩んでいたのを察してくれたみたいだ。
「いい部下を持って、上司として鼻が高いよ」
「えへへ」
腹が満ちて元気も出たし、また明日から頑張ろう。一刻も早くトカウ病をなんとかして日里から排除しないと。
§
天南ちゃんと別れて自室に戻った俺は、トカウ病について資料を見直すことにした。
トカウ病は桜灯領地である日里の風土病であり、感染経路は魚だと言う。
内臓の処理の仕方が悪いとトカウ病の罹ってしまうのだとか。
このことは現地の人たちの間では常識的なことで、トカウ病の発症はごく稀なはずだった。
「それがどうして……」
現地に住む人たちが一斉に魚の捌き方を誤り、トカウ病に罹ってしまった、なんてことは考えにくい。
その答えは資料に書いてあった。
「魚の変異……?」
トカウ病を発症する菌を内臓だけでなく、身の方にも持つようになっていたらしい。だから、同時多発的に広がった。
現在は魚を食べないように注意喚起されているみたいだ。
「変異か……引っ掛かるな」
日里全域で魚が突然変異しました、なんてどう考えても可笑しい。何か原因があるはず。
それを突き止めないと。
「明日、天南ちゃんと川のほうへ行ってみようか」
§
桜灯の領地である日里には、何本もの川が流れている。現地の人たちの水源であり、それに沿うように畑も並んでいた。
俺たちはそのうちの一本を遡るようにして移動し、その先に繋がる湖で足を止める。
「さて、釣れるかな?」
「頑張って下さい! 蒼鍵隊長!」
簡易椅子に腰掛け、釣り針を湖に垂らす。
後は竿を握ってじっと、魚が食い付くのを待つ。忍耐力の勝負だ。こちらの食料は十分に用意した。絶対に釣り上げてやる。
と、豪語したものの。
「釣れないなぁ」
「釣れませんね」
最初に釣り針を垂らしてしばらく立ったが、一向に食い付く気配がない。時間だけが無意味に過ぎていく。
「場所を変えてみるか、それともエサか。そうだ、天南ちゃんやってみる?」
「私がですか? 出来るかな」
「竿を握って時々動かすだけだよ」
選手交代。
簡易椅子に天南ちゃんが座り、遠慮がちに竿を握った途端のこと。
「あれ!? そ、蒼鍵隊長! ブルブルしてます!」
「食いついた! 天南ちゃん! リール巻いて! ゆっくりだよ!」
「は、はい!」
巻かれる釣り糸、引き寄せられる獲物。
水底から徐々に水面へと姿を見せ、その姿がはっきりと確認できる。大物だ。
「よし、あとは網で」
随分と近くまで来たので、最後は網で魚を捕まえる。よく跳ねる活きの良い個体だ。トカウ病のことがなければ、串焼きにでもしたのに。
「やった! 私が釣ったんですよ、これ!」
「知ってる。天南ちゃんには釣りの才能があるのかもね」
「釣り名人と呼んで下さい」
「よっ、釣り名人!」
「あ、実際に呼ばれると恥ずかしいかも……」
「だろうね」
ここで釣りをした理由、それは変異したという魚を観察したかったから。
星霊王の視点からこの魚を見る。すると、俺の読み通り、わかることがあった。
「この魚、微かにだけど、あの禍々しい魔力が纏わり付いてる」
「それって零士に取り付いていた、あの?」
「そ。きっとこの魔力に当てられて変異したんだと思う。ってことは」
「日里の何処かに禍津血の悪意が潜んでいる」
「そういうこと」
知らず知らずのうちに忍び込まれ、魚を汚染されていた。これを排除しない限り、この日里に平穏は来ない。
必ず見つけ出して倒さないと。
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