第13話 病

「蒼鍵隊長って、いつも何か食べてますよね」

「ん?」


 下界から取り寄せたザラメ砂糖の掛かった甘い菓子パンを頬張っていると、天南ちゃんからそう指摘されてしまう。


「食べるの好きだからね」

「よく太りませんね、それだけ食べて」

「運動してるから。それに昔から太り辛い体質みたいで」

「羨ましい……ずるいです、蒼鍵隊長」

「ずるいって言われてもねぇ。あ、あった」


 視界に捉えたのは魔力の乱れ。

 畑に根ざして悪さをしているそれを春風で断ち斬り、正常な状態に戻した。

 地道な作業だけど桜灯の領地はすこしずつ、改善に向かっている。


「これで十一です。私に魔力の乱れは見えませんが、まだまだありそうですね」

「なに、暇を見つけてやっていけば、いつかは終わるさ。気長に行こう」

「そうですね。桜餅のためにも」

「その通り!」


 この魔力の乱れを潰して回る作業はしばらくの恒例行事になりそうだ。

 でも、何か食べながらのんびり外を歩くのも悪くないよね。


「あれ、何でしょう? 人の声が」

「ホントだ、あっちかな?」


 一人二人の話し声ならまだしも、声の重なり方が結構な大所帯に聞こえる。この辺りにそんなに人がいるなんて不自然だ。

 天南ちゃんと視線を合わせ、警戒しつつ声がするほうへ近づいた。

 そうして見えて来たのは、一つの茅葺屋根の民家を取り囲む、防護服をきた集団だった。


「なんでしょう? あの人たち」

「わからないけど、いい予感はしないね」


 とにかく、桜灯の領地で何をしてるのか確かめないと。


「やあ、どうも。ここで何してるのかな?」

「あ、貴方は蒼鍵隊長。ああ! それ以上は近づかないで下さい!」


 一応、足を止めた。


「どうして?」

「今、この家の住民は病に罹っているんです。防護服もなしでは危険です!」

「病……それはどんな?」

「簡単に言えばですけど……ご飯が食べられなくなる病です」


 ご飯が食べられなくなる病。拒食症のような物? いや、だったらこの厳戒態勢は可笑しい。全く別の病気と考えるのが妥当か。


「ここ何週間で増えて来ているんです。点滴で命を繋いでいますけど……しかも、従来のものより毒性が強くなっているんです。通常、感染はしませんが念のため、近づかないようにお願いします。」

「そう、わかったよ。じゃあ、詳細がわかったら、俺にも知らせてくれる? 一応、ここの領主だし」

「はい、もちろん」


 ここにいても俺たちには何も出来ない。

 帰ろうとした時に、民家から担架で運ばれていく幼い少年の姿を見た。

 やせ細り、虚ろな目をしている。とても酷い状態だった。


§


 報告書によれば病の名はトカウ。

 この病に罹ると一切の食事を受け付けなくなるという。口に含んでも吐き出してしまうとか。

 希少な薬草である陽滋草ようじそうを用いることで治療が可能とのことだが、必要量集めるには時間が掛かるのだとか。

 現状、出来ることは点滴による栄養補給で、延命を図ることくらい。


「頭が痛くなるね。こう暗いことばかり書かれると」

「トカウ病に罹った人たちはすでに何人にもなります。何処かで止めないと日里全域に広がってしまうかも知れません」

「頼みの綱は希少な薬草か。参考写真も載ってるし、ちょっと探しに行って見ようか」

「はい! お供します!」


 個人で集められる量で事態を解決出来るとは思わないが、何もしないよりかはずっといい。

 希少な薬草も桜灯の領地に生息しているようなので、帰ってきたばかりだけど早速向かおう。


§


「うーん。ありませんね」

「まぁ、そう簡単にはね」


 林道を歩きながら探すも、陽滋草は見つからない。

 生息環境を頭に入れて生えていそうなところは片っ端から確認したものの、未だに収穫はゼロのままだ。

 このペースだと、収穫量も期待薄だ。必要量を集めるには時間が掛かるとはこういうことだったか。


「どうしたもんか……」

「蒼鍵隊長の眼で見分けられたり、なんて」

「眼……そうか、その手があったか。流石、天南ちゃん!」

「えへへ」


 星霊王の神眼による対象識別と強調表示を俺の視界内で行う。探すのはもちろん、陽滋草。

 早速、試してみると面白いくらいに上手く行った。


「あそこだ!」


 林道を少し外れた位置にある木の根元。

 茂みを掻き分けてたどり着くと、参考写真とまったく同じ薬草がいくつか生えていた。


「あ、蒼鍵隊長。まだ小さいのは残しておいて下さいね。取り尽くしは厳禁ですよ」

「わかってるよ、天南ちゃん。こっちは摘んで、こっちは残しておこう」


 白い茎に黄色い葉っぱ。

 少量だけど、陽滋草を確保できた。


「この調子で!」


 星霊王の神眼のお陰で、次々に陽滋草を見つけられた。暗くなる頃には、持参した袋がいっぱいになっていた。


「これだけあれば何人か救えるはずだよ」

「早速、届けに行きましょう!」


 袋を携えて桜灯の医療施設に急いだ。


「まぁ、陽滋草がこんなに!? 凄いですね、助かります!」


 看護師さんは歓喜して受け取ってくれた。


「ありがとうございます。これだけあれば二人は助かりますよ」

「二人……ですか?」

「そんなに沢山あるのに…」

「どうかしました?」

「いえ! 陽滋草、役立ててください」

「もちろんです。大切に使わせてもらいますね」


 去っていく看護師さんの背中から、自ずと視線は天南ちゃんに向かう。同じことをしていたようで目があった。


「帰ろうか」

「はい」


 心なしか重くなった足取りで医療施設を後にした。


「私、十人くらいは救えると思ってました」

「俺もだよ、天南ちゃん。それでも二人救えるんだから御の字なんだけどね。流石にこれは堪える」


 病に罹った人たちを救いたい。

 ご飯が食べられないなんて、あんまりだ。

 だけど、すべての人を救うには余りにも果てしない。

 俺は桜灯の隊長として、ここの領主として一体どうすれば。


「――長、蒼鍵隊長!」

「わっ! ごめん、なに?」

「ご飯、食べましょう!」


 ご飯?

 

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