【後編】鏤骨
誰しもが神の寵愛を受けてこの世に生れ落ちるわけではない。
そんなことはとうの昔から知っているつもりだった。
藤井聡太が史上最年少でプロ入りを果たしたときも、日本がWBCで世界一になった時も「そんなこともあるだろ」と何も思わなかった。所詮は他人事だ。
自分には関係のない、別の世界の話だと思っていた。
二年前、俺は第五人格というゲームでプロゲーマーをしていた。
所属していたチームは「ALPHA」。
第五人格以外にも手広くゲーム部門を構えている。
界隈じゃ有名どころのチームだ。
俺はそのチームでハンターをしていた。
自分ではそこそこ上手くやっていたつもりだった。
ALPHAは第五人格に一番最初に設置されたプロチームだ。
故に、構成されているメンバーも実力者揃いだった。
それが、結成されて一年未満のアマチュア戦隊にあっさりと敗れた。
二年前の夏、決勝戦。
俺も、みんなも、決勝にアマチュアが残るなんて思ってもなかった。
期待のダークホースと王者の戦い。
BO5。ハンターとサバイバーを交互にやって、お互いの逃げ数と吊り数の差で勝負する。
3セット先取したチームの勝ち。
ストレート負けだった。あっけなかった。
俺も、俺の仲間たちも、彼らに勝てなかった。
彼らは今、俺たちに代わってALPHAに所属している。
当時の仲間たちは一人を除いてそれぞれ他のチームに移籍になった。
みんな特に不満はなかった。
ALPHAは最強であり、最強だからALPHAだったからだ。
ゲームを辞めた今でも、みんなが活躍しているのを見聞きすることもある。
素敵だと思う。
勝負の世界に身を置くのは厳しいことだ。
自分とも他人とも勝負しなきゃいけない。
明日の自分は今日の自分よりも上手くなくちゃならない。
この終わりの見えないマラソンゲームに身も心も捧げるつもりでいた。
それでもいいと思っていた。
だけど、アトラスは。奴は違った。
俺や仲間たちのように目に闘志が宿っているわけではなかった。
ただ、淡々と自分のできることをこなしているように見えた。
異常だと思った。
個人差あるが、この世界に身を投じるということは大なり小なり何かしらの目標への、ある種の「熱」のようなものが必要だ。
所謂、モチベーションというやつだ。
ちやほやされたい。強くなって自分の力を認めさせたい。お金が欲しい。
理由は様々だが、みなそれぞれその目標を達成するための「熱」を持っている。
そもそも、それを持っていなければ、この弱肉強食の世界ではまともな成績を出すことはできない。
そんな狭く厳しい世界で、まるで事務仕事をこなすかのようにプレーするアトラスを見て、俺は恐ろしくなった。
こいつは神の寵愛を受けている。
その寵愛を受けても尚、こいつはひどくつまらなさそうだった。
許せなかった。
許せなかった?
いや、自分を否定された気がしたのだ。
ずっとこのゲームが好きだった。リリースされてからずっと愛してた。
好きは才能に勝てない。
俺の走るこのマラソンゲームにはゴールがない。
ゴールテープの前にはアトラスがいる。
アトラスを追い抜かすことはできない。
だから俺はプロゲーマーを辞めた。
俺の当時の夢は世界一になることだった。
日本一じゃない、世界一のプレイヤーになりたかったのだ。
壇上に上がって、スポットライトを浴びて、歓声を受ける。
あの光景は忘れられない。
初めて日本一になったあの日。
人生で最高の瞬間だった。
だが、その夢は名もない神の子に撃ち落とされた。
なあアトラス。
俺がオマエなら、あの時俺が夢見たバカげた理想も地に足が着くとは思わないか?
Identity All Players:回顧・鏤骨 朝雨さめ @same_yukikaze
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