第1話 天災といえる天才
「まだ、スランプ続いてるんですか?」
「言いにくいですけど、そうですね」
「まあ、スランプなんて本人にも難しい話ですから。僕ら編集は書かせることが仕事なので急かすのは許してください……そうだ、こんなの持ってきましたよ」
何となく察していたようにする寛太は鞄の中から一枚の紙を取り出し、こちらに差し出した。紙の上部には、企画書とあり、その下部には八崎圭を原作にしたラブコメ漫画の連載、企画の概要、意図が細かく書かれている。
「漫画原作ですか……?」
「これを提案したのは、そこに書いているように、ハラミ先生です」
人気バトル漫画家ハラミ──つい先日完結した超人気漫画【ラビット・ストライク】通称ラビストの作者であり、二十歳という情報以外公開されていない、若き天才漫画家である。あの迫力を描くハラミ先生とは一体どんな男なのだろうか。
過去に、他ジャンルも勉強になるぞと寛太に勧められ、気乗りしないまま読んだのだが……そんな人間すらも引き込むような感覚が印象に残っている。ミステリー以外に疎い圭ですら気にしているほどに。
「……なんで、ハラミ先生は俺を指名したんでしょうか」
圭が疑問に思うのは無理もない、そんな漫画家に指名されるようなことをした覚えがない。バトル物とミステリー物に加え、漫画家と小説家、しかもラブコメだ。誰が見ても異質な組み合わせだと思うのは目に見えている。
「僕もまだ詳しくは知らないので、本人に聞くのが一番早いと思いますよ」
「本人に聞くって……」
困惑している圭を横目に誰かと連絡を取っていた寛太は視線を入口へと向けた。
その視線の先を追うとジャージにフルフェイスのガスマスクを合わせた不審者が入口に立ち、こちらを見ている。対応している店員はかなり困惑している様子だ。
(何だ?新手の変質者か、もしくは私服にガスマスクを合わせる変質者、おそらく変質者であることは間違いない)
「こっちです!」
そんなことを考えているのも束の間、寛太が入口の変質者を手招きしているではないか。圭はすぐさま立ち上がって寛太の手を取り、口に手を覆いかぶせる。
「あんな変質者絶対呼んじゃダメです!」
何か言いたそうに口を動かす寛太を必死に止めたが背中から聞こえる足音はこちらへ向かってくるまま。
これでは駄目だと思った圭は、口から手を放し、ポケットに入っていた携帯電話を即座に手元に出した。
「おい、変質者! それ以上近づいたら警察呼ぶぞ!」
多少の震えを含んだ声色ですぐ近くまで来た変質者に電話の画面を見せようと身体と手を後ろに回した瞬間。
ムニュッと手の甲に柔らかな感触を感じた。
「ひゃっ!」
「お、おんな!?」
ややくぐもった声ではあったが、それでも女であることは簡単に分かった。あまりの変質度に防衛しろと脊髄が反応したためよく見ていなかったが、確かに刃物のような物は持ち合わせていないどころか手に持っているのは携帯電話のみ。先程は座って距離もあったからわからなかったが背丈は小さく華奢だ。
だが、女の子といえどもガスマスクにジャージ。変質者であることには変わりがない。身の危険を感じたのだから正当防衛、不可抗力なのだと圭は自分に言い聞かせた。
「これは不可ry……アッ」
弁解しようとすぐに行動に出た。が、それよりも早く華奢な身体から繰り出される拳は圭の局部を捉えている。決して強くはなかったが圭を鎮めるには充分な威力と位置であった。
人生で初めて膝から崩れ落ちる圭の意識は一瞬飛んだものの、なんとか現世に留まっている。確かに触ったことは悪いと思う。だが局部を殴ることはないだろうと彼女を睨むがガスマスクのせいで目が合わず何も言えない。
「二人ともそこまでにして座ってください」
冷静な寛太の呼びかけに対し、局部を抑えやるせない様子の圭とヒューヒューと荒い呼吸音を出す女は静かに従った──
元天才はラブコメを描けない なまら昆布 @namarakonbu
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