第3話
ロケバスへと戻ると、リーダーの
怒っているのは一目瞭然で、何を言われるのかと身構える。
しかし、
「
「
そこへお菓子や飲みものに群がるメンバーたち。
CRYSTALのメンバーをここで紹介すると、ソジュン(서준)君、ハジュン(하준)君は双子のダンサー、ウヌ(은우)君は低音ボイスが魅力の二十代前半のハンサム君たちだ。
その時、背後から水田さんの声がする。
「おーい、次は
あ。カイロ! 私はせっかく買ってきたのだからと封を開けたカイロをもみ込むと
「頑張ってね!」
「
それは、彼の笑顔が私に向けられて光った瞬間だった。
……でも、あれ? もしかして……水田さんに
――そんな、彼らとの一週間はあっという間に最終日となった。
最終日。
私が事務所へ行くと、水田さんが無言の圧で出迎えてくれた。
この日は、私の仕事が継続になるかどうかも決まる大切な日だ。
だけど、この様子だと継続はできないんだろうなということが頭に浮かぶ。
「市原さん、少し話があります」
「……はい」
一週間、懸命に意思疎通を図らずやってきた。かまってほしいオーラ全開の
結果――
「これを見てください」
私は水田さんに動画を見せられた。
動画はコンビニエンスストアで彼が大量のお菓子を、私のカゴに入れたところから始まって、会計が済み、ロケ現場へ戻っていくところが映し出されていた。
「……これ……」
「彼らのファンが撮影した動画です。場所は横浜のコンビニ……すでに拡散されていてとんでもないことになっています」
「すみません! 寒い日だったので、何か温まるものを差し入れようと思って……」
「それなら、あなたが一人で行けばいいでしょう? どうして
「すみません」
今更、
「スキャンダルはダメだって、契約書にも書いてましたよね?」
「はい……」
私は――
初雪が舞う中、事務所を後にする。
「――アッ!!」
たった一週間なのに、馴染みのある声が背後から聞こえてきた。
「
「
「はぁはぁはぁ……
今にも泣きそうな
かじかむ手で彼はスマートフォンの翻訳機能を起動した。
「ゴメンナサイ。ボクノセイデス」
私はふるふると首を横に振る。
「ケンチャナヨ」私は、知っているこの単語だけを彼に伝えた。
「
「今、何て言ったの?」
彼は私のスマートフォンを取り上げると、そこにその言葉を打ち込む。
そして――
「マタ、アイマショウ」と彼の電子音を残して彼は立ち去った。
空から降る東京の初雪は、すぐに消えてしまいそうなほど儚く私の周りにも彼の背中にも舞っていた。
――あれから四年。
月日が経つのは早い。
私は日本のテレビ局でメイクの仕事をしている。
彼らは少々のゴシップにも負けず、気が付けばビルボードでも評価されるアイドルグループへと成長していた。
『君を抱きしめたい――どれだけの月日が僕の心を育んできたのか――』
テレビジョンの画面いっぱいに、彼らが躍り歌っている。
念願の日本デビューを果たして四年。
K-POP五人グループ、CRYSTAL。
今や、彼らの曲を聴かない日はない。
「ねえねえ、市原さんってCRYSTALのメイクしたことあるってホント?」
KTH49のアイドル、笠巻ちなつが私にそう聞く。
「ははは、メイクしたことあるって言っても、デビュー当時の単発の仕事だったので」
「えー、そうなんだぁ。知り合いならサイン欲しかったのに」
「知り合いも何も、ただの日雇いメイクさんだっただけです」
そう、何の関係もないのと等しい。しかも、あんな辞め方だったのだから言えない。今思えば、楽しい一週間だったけど。
それでも、毎年思い出す。
「
あの日、帰ってから意味を調べた。
初雪が降る日に? その意味がよくわからない。
雪が降りそうな初冬になると思い出す記憶。
「そもそもソウルなら、11月末でも雪は降るんだろうけど……ここ東京じゃあねぇ」
私が解雇された日は特別冷え込んだ日だった。
コンビニエンスストアでおでんを買って、やけ酒をした日でもある。
もう、会うこともない。
そう、会うことはない。
テレビ局の仕事が終わって、私は帰路に着いた。
私の住んでいる付近は、あまり人通りがなくて静かだ。
帰ったら韓国語の勉強をしよう。
またいつ、美少年たちと仕事ができるかもわからないもん。
いや国際的に活躍するには、言葉は大切。
英語はまずまずだと思うから――
「
私の時が止まった。
目の前に現れた、黒いフードを被りマスクをした男性が、おもむろにマスクを下げてこちらを見ている。さっきまでテレビジョンの中にいたCRYSTALの
「ど、どうしてここに!?」
「会いに来た」
「え? え? 日本語!?」
「……僕、勉強しました。この四年間、僕の初恋のひとにずっと会うためにがんばりました」
ちょっとたどたどしいけど、意味は通じている。
「……初恋の人って? 私?」
「
スキャンダルっていうのは向こうからやってくるものなのか。
私はあたりを見渡すと、誰もいないのを確認した。
「今日は、初雪が降ります。一緒に見ましょう」
「何を言ってるの? 会いに来てくれて嬉しいけど、今、
「約束、したのに?」そう、悲しそうな顔をして私を見つめる
「約束……って」
「
雪降ってないけど? と私は心の中で呟いて暗くなった空を見上げる。
「あなたと初雪が見たい」
そういうと
「あ、あの、
やんわりと告げるも、その腕が緩むことはなかった。
温かい。
そういえば、今日は思ったよりも寒い一日だった。
するとその時――
上空からハラハラと雪が舞い落ちてきた。
「
何を言っているかは、相変わらずわからないけど初雪が降ってきたと喜んでいるのだろうか。
「初雪は韓国語で
「チョンヌン? そうなんだ……」
「それで、
「待ち合わせはしていないでしょ?」
「小さいことは気にしないでください。大事な、ことは……この恋は実りますか?ということです」
ずるい。
ここはなんと言うのが正解か、私にはわからない。
「気持ちは嬉しいんだけど……あのね……」
私は言葉を選ぶ。彼のこれからのことを思うともうスキャンダルは起こせない。
「スマートフォンを貸してください」
「え?」
半ば奪い取るように私のスマートフォンを手にした
「僕はなかなか会いにこれません。僕のSkypeID入れておきます」
「手際がいい……」
「前にSkypeのアイコンがインストールされていたので」
そんなこと覚えてたの?
「何も心配しなくていいです。
彼は私にスマートフォンを返すと、あの頃と変らない笑顔を向けた。
「ハナ、
彼はそう言うと私を解放し、大きく手を振って迎えに来た車に乗って帰っていった。
すぐに、Skypeへメッセージが届く。
『
『
そして翌年、私は韓国ソウルへ向かう便に乗っていた。
そう何故か、韓国で仕事をすることになったから。
その依頼はなんと水田さんから。
今から少し心配している。
END
※ヌナとは、韓国語でお姉さんという意味です。
FIRSTSNOW(첫눈/チョンヌン) 西門 檀 @happy4mayu
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