第2話
横浜、赤レンガパーク。
11月のとても冷える日の昼間に、撮影が行われる。
しかし、晩秋の青く抜けた空に赤レンガはきっと映えるだろう。
日本デビューのため、彼らの今回の滞在期間は1週間だそうだ。
そのため、スケジュールはみっちりと分刻み状態。
私はここでの撮影のため、ロケバスの中で一人一人のメイク直しをする。
この寒いのに、彼らの衣装は薄着だった。ジーンズは半パンだったり、大きな穴があいているダメージジーンズだ。
こんな格好で風邪とか引かなければいいけど……と思いつつ、五人のメイクは終わった。次のメイク直しは40分後。
水田さんからもらったメイク指示書のような、今回のロケ用のメモには先に年長の
「
コンビニエンスストアへ行けば、カイロや何か身体が温まるものがある。
マネージャーの水田さんも忙しそうなので、私は近くにいたロケバスの運転手さんに声をかけて出かけた。
スマートフォンでコンビニまでの位置を確認して歩き出す。
束の間の自由を手に入れて、私のコンビニへと向かう足取りは軽かった。
しかし、何があるかわからないので早々に戻って来たい。
「急ごう」
私は足早になり、次第には走り出していた。
コンビニエンスストアへ到着すると、すぐ目に付くところにカイロのある棚があった。手袋やネックウォーマーまで置いてある。
「貼るカイロがいいかな?」
「
「……!? ラン君!? もしかして、ついてきちゃったの???」
「
笑顔で流れるような発音の韓国語を話されても、困惑しかない。
もしかして、私……ラン君に懐かれてる?
「はぁ~、何言ってるかさっぱりだ……でも、どうしよう……」
こんなところが水田さんに見つかったら……
「私はクビだ」
「ドウシタノ?」不意に聞こえてくる機会の音声。
ラン君を見ると、スマートフォンの翻訳機能が起動していて、それで話しかけたようだ。
『意思疎通を図るな』
そんなこと言っていられない。
私も自分のスマートフォンの翻訳機能を起動させた。
「
「ボク、ホシイモノガアル」とラン君のスマートフォンが応える。
「えぇー!? 何、何でもいいからこのカゴに入れて? ね?」
私はカゴに入れるジェスチャーを交えて、ラン君に説明すると、ラン君は目を輝かせてお菓子の棚へと向かった。
私も温かい飲み物をロケの人数分カゴに入れた。差し入れだとでも言えば、水田さんのお怒りは静まるだろうか……
ものの五分、ラン君は手にいっぱいのお菓子を抱え戻って来た。
落ちないように一生懸命歩いてくる姿が、可愛い。
「もう、こんなに買って……他のメンバーの分もあるのかな?」
そんな大量のお菓子を、彼は私のカゴにドバッと入れる。
「
会計を済ませると、カイロも入ったお菓子の袋二つと飲み物の袋が一つになった。
三つのレジ袋を持とうとすると、ラン君は一番重い飲み物の袋をさりげなく持ち歩き出した。
「あっ。ラン君! それ、私が持つよ!」
私は彼の重い袋をもらおうとすると、ラン君はケンチャナと言った。
「ケンチャナ?」そう思って、スマホで調べると――
そこには『大丈夫だよ』と書かれてある。
「待って、ラン君!」少し先を歩き出した彼に追いつくと、彼はにっこりと微笑む。
その微笑みの主は、再び『ケンチャナ』と私に言う。
―大丈夫だよ― という言葉は、日本語でも言われると安心する言葉だ。
私は今覚えた単語に、ときめきを感じていた。
この時、
歩き出した私たちのことを、背後から誰かが見ていたことも気づかずに。
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