名もなき村②
ひとしきり歩き村の中心に着いたが、やはり活気がない。
稀に通り過ぎる者も足早に駆け抜けて行く、何かから逃げるように。
村の中心までくれば役場でもあるかと思ったが、期待外れだった。
あったのは大きな蔵くらいで、その蔵も板と札で封されていた。嫌に厳重で、中身への興が湧く。
ほかにあるものといえば火の見櫓くらいだった。木造ではあるがしっかりした造りのようで、他の建物から離れて立っている。村には不釣り合いなほど高く、これではかえって不便に思えた。
何気なく櫓に近寄ると、梯子の下に草履が転がっているのが目に入る。誰か上にいるようだ。話ができることを期待して、荷物を置き上り始める。
手をかけ足をかけるが、梯子は思った以上に頑丈で軋ませることなく上っていくと頂上が見えてくる。
下からでは様子はうかがえないが、大きな鐘がついているのだけは見えた。どうやら火の見櫓としての機能は残っているらしい。
足場に差し掛かる前に声でもかけた方がいいだろうか、などと考えながら登っていくと音はなくとも揺れが伝わったのか梯子の先に顔が現れた。
長く、手入れされていない黒髪がしなだれ、その中に幼い顔が夕暮れに溶けていた。覗き込む顔に声をかけようと口を開くと、たちまち引っ込めてしまった。
「声もかけずに失礼した。旅のものだ。村の話を聞きたい。」
逃げ場がない童を追い詰めるのも気が引けたので、梯子に手をかけたまま投げかける。しばしの沈黙の後櫓の上で何か物音がしていたが変わらず応えはなかった。
「顔は見せなくていい。声だけ聞かせて欲しい。この村はどうした。なぜこうも人気がないのだ。」
再び沈黙が続いたが、待ちぼうけるばかりだった。
「悪かった。もう話しかけるのはやめる。せめて誰か話ができる者はないか。村長でもいい。親でもいい。誰かいないか、それだけでも教えてくれ。」
その声に反応して、やせこけた腕が櫓からちらりと見えると、一つの屋根を指さした。
飢えた果樹園 名もなき村 @arcana2012
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。飢えた果樹園の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます