41 王からのご褒美
目を覚ましたとき、銀二はやたらとでかいベッドに寝そべっていた。ふわふわで、手触りがシルクのように滑らかだ。銀二は瞼を閉じ、刺された腹を触ってみたが、そこに傷はなく、まるで悪い夢でも見ていたような気さえした。
「……飲みすぎたかな。全部、夢だったりして」
銀二がひとりごちると、脇からふんと鼻で笑う声がした。
「夢だって? これは現実だぞ」
見ると、ベッド脇の小さなテーブルに鳥かごが置いてあった。
「ケイパー……ってことは夢じゃないのか? あれ、じゃあ、どうなった?」
「簡単に説明すると、戦争は止まったし、みんな無事だ」
「そうか、よかった」
「それとおまえは、不死の呪いを受けた」
「……不死の呪い?」
銀二はなんだそりゃと体を起こし、ベッドの脇に座った。
「ああ、おまえはその、ひどい魔法使いに呪いをかけられて、死ねなくなった」
「ひどい魔法使いって、ヴィヴィちゃんのことか?」
「の、お師匠様だ。詳しくは俺も言えない。言ったら消される。けどよかったなお前、不死の魔法使いなんて滅多に会えないし、会えた所で、頼んだって不死にしてくれないんだぞ」
「……水は?」
「そこ」
銀二は鳥かごの脇に置いてあった水差しを手に取り、グラスに注いで指をつけ、酒に変えた。
喉を潤して辺りを見回してみると、家具の類は殆ど置いていないやたらに広い部屋だった。
しかし、敷かれた赤い絨毯、キングサイズのベッド、テラスへ続く大きな窓、そこから差し込む温かい陽光など、その全てが、まるで西洋の貴族が暮らすお屋敷の一室のようだった。
「ここはどこ?」
「おまえの家」
ケイパーに言われて、銀二はもう一度部屋を見回した。てっきり誰かの屋敷に連れてこられたのかと思ったが、自分の家だなんて言われてもすんなり納得は出来なかった。
「俺、こっちの世界に家なんて買ってないぞ? 金だってもってないし」
「ご褒美にもらったんだよ。土地ごとな。おまえ、丸々一週間寝てたんだ。その間に、アルコとかヴィヴィがおまえの報酬について話し合って、土地と屋敷をもらった。ちなみにこの土地の名前はサカクラ領だ」
「……うそだろ」
「本当だよ。執事もメイドもいるぞ。気に入らなければ解雇しろって言ってた」
「……俺まだ酔ってる?」
「酒を飲んだんなら酔ってるだろ。とりあえず、見て回ったらどうだ?」
銀二はそうだなあ、と短く悩み、ケイパーの鳥かごを手に取った。
「そうするか。えっと、アルコちゃんとヴィヴィちゃんは?」
「今は外だろ」
銀二は部屋を出ると、左右に長く伸びる廊下に唖然とした。大きな窓から外を覗くと、中庭らしいところがあり、メイド服を着た女性が花に水をやっていた。屋敷は二階建てで、部屋も沢山ある。元々は、この土地を所有していた者がいたらしいが、今は誰も管理していない。それを銀二が引き継いだ形だ。
「お下がりにしたって広すぎるよ、なんだよこれ、風情がないし」
「好みじゃないのか?」
「うーん、好みじゃないな。俺は和風な平屋がいいんだ。縁側があって、庭があってさ」
「どでかい庭ならあるだろ」
「これじゃネズミーランドのお姫様だ」
銀二は正面玄関から外へ出て、噴水のある庭園に呆然とした。綺麗だし、前の世界じゃ一生働いたって手に入らない土地の広さに、でかい屋敷だ。花壇に植えられた色とりどりの花、敷地を囲う壁。正直、嬉しいというより驚きが勝る。
銀二は噴水の傍にベンチを見つけると、そこに腰を下ろし、脇に鳥かごを置いた。
そうして太陽の光を浴びてのんびり日向ぼっこをしていると、どこかに出かけていたアルコとヴィヴィが戻って来た。
「ギンジ! よかった、目が覚めたんだ!」
「アルコちゃん。お陰さまでね、みんなも無事って聞いて安心したよ。怪我してない?」
「平気だよ」
「王様から、何かもらった?」
「うん、村にたくさんランナとギュウカを送ってもらったよ。村の皆、喜んでた。ギンジも無事って知って、牧場にギンジの名前付けるってさ」
「……そうか」
落ち着いたら挨拶に行かないとな、と銀二は考えた。
目の前にヴィヴィが立った。何か言いたげだったが、難しい顔で何も言わない。
「ヴィヴィちゃん、俺、死ななくなったって訊いたんだけど」
銀二が言うと、ヴィヴィは鳥かごを膝に乗せてベンチに腰を下ろした。
「私の師匠が呪いをかけた。だから、あんたは滅多なことじゃ死なない。バラバラになっても、焼かれても、沈められても死なない。信じられないなら、屋敷の上から飛び降りてみればいいよ」
「やめとくよ」
「悪いけど、呪いの解き方はわたしにはわからない。お師匠様のお陰で戦争はあっさり終結したけど、まさかあんたを不死にするとは思わなかったよ」
「死ねないってのは辛い?」
「それは死なないヤツにしかわからない」
「なるほど」
「ギンジ、これからどうするの?」
アルコに聞かれて、銀二は立ち上がり、背中を伸ばした。
「いつもと同じだよ。酒を飲む。後はそうだな、この世界で商売でもしようかなって思ってるんだ」
「商売?」
「この世界にあるもので、酒を作ってみたいと思ったんだ。酒器も用意しなきゃならないけど、まあまずは酒だな」
「時間はいっぱいあるし、死なない体だ。好きにしな」ヴィヴィは言った。
「アジャの姉御は?」
「部屋で寝てるよ」
「一緒に暮らすつもりか?」
「だと思うよ。私もあんたの傍にいるつもりだから」
「ヴィヴィちゃんも?」
「あんたの手助けしてやれって師匠に言われてる。ま、個人的に興味があるってのもあるけど」
そうか、と銀二は特に気に留めず、「まずは皆で酒盛りでもしよう」と手を打った。
そうしてその晩、渋い執事の男性やメイドの女性も呼んで、酒盛りの準備を整え、コルトン村の人たちを呼び寄せ、だだっ広い庭園で賑やかな宴を開いた。
メイドの女性が、銀二が大切に持っている酒瓶に書かれた文字について「なんて書いてあるんですか?」と尋ねた。銀二が「魔王だよ」と答えると、メイドは不思議そうに首をかしげた。
「ギンジ様、魔王というのは、倒すものではないのですか?」
聞かれて銀二は酒瓶を煽り、一滴残らず飲み干した。
頬を赤く染め、暖かい息をぶふぅっと吐きながら、不敵に笑んだ。
「魔王は倒すものじゃなく、呑むもんだよ」
おしまい。(続きも書こうとは思いましたが、web漫画にするかもしれないので、続きはそちらで描くと思われます。ありがとうございました!)
水を酒に変える力を持って転生したらみんなおかしくなっちゃった キタビ @kitabi
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