第41話 この復讐はパンツに溢れてる

「いっだァァァァァッ!」


 傷口に染み込む冷たい液に俺は絶叫を上げるしかなかった。

 何故こうも治療というのは痛みを伴う行為なのかと思わず愚痴を吐きそうになる。


「うっさいですねッ! 男ならちょっとは黙って治療されろですッ!」


「男とか関係なく痛いもんは痛いんだよ!? クソッ、あと何箇所あるんだ?」


「複数の骨折に打撲、多数の切り傷等々、まっ最低でもあと十回は耐えるべきかと」


「あぁ……やってられねぇわマジで。何か痛みない治療とかないのかモニカ?」


「あったらそっちを使ってますよッ!」


 学園内に常設された大医務室。

 傷ある者に癒しを与える純白に彩られた室内では安らかさとは正反対の相変わらずな口喧嘩が繰り広げられている。

 至る所が包帯に巻かれた俺に罵倒を行いなからモニカは保健委員会の者達を差し置いて自ら治療に乗り出していた。

 

「ごめんなさいね、モニカちゃん自分が治療するって聞かなくて」


「全く……また心配掛けさせやがって。この命知らずが」


 背後ではストレックとマッズが溜め息と安堵が混じった口調でこちらへと語る。

 正気もクソもない死闘から一日……どうやら俺はしぶとく生き残っていたらしい。

 まるで覚えてないという有り様だがユレアがどうにかしてくれたのだろう。


「ホントに馬鹿……ぶっつけでエグゼクス使って死にかけるとか馬鹿にも程ありますよ。こちらの気も知らないで」


「あぁ……まぁその悪かった。アイナの狂気を止めなきゃいけないと思っても最適解ではなかったのは俺も理解してる」


「……死んだら絶対許しませんから」


「えっ、何か言った?」


「何も言ってませんよ馬鹿ッ!」


「いっだァァァッ!? お前仮にも怪我人の頬をつねる奴がいるかよッ!」


「う、うっさい! 大人しく治療されろ!」


 心配してるのか貶してるのか……相変わらずのモニカだが悪態つきながらも確実に死にかけていた肉体を治癒していく。

 外は生徒会幹部の大スキャンダルに数百年に一度の大騒ぎとなっている事だが今は首を突っ込む気力はない。

 俺も色々と面倒事に巻き込まれるのは必須だろうが……今だけは休みたい、そう心の中で呟いた時だった。


「ここにいましたかレッド・アリス」


 銀髪を華麗に靡かせながら凛とした佇まいの極上の天使。

 傷だらけだったとは思えないユレアは相変わらずの不敵な雰囲気を纏いながらこちらへと優雅に歩み寄る。


「ユレアッ!? お前何でもうそんなにピンピンしてんだよ……あんな怪我しまくって」


「ご安心を。一日もあればあのような傷は自らでも治癒は可能です」


「ハハッ……化け物が」


「言われ慣れています。少しだけ二人の時間をくださっても宜しいでしょうか?」


 騒がしさに溢れていた室内はユレアの一声で一気に正反対のモノへと変化する。

 モニカ達や保健委員会の全員が退室し彼女と俺の二人だけの世界が作られていく。

 ベットの真横に設けられた丸椅子へと腰掛け吸い込まれる瞳をこちらへと向けた。


「体調は?」


「ボチボチだな、まっウチの狂犬メガネや仲間のお陰で完治はそう遠くはないらしいぜ」


「そうですか、やはり貴方はしぶとい。あの衝撃を受けても生きていたのですから」


「ほば不死身のお前がその賞賛を送るか? まっ取り敢えず感謝するぜ、あの後お前がどうにかしてくれたんだろ?」


「えぇ……と言っても再度転移魔法で貴方ごと安全圏へと避難したまでですが」


 だとしてもだろう。

 俺よりも遥かにダメージを負いつつエグゼクスの力が公使された上でそんな冷静な判断が出来るのはこいつの底力か。

  

「エグゼクスは?」


「既にスズカとバースを中心に生徒会が一時的に保管を行っています。ご安心を」


「ハッ……相変わらず用意周到だな。被害とかはなかったよな?」


「私が転移させたのはファルブレットから遥かに離れた人気のない山奥、人的被害はありません。ただ世間は数多の衝撃にパニック状態ではありますが……私達も後始末をしなくてはならない」


「分かってるよ、書類作業でも何でもかかってこいって話だ」


 学園は半ば崩壊した……と言っても過言ではないだろう。

 アイナ、風紀委員会、馬術部、数多の有力派閥が引き起こしたユレアというたった一人の少女を狙って引き起こした凶行の数々。

 他にもアイナと深く繋がっていたと思わしき生徒は既にお縄になっていると言う。

 幾ら生徒会でも統制しきれない衝撃はあらゆる方面へと襲い掛かり学園に対する他機関からの査問会は必須という話だ。


「だがこの面倒事が全部終わったら今度こそお前のパンツを見てやる。その約束は忘れんじゃねぇぞッ!」


「フフッ……分かっていますよ」


 茨の道という言葉でも生易しい事は俺だって理解している、だからと言って俺のパンツの復讐は何ら変わらないがな。

 改めての宣戦布告にユレアは何処か安心したような表情で笑う。


「そういえば……言っていませんでしたね。何故私は貴方を許しているのか。何故パンツという野望を受け入れているのか」


「えっ?」


「私にはこれくらいしか貴方にこの借りを返すことは出来ません。私は……私はあの幼き時から貴方のことをあ「待て」」


 瞬間、俺は彼女の口元へと手を向けこれ以上の言葉の制止を図る。

 予想外だったのかユレアは珍しくこちらの行動に目を見開く驚きの表情を見せた。


「それが今回の借り返しと言うなら大いに間違ってるぜ。お前から言ったんだぞ? 自分に勝って真実を聞き出せってな」


「……ッ」


「そりゃ気になるけどよ、俺は不器用な人間なんでな。一度定められたルールに沿わないとやり切れない男なんだよ。それに勝ってから聞いた方が気分がいいからなァ!」


 ついついこの穏やかな空気に俺も流されそうになった状況に待ったを掛けるべく彼女へと包帯だらけの拳を突き出す。


「パンツの真実は必ず聞いてやる、それまで取っとけ!」


 彼女は暫く呆気に取られていたが徐々に理解したのか満足げな笑みを浮かべた後に同じように優しく拳を突き合わせた。


「えぇ……そうさせて貰います」


 こいつとの決着はまだ一つたりともついている訳じゃない。

 今回は終着点じゃない、まだ中間点、だからゴールの先にある物は意地でも見ないさ。

 最強最美の少女は一体何を内に秘めているのか知る訳がないがいずれはあいつの全てを公に晒して笑ってやる。


「生徒会長、お時間です」


 と、内心抱いていた中、生徒会委員の一人は入室と同時にユレアへと語りかける。

 名残惜しそうにも見える表情を露わにするとユレアはゆっくりと立ち上がった。


「どうやらここまでのようです。エグゼクスや貴方に対する処置などについては追々連絡致しましょう」


「……ユレア」


 背を向けそうになったユレアの後ろ姿へと不意に声を掛ける。

 わざわざ言わなくてもこいつは分かっているだろうが……今の俺は敢えて言葉にして口に出したい気分だった。


「お前は俺が倒してパンツを見てやる。だから絶対に死ぬんじゃねぇぞ」


「フッ……お互い様でしょう?」


 軽く微笑を零すとユレアは振り向くことなく医務室から立ち去る。

 俺達の関係は誰にも理解されないし、イカれてると思われても仕方はない。

 だが何を言われようと誰に邪魔をされようと俺はあいつのパンツを諦めない。


「絶対にパンツを見てやるよ、ユレア!」


 窓越しにこちらを照らす雲一つない晴天は俺達の歪な繋がりとこれからの未来を祝福しているようにも見えた。

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美少女ヒロインのパンツを狙う俺、最強の魔導書に魅入られ神のゲームに参加させられた件。 スカイ @SUKAI1234

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