第40話 終わる世界

「エグゼクスを……ここで?」


「約束は破るけどよ、それだけだろ、この展開を覆せる切り札ってのはさッ!」


 俺が選ばれた神にも匹敵する力。

 ブックホルスターへと丁重に収納していたエグゼクスを取り出し漆黒に包まれた代物を顕現させる。

 

「こいつ使って奴をブチのめすッ!」


「待ってくださいレッド、それは……それを使うということは「自殺行為かな?」」


 瞬間、ユレアの言葉を被せるように響いた声と共に身を隠していた壁は激しく粉砕され咄嗟に回避した視線の先には一つの人影。

 煙を切り裂くように現れたのは薄ら笑いを浮かべるアイナの姿だった。 


「アイナ……!」


「伝説の魔導書を今この場で使う。それは君のパンツ欲のように美しくない計画だね」


「何が言いたい?」


「大国をも滅ぼすと言われるエグゼクス、ここで使えばどうなるかくらい無知な者でも容易に想像ができるだろう?」


「ッ……まさか」


「まっ無実の人間を全員皆殺しにした悪しき虐殺者になりたいなら別だけど。どうせ君のような小悪党にデウス・エクス・マキナを引き起こす勇気ははないだろう?」


 言われてこの手が大いなる責任を伴うということをようやく理解する。

 きっとユレアも同じ苦言を俺へと呈しようとしていたのだろう。

 

 大国を滅ぼすと言われる力……ここで使えば間違いなく大勢の人間が犠牲になる。

 いや俺だってただで済むは分からねぇし仲間も巻き込まれる可能性だってある。

 勢いに任せた短絡的な思考でもその先に待ち受ける結末は決して笑えない。


「ハッハッ! 皮肉だよね、大き過ぎる力というのは返って使い道が限られる。世は常にバランスが大事なのさ。この国を、君達を殺せる適度な力がッ!」


 段々とヒートアップし過激化する口調。

 もう逃がすまいとアイナは再び魔導書を開くと無詠唱での魔法を巧みに発動していく。

 ドライヴ級が織りなす連続攻撃は瞬く間に猛攻を演出しこちらを追い詰めていく。


「チッ、発動魔法段階シュ……」


「下がってレッド!」


「うわっちょ!?」


 サイコ野郎……ユレアだけでなくあいつも無詠唱が使えるのかよッ!?

 駄目だ、対抗しようにも奴の魔法が放たれるスピードには到底及ばない上に卑怯な手を使えない程に動きにまるで隙がない。

 俺を後方へとぶん投げるとユレアは再度猛攻を的確に凌ぐように無詠唱の魔法による相殺を行っていく。


「汚れてしまった君も、最高の芸術品を壊した君もこの世にいてはならないさ。地獄で仲良くワルツでも踊ってるんだなッ!」


「そのような場所への片道切符を貰った覚えは私達にはありませんッ!」


 煽り合いと共に華麗なる死闘を演出する二人を俺はただ見つめることしか出来ない。

 互角にも見えるがユレアはこれまでの疲労からか動きに鈍りが生じ始め、アイナは余裕ある戦い方を演じる。

 防戦一方のままならいずれユレアの体力に底がついて負けるのは自明の理。


「全く……あれ程君のことを対策して心臓を潰して猛毒を張り巡らせているのにまだ倒れないとは本当に虫酸が走るね」


「……その程度で簡単に崩落するとでも?」


「あっそ、減らず口が」


「お互い様でしょう?」


 言葉の切り出しと共にアイナは再度ドライヴ級による複合攻撃を展開させようと詠唱による壮絶な死闘が始まる。

 一進一退の攻防、無尽蔵にも思えるユレアの体力だが彼女は神に近くとも神そのものではない、額から溢れる汗や段々と荒ぶる息遣いがその証拠だ。


「発動魔法段階ドライヴ、嵐炎滅却ストーム・インフェルノ


 生まれゆく隙を狙ってアイナは微笑を浮かべると竜巻のような荒々しい螺旋を描く地獄の業火を生む詠唱を口にする。

 対抗すべくユレアは即座にドライヴ級クラスの氷魔法である龍破氷嵐ドラゴニック・ブリザードを無詠唱で発動するが……次に引き起こされた展開はこちらを唖然とさせる。


「何……?」


 火炎が放射されるはずのアイナの手元から生み出されたのは……青白い閃光の稲妻。

 散弾のように放たれた雷撃は白氷を伝うように粉々に砕き、ユレア本体を直撃すると強烈な衝撃波が突き抜けていく。

 突風によって後方へと飛ばされたユレアは体勢を維持するものの、頬や一部の腕には火傷のような痛々しい跡が刻まれた。


「フェイク詠唱、ユニークな発明だろう?」


「なっ!? テメェ卑怯だぞッ!」


「卑怯とパンツの申し子にそれを言う資格があるとでも?」


「ッ……クソサイコが……アホみたいに高い技術持ちやがって」


 ユレアもこれは予期していなかったという言葉を体現したような怪訝な表情を見せる。

 クソッ、あの日記通り彼女の動きを見切ってるどころか、上回るトリッキーな戦術でこちらを追い詰めに来ている。


「レッド下がりなさい……ここは私が」


 尚も全く屈服する様子を見せないユレアだが肉体は彼女の卓越した精神力についていけてないのは周知の事実だ。

 心臓を突き刺され、猛毒を治癒しながら休みなくドライヴ級を乱発している状況は現代最強でも酷なことだろう。


「あぁその闘志に燃える姿……絶望に屈しまいと抗う孤高の姿……なんて美しいんだ。本当にパンツという穢れさえなければその美しさをこれからも愛せたのに……本当に残念でたまらないことだよ」


 欲情でもしたのかこの変態は満身創痍のユレアを見て恍惚と顔を蕩けさせると意味不明な愛を呟く。

 同時に絶望からなる殺意を口にし、常軌を逸した奇天烈さは思わず見ているこっちも嘔吐感に見舞われてしまう。

 

「さて、まずは君から殺そうかレッド。彼女の生涯に一度しかない死に様を看取っていいのは僕だけさ」


「殺すことは確定か?」


「大人しくしてれば優しく命の灯火を消してあげるさ。けど抗うなら……ちょっと痛いことするかも」


 過去に戦った敵対者なんて生温いくらいに歪な思考の持ち主。

 次なんてない、ここで奴を狩れないなら俺が奴から狩られるだけだ。

 思わず息を呼んだ俺を嘲笑うかのようにアイナは魔導書を開き始める。

  

「チッ……!」


 反射的に唯一の対抗策でもあるエグゼクスを取り出すがアイナの言葉が脳裏に過る。

 大国一つを破滅させる力、そう噂される威力を国のほぼド真ん中で放てばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。


「使えないさその力は。ここに生きる人間の全ての運命を奪う覚悟をしない限りは」


 このクソ野郎……俺はただあいつのパンツを見て辱めを受けさせたかっただけなのに更に上のド変態が近くにいたとは。

 しかも強さという折り紙付きを添えてとは何とも笑えねぇ話だ。

 どうする、破滅へのカウンドダウンが着実に進む中、俺はどうすればいい?


「ッ……!」


 走馬灯なのか、過去の思い出がふと思考に交錯を始めていく時だった。

 一つだけ……一つだけ、ある発言だけが深くこべりつき俺の頭から離れない。

 

「そうか……そういう事か」


 なるほど、何て馬鹿なんだ俺は。

 実に簡単な事じゃないか。

 こいつを倒す……方法はッ!


「ユレア、一世一代の賭けするぞ」


「賭け?」


 耳打ちからなる俺の言葉を鼓膜に響かせたユレアは一瞬大きな瞳を更に開く。

 それが驚愕を意味していたが数秒の末に彼女は全てを理解した表情へと変貌する。


「本当に……奇策の天才ですね貴方は」


「生半可にこの学園で生きてねぇんだよ。一撃で絶対に決めるぞ」


 本当の本当にこれが最後。

 どちらのド変態がこの腐った戦いに勝てるのか確かめてみようしゃねぇか。

 人生最大の悪どい笑みを浮かべながら俺達はアイナへと徹底抗戦の態度を取る。


「さて、終幕の時間だ」


 少しばかり眉を歪ませると冷徹な声色が響き渡り、天に掲げた奴の手元からは立つのも難しい白銀のエネルギーが集う。

 数多のドライヴ級を融合させた高技術の合わせ技、間違いなくこの一撃でこちらを葬り去るという気概を感じる。

 こいつも生粋の天才だが更に上の天才がいるというのはやってられない話だな。


「ここで終わらせてやるよ、アイナッ!」


「ッ……それはまさか」


 エグゼクスを躊躇なく開いた俺の動作に初めてアイナは大きく表情を崩す。

 遂に血迷ったかとこちらを心の底から軽蔑するような顔を浮かべていた。 


「エグゼクスを使うつもりか……!? 馬鹿なことを、君に使える勇気などない」


「はっ? そいつはどうかな?」


「くっ……大勢の人間を犠牲にする覚悟でも抱いたというのか、それとも完全にブッ壊れてしまったか。どちらだろうと……君は真っ先に殺すしかないようだなッ!」


 用意周到なあいつからしてもこの選択肢はまるで予期していなかったのだろう。

 口調を荒げると同時にドライヴ級は閃光のような煌めきを放ちながら射出され、周囲へと破滅を与えながら一直線に駆けていく。


「死に給え、弱者がッ!」


「大勢の運命……か。そんな責任を取る資格も取れる覚悟も俺にはねぇよ。あるのはパンツを見るってだけの覚悟だ。だからよ、決着の瞬間はここじゃないんだよアイナ」


 瞬間、豪華絢爛に包まれていた視界は瞬く間に生い茂った緑と青空に包まれる。

 同時に襲い掛かるのは強烈な浮遊感と地へと落下するという異質な感覚。

 不敵さを極めこちらの読み手を全て搦め取ってきた存在は表情へと疑問符を浮かべる。


「はっ……?」


 そして奴はようやく理解する。

 前触れなく全員が山奥の遥か上空へと身を投げ出された事実とユレアがいつの間にか魔導書を開いていたという事を。


「まさか転移魔法ッ!?」


「発動魔法段階……ギガノ級」


「ッ……!」


 だが、もう遅いんだよ。

 人の命の責任なんて取れねぇさ、なら人がいなければいい話なんだよアイナ。

 この場所なら……思いっきり暇を持て余す神が地へと降臨させた力を使える。


失楽園創造エデン・オブ・ラヴ


 天使すらも凌駕する神々しいる裁きの鉄槌はここに下される。

 歪みを極めた愛から放たれる怨念の一撃を黒炎に包まれた全てを無に帰す極上の魔法がいとも簡単に呑み込んでいく。

 空気は激しく揺れ、地鳴りは天をも穿つように響き、大地は激しく揺れ動く。

 

「馬鹿な……これが……神の力」


 アイナは何処か安らかな表情を浮かべる。

 それは諦めからなるものであった。

 裏付けるように迫りくる純黒の制裁に奴は諦めたように終局に身を委ねる。

 全てを消し去るように魔法をねじ伏せると同時にアイナの身体は闇へと包まれた。


 あぁ……これは終わったかもな。

 エグゼクスの反動か、重力による急速な落下が進む中、万全であった体力と気力は既に手放す寸前へと追い込まれる。

 流石は神の力だ、こんな事を簡単に出来ちまうなんて恐ろしい奴だよ本当に。

 

 なぁ聞かせてくれよ古代神ヴェリウスよ。

 暇を持て余した末に仕組んだゲーム、お前はこれで満足したのか?

 それとも不服なのか? まぁ別にどっちでもいいって話だけどな。

 轟音を響かせながら大地へと衝突した神の一撃はまるで世界の終わりを告げるような大爆発を巻き起こし視界は光に包まれる。


 やってられねぇぜ……パンツの話がシリアスな大事になるなんてよ。

 凄まじい風圧が全身へと容赦なく襲い掛かり遂には必死に掴んでいた意識は消し飛ぶ。

 今の俺に出来ることは襲い掛かる暗闇に身を委ねることだけだった。

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